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克服訓練

 僕はテト北の森にある遺跡の最奥部で、最後にして最大の難所を迎えていた。最後の最後に待ち受けていたのはサキュバス戦。しかも実力は銀級戦士である上に炎と風の魔法をも扱う、間違い無しに最強の相手だ。


 力でも速度でも体力でも劣り、サキュバスのもつ魅了の視線でなけなしの理性すらも脅かされる。唯一勝るのは、魔法の扱いのみ。勝利の鍵はそれただ一つだった。


 既にこの身は抱き竦められ、逃れ得ない腕の中にある。この難局を如何にして乗り切るか、頭を働かせなければならない。


 ……なんて真面目に考えてるけど、やばいってもうさっきから唇が降って来てて回避専念でそれどころじゃねえ!


 クリンチだ、クリンチで防ごう! こっちからも首に抱き付いて、頬を合わせて回避する。すると滅茶苦茶頬ずりされて、それもまた心地好いから危険だ。誰か助けて。




 サキュバスもといソニアさんは、唐突に走り始めた。風術を併用しているのか、恐ろしく速い。横殴りに重力を感じながらしがみ付いていると、突然の浮遊感に思わず悲鳴を上げる。


 多分昇降機の縦穴だ。あそこを飛び降りたんだ。そして大気を幾度か蹴る事で減速し、彼女は無事十階に着地する。そしてまた走る。


 影達の死体は残ってないな、なんて事を自棄気味に頭の片隅で思っていると、次には背中からの衝撃を受けた。痛くはない、と言うか柔らかい物に叩き付けられた感じ。背後に弾力のある柔らかな物、前には乱れに乱れたソニアさん。何これ。


 周りを見れば、そこは二人で寝泊まりしていた部屋だとわかる。ここまで一気に帰って来たようだ。


 そして呼吸を荒くしながら、彼女はまず革のビスチェを脱ぎ捨てた。うむ、いかん。早急に対処しよう。


 少し頭が冷えたので、対策は簡単に思い付いた。ベッドを見たのも良かった。ソニアさんを水に捕らえて固める。首から上だけを外に出した状態だ。そうしてしまえば、如何な彼女と言えどももう抗えない。


「ああ、ハルト! 私はもう……!」


「落ち着け」


 どうしろと言うんだ、全くもう。


 サキュバスの本能は危険過ぎるな。このまま連れ帰る事は出来ないし、静かになるまでここで生活するか……。




 それから一時間程経過しただろうか。ソニアさんは落ち着きを幾らか取り戻していた。今は恥ずかしくなったのか顔を背けていたので、身体の向きを変えてあげている。


 水を飲ませてあげたりなどして、様子を見ながらのんびりだ。


「私は……未熟だな……」


「それは仕方ないって。これまで避けて来てたんでしょ? ……でもそっちに親しむ必要はないけど、今後は飼い慣らすくらいのつもりでいないと辛いかもしれないね」


「飼い慣らす、か……」


 何となく言っただけなんだけど、彼女はその言葉が気になったらしい。何度か、言い聞かすかのように呟いていた。


 そうすると彼女の様子は急速に落ち着き、拘束も要らなく見える程にまで平常へ戻っていた。なので消し去ってみる。


 こちらへと振り返ってじっと見つめて合うけど、どうやら大丈夫なようだ。悪戯に近付いて、ベッドに腰を下ろす。ソニアさんの頬が赤くなるけど、襲いかかって来る事は無かった。


「もう大丈夫かな?」


「ありがとう、止めてくれて……。この本能、飼い慣らしてみよう」


「頑張って。出来る事があれば、僕も協力するんだけどね」


「本当か?」


 ん? 食い付いて来たな。何か出来る事なんてある?


「出来る事があれば、ね?」


「もちろんそれで構わない。ありがとう、恩に着る」


 嫌な予感しかしない。迂闊な事言ったかなあ……。







 その後最長で調査隊が来るまでとして、ソニアさんの本能克服に協力を頼まれた。それまでここで寝泊まりするそうだ。詳細については恥ずかしがって話してくれない。けどまあ協力するって言っちゃったし、断れないな。


 ラスボス戦、まだ続いてるのかもしれない。




 夕食を食べた後は湯を用意したけど、それが依頼最初の試練だった。


「い、一緒に入るぞ!」


「そんな気はしてたよ……」


 嫌じゃないけどさ! こっちだって結構辛いって!


 ああこれ、僕にとっても克服するための試練なのか。要らねえ。


 お互い背中を流し合ったところで、向かい合わせになる。隠す場所は隠してしまうね。真っ赤になってるのも、多分お互い様だろう。


「…………済まない」


 ぼそりと呟いて、いきなり襲いかかって来た。この至近距離なので、簡単に捕まる。何せ速いからね。何となくは覚悟してたんで、魔法を使うために魔力を集中させる。しかしその瞬間、下半身に緊急事態が発生した。


「こら! つつつ掴むな!」


「ああ、こんな……!」


「聞け」


 問答無用に拘束した。ううくそ、しっかり握られてしまった……。




 ベッドでは、お互い裸という事は無い。僕は水で作ったチュニックを着るし、彼女は自前の寝巻きだ。ただ、寝てる間はどうにもならない。


 要は腰回りさえ防御を固めておけば良いんだ。そう考えた僕は、チュニックを身体に密着して覆うスーツに変えた。上下一体型の水着のような作りで、絶対に脱げない。


 顔には仮面をかぶり、目と鼻の穴だけ開けた。これも首や頭にしっかり固定され、外れない。


「本当に済まない、私のために……」


「謝る必要なんて無いよ。僕も好き好んで協力してるんだから」


 サキュバスの本能を否定して避けて生きて来たのは、自分らしくあるためだと思うから。それを応援したいし、そのための協力なら惜しむつもりは無い。


 まあ、こっちも色々大変だけどね。誘惑が強過ぎるんだよ。ソニアさんは物凄い魅力的なんだもの。


 自分に負けないよう、気合い入れないとね。




 翌朝は、筆舌にし難いあり様でした……。お嫁、行けるよね?







