再会して報告
全てを片付け身支度も整え、鞄は元々の物に戻して魔道具のショルダーバッグは奥底に隠した。これで帰る準備は整った。明かりには借りていたランタンを持ち、いよいよと壁に浮かぶ紋章へと手を伸ばす。触れた指先から魔力を奪い、紋章は封鎖していた壁を消し去り道を開いた。
玉座の間には特に変わったところも無く、閑散としている。
「魔物の姿は無いな。では、帰るとしようか」
「うん。皆を驚かせて、そんで謝るよ」
抜け駆けしてしまったからね!
「気にする必要は無いと思うぞ? 遺跡探索など、当たり前に早い者勝ちだ。彼らも気にしないだろう。私達だけで動いた事は、咎められるだろうが」
そういうもんかね。僕が気にし過ぎなのか。こういう感覚は、早く慣れないとな。
先日通れなかったこの壁、今はもう通れるはず。ゆっくり足を伸ばし踏み込むと、するりと通り抜けられた。懐中時計から得られた情報通りに、閉じ込める機能は失われていた。やっと、出られる。
とは言ってもソニアさんがいてくれたからか、そこまで込み上げるものも無い。全く寂しくなかったし、それどころか色々肌色な思い出が浮かんでは消え……ない。遺跡探索の思い出が肌色って、どうなってんのよ?
「どうした、行くぞ」
そんな思い出を植え付けた当人は当たり前に手を取って、握り込んで歩いて行く。何でもないのかね、ずるい。
大広間は、完全に機能を失っていた。見えない壁は存在せず、ただ広いだけの部屋となり果てている。二人で真っ直ぐ歩き、ただ通り抜けた。
遺跡は機能を停止している。それをまさに実感した瞬間だった。
道中は魔物もほとんどいなくなっていて、結局二度遭遇しただけで入口まで到達した。その二度も風術によって先に察知していたため、ソニアさんの奇襲で瞬く間に片付いてしまった。
そうして外に出れば、日が暮れ始める頃合いだった。
「出られたな、ハルト」
「出られたね、ソニアさん」
何だか嬉しくなって手を上げると意図を組んでくれたのか、ぱんと叩き合わせてくれた。そして二人で笑う。
「よし、このままテトまで帰ってしまおう。私ならお前を抱えても走って行けるだろう」
「疲労の回復なら任せてね」
ソニアさんは僕を両手に抱き上げ、他の戦士も見ている中を全速力で走った。明らかに風術を使っているけど、見えないからかばれない。恐ろしい速度で走破してしまい、一時間で戦士村まで到着してしまった。体力回復もあるせいで、疲れも見えない。腕輪の力もあっただろうし、凄まじい運動能力になっている。
戻った僕らは、早速組合のテントを訪れた。そこでは厳しい表情のミツキさんが仕事に明け暮れていた。
何だか久しぶりに会うようだけど、確かまだ一週間経ってないはずだな。レベッカさんはレヴァーレストかな?
「ミツキさん、ただいま」
「帰ったぞ、ミツキ」
「ハルト様、ソニア様!」
大きな声で驚いて、ミツキさんはしばし唖然とした。そして不意に気付いたのか、明るい笑顔を浮かべた。
「では、遺跡を踏破されたのですね!?」
「うん、抜け駆けになっちゃったけどね」
「そのような事、構いません! おめでとうございます! つきましては詳細などを……」
という事で、話し合って決めていた通りに二人で話して聞かせた。組合員だけでなく戦士達も周りに集まって来ていて、それはすごい賑わいとなってしまった。ミツキさんは僕らの話を聞きながら紙に次々書き上げていき、時折質問して情報を補完しながら報告書を作っている。
話をするのは専らソニアさんだ。これは僕から頼んだ事だけど、彼女からの報告の方が階級や知られている実力などから信用されると思ったからだ。僕は時折補足する程度に留めている。
中枢における話については、嘘を報告する事にした。緑の石を破壊したら止まったと、そう話す。
「そして、一休みして帰って来た次第だ」
「ありがとうございました。後程、こちらからレヴァーレストの支部まで報告しておきます。報酬につきましてはその後、お二方にこちらから声をかけさせていただき、お支払い致します」
情報を精査して、査定するのかな? この戦士村でもレヴァーレストでも大丈夫らしいから、行動はそんなに縛られないね。
それから、とミツキさんは言葉を繋げた。
「ハルト様には昇級証明をお渡し致します。こちらにソニア様、署名をお願い出来ますか?」
「もちろんだ」
書面を見ると、特別昇級証明書とある。その下部分に署名欄があり、三名分書き込むようになっている。その一段目に、ソニア・フローシルと書き込まれた。二段目にはミツキ・ハイガサと署名が入る。
「ではハルト様。これをレヴァーレスト支部へと提出して下さいませ。支部長が最後に署名を入れて、ハルト様の銅級への昇級が認定されます」
ううむ、あまり欲しいと思えない。それに僕、戦った記憶無いよ? 結局一度も攻撃すらしてない気がする。そんなんで銅級戦士になって良いのだろうか。
頬を引きつらせながら受け取る。
ソニアさんとは、組合の中で別れる事となった。彼女は組合にまだ用事があり、また遺跡の調査隊にも参加するつもりなのだそうだ。
「名残惜しくはあるが、また何処かで会う事もあるだろう。その時には食事でもしながら話をしたり、一緒に仕事を受けたりしよう」
「うん、その時はよろしく。色々あったけど、楽しかった。おかげで寂しい思いもしなかったし。見かけたら遠慮無く声をかけて欲しいよ」