 そんな日々が続き、克服訓練四日目を迎えた。調査隊はまだまだ来ないだろう。


 ソニアさんは、もうすっかり落ち着いた。僕も協力した甲斐があったというものだ。そばにいて、必死に抵抗してただけだけども。


 ただ彼女は、そんな僕をすごいと言ってくれている。


「普通の男であれば、既に本能のまま私と事に及んでいただろう。子供とは言え私に魅力を感じていないわけではない様子だというのに、一切手を出そうとしない。ハルトは鋼の意志力を持っているのだな。本当にすごいと思う。お前を見ていたおかげで、私もそれを見習う事でここまで抑えられるようになれた。……心から、敬愛しているぞ」


「大袈裟だな……」


 ソニアさんはとにかく素敵な女性だ。こんな風に真面目だし、本能を克服しようと頑張っていて、それももうゴールが見えている。方法がこれってのは、ちょっと議論の余地があるけども。


 普通なら惹かれて、恋人とか伴侶になってても良いと思うんだ。でも僕には引っかかりがあった。


 僕は人間で、彼女はサキュバスなんだ。間違い無く彼女を残して、先に寿命を迎える事になる。こんな世界だったら珍しい事じゃないと思うけどね、一緒にいられる時間が短過ぎるだろうから。それよりはこの世界に生きる誰か良い魔族と一緒になって、長く幸せでいて欲しい。


 まあそれに、子供と思われてるしね。あちらにその気が無いんだから、そんな関係も避けないと。


「ところで、ハルト。トオ・クレルの事なのだが」


「どうかした?」


「お前はそこにいたのか?」


「いや、記憶が無いんだ。僕が覚えているのは、海岸に流れ着いたらしいところからだよ。レヴァーレストの北の海岸に、気付いたら寝ていたんだよね」


 そっか、帰りの海で落とした、だったか。僕は酒場で話していたその魔族に、トオ・クレルから連れ出されたわけか。それじゃ、やっぱり生き残りがいるんじゃないか?


 これは是が非でも赴く必要があるな。この遺跡から西だったな。手段を考えておかないと。魔力を使って、要は魔術で飛ぶ事も出来るけど、魔力が尽きたら落ちて溺れるだけだ。船か? でも海を行くなら大きな帆船じゃないとな。ボートみたいな舟じゃ、死にに行くようなものだろう。


 となれば金で買うか、水で作るなら魔力がもっと要る。魔力は鍛えて増やせるんだろうか。


 僕を連れ出した奴に接触するのは悪手だろうな。まるで物でも落としたように言う奴だ。悪人であれば人間の生き残りという事で貴族連中に高く売り付けるだろう。その先でどうなるか、なんて考えるまでも無い。


 レヴァーレストは、去る必要があるかもしれない。あの大きな街の中でたった一人に会う確率なんて恐ろしく低いけど、ゼロじゃないんだ。あの街に対して特別な思い入れがあるわけでも無いし、それでも構わないな。


 問題は、トオ・クレルを目指すならレヴァーレストは避けて通れないだろう事だ。この遺跡から西って事で一番近そうな街だし、船を買うにしろ作るにしろ出発点はここになる。作るならモデルにする船を探して、しっかり観察しなければならない。それもやはりレヴァーレストで行うのが良いだろう。


 耳さえどうにか出来れば、ハーフリングで通せるのに。これも考えておかないと。


 ともあれ、まだまだ先の話になりそうだ。どちらの手段にしても諸々足りない。


「では、明日は帰還に向かうとして、方針を決めておこう。口裏を合わせておかねばな」


「そうだね。まずは、魔道具については秘密にしようか。皆がごねるとは思わないけど、わざわざ言う必要無いでしょ」


「了解だ。魔導器についても同様だな」


 頷いて同意する。これについては極秘中の極秘だ。絶対に、誰にも明かせない。


「ソニアさんの魔法についても、内緒の方が良いよね」


「うむ。折を見て、私から組合に自己申告しておく。もちろんハルトの事は言わない」


「ありがとね」


 中枢への壁は都合良く開けたまま帰って来ていた。そしてこの消える壁は紋章によって管理されているらしく、遺跡が機能を失った今でも生きていると克服訓練の合間に調べて判明している。


 後は大体報告出来る事なので、そのまま話せる。


「こんなものだな。それでは寝るとしようか」


「そ、そうだね」


 今夜は訓練の仕上げだそうだ。今のソニアさんなら大丈夫と信用はしてるけど、そういう問題でないところで戸惑う。何の冗談だよ、これ……。


 読んでいただき、ありがとうございます!

 またまたポイント評価、ブックマーク共に増えておりまして、大変ありがたい事でございます。


 引き続き、よろしくお願い致します!

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