「それは私も同じ気持ちだ」
そして片膝を突いて、ふわりと抱擁される。周りで戦士や組合員達の冷やかしだったり罵声だったりの声が様々上がった。喧しいわ。
当然ソニアさんにも聞こえていたのだろう。苦笑いしていた。
「では、またな」
「うん、またね」
最後に握手して、僕は組合を出た。そうしてまた一人になったと思いきや。
「ハルト君!」
「ん? マリエラ?」
急な再会である。
黒く艶のある長髪を風に揺らしながら、真紅の瞳が笑みを形作っていた。タイトで黒く長い、キャミソールのようなワンピースに黒のショールを羽織り、腰に銀の細い鎖を巻いて手には黒い手袋とエメラルドグリーンのハンドバッグ。足には黒革のブーツ。
相変わらずの黒好きで、豊満なメリハリが目を惹く美女。そんな耳の尖った女性が手を振り、胸を揺らしながら早足でやって来る。こっちからも近付いて、手を上げた。
「久しぶり」
「久しぶり! って言う程じゃないけどね」
良いのさ、そんな事は。色々あって、随分時間が経ってるような気がしてるんだよなあ。
「組合?」
「特に用事があるわけじゃないんだ。ふらっと来ただけ。ねえ、何処か入って食事しない?」
とのお誘いを受けて、僕はテントで経営している酒場へと連れて行かれた。奥のテーブル席に座ると、マリエラは適当に注文する。僕はお任せ。
ふと思い付いた事があって、マリエラに聞く。
「マリエラって、ソニアさんの事知ってたりする?」
「ソニア・フローシル? 友達だけど」
「やっぱりか。同じ銀級で女性戦士だし、もしかしてと思ったんだ」
「会ったの? ここに来てる?」
「組合にまだいると思うけど」
「呼んでくる!」
すごい勢いで走って行った。仲良しなのかな。……うお、もう戻って来た。
しっかりソニアさんを連れてる。何も話さなかったのか、目を丸くして驚いていた。
「ハルトはマリエラと知り合いだったのか」
「恩人で、師匠?」
「さあ、お喋りするよ!」
マリエラがテンション高く宣言する。それを見て、僕らは二人で苦笑した。
「また会えたね」
「また会えたな」
そしてふふっと笑う。短い別れだったね。
それからは遺跡での話を、周りに聞かれないように色々話す事となった。ただ問題もある。ひそひそとソニアさんと打ち合わせた。
「隠している事はどうするのだ?」
「ソニアさんに問題が無ければ、全部話しても構わないよ」
「ほう。マリエラだけ特別なのか?」
「信用してるし、色々助けてもらったからね」
マリエラはしっかり特別扱いだ。彼女に会えなかったらと思うと、僕はぞっとしてしまう。右も左もわからないレヴァーレストで、ただの孤児として生きて行かなければならなかっただろう。彼女が支援してくれて、色々教えてくれたから今がある。この恩は、ちょっとやそっとでは返し切れない。
そんな彼女だから、僕にとっては特別なんだ。
「ふむ、妬ける話だな」
くすっとしてから、ソニアさんは顔を上げた。僕も上げるけど、マリエラが何やらぶすっと不機嫌そうにしている。何だ?
「随分仲良さそうだねー」
「妬いているのか、マリエラ? 大丈夫だ。ハルトにとってお前は特別なのだそうだからな」
「それ言わなくて良くない!?」
本人に聞かれたら恥ずかしいじゃないか!
マリエラはきょとんとして、それから瞬く間に照れたような笑顔を見せた。本当に妬いてたの?
「そっか、特別なんだ……」
「では包み隠さず話していくが、言うまでもなく極秘の話だ。良いな、マリエラ?」
「うん、それは大丈夫」
ちょうど良いので、実験を兼ねて魔眼を遺跡の時とは逆に強化して発動させてみた。すると触れなくとも魔力が見え、感じられる。マリエラの中には紅色の靄が、ソニアさんの中には桜色の花びらがたくさん見えた。酒場内にいる者から外にいる者まで、周辺にある魔力全てが魔眼によって捕捉された。こいつは便利だ。
今は誰も周りにいない。これなら大丈夫だな。
それから基本的にはやはりソニアさんが話し、僕が補足する形で遺跡での事を聞かせた。ただ困った事に、ソニアさんが面白がって僕とエニスさんのあれこれまで話すもんだから滅茶苦茶睨まれた。
けれど中枢での話になる頃には、マリエラも真剣な顔付きで聞く事に徹していた。魔導器の話や海上都市の話、僕の生まれの可能性など話が続いて、ソニアさんが僕の種族について気付いた話で一旦区切った。
「そっか、耳か。考えなかったなあ……」
「それはおいおい考えていかねばならんだろう。ところで、ハルト。マリエラを呼び捨てで呼べるなら、私の事も同じように呼んで欲しいのだが」
「そう? わかったよ、ソニア」
そう呼ぶと、嬉しそうに微笑む。こんな子供に呼び捨てさせて良いのかよ? まあ、気にしそうにないけどね、彼女も。
「その後は少々大変だった。私にサキュバスの本能が目覚めてしまって、ハルトには色々と、な」
その話するの!?
突っ込む間も無く、ソニアは本当に包み隠さず話してしまう。聞きながら耳まで熱くなって、あまりにも居たたまれなかった。マリエラは表情がころころと変わり、最終的には何もかもを通り越して呆れ果てていた。
「どうした、ハルト。そんなに身を縮めて。可愛らしい事だな」
「ハルト君、何処までが本当?」
「ええと……。全部、本当です……」
もう知らん、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。