遺跡の中枢、そしてラスボス戦へ
階段を上り切ると、がらんとした空洞の片隅に出た。壁が円柱状に巡り、見上げた先ですぼまって穴を形成している。空洞の中心には魔道具のあった部屋の台座に似た三角柱が二メートル程の長さで立っていて、そのそばにはその台座そのままの物が設置されていた。
柱は白く光り輝いていて、光は上に向かって放たれ穴の向こうへと吸い込まれている。あれは大地から奪い取った魔力だろう。何処に向かっているのか、突き止めないといけないな。
辺りに人影は無い。二人で中心へと向かい、まずは台座を見た。
上面には逆三角形の紋章が彫り込まれていて、その線が魔力の白光を宿す。紋章の一番内側に当たる三つ目の三角形には、ぴったりと透き通る石がはめ込まれていた。内側に光を蓄えていて、色は緑。外へ漏れる程に光を発している。中の光は魔力なのかな?
「この光は一体……?」
「見える? これは魔力だよ。この遺跡が吸い上げて集めてる、大地からの魔力なんだと思う」
ソニアさんは光の柱を見上げ、穴の向こうへと視線を向けている。初めて見たんだろう、目を大きく開いて呆けたようになっていた。かなり強く集束されてるんだけど、そうすると魔眼が無くても見えるんだね。
しかし、これだけじゃ何もわからないな。
「何か情報は無いかな?」
つい声に出していた。けれどその直後に、胸元から青い風が漏れ出て来る。それは僕の魔力なんだけど、僕は何もしていない。手で押さえてみれば、指に触れるのは硬く平たい円形の物。引っ張り出せば、それは懐中時計だ。
その懐中時計から、僕の魔力が漏れていた。そして、表示が時計から別のものに切り替わっている。
『魔力集積装置、イラ。魔力集積施設イラ・ティスの中枢。魔術能力保持者が触れて命じる事により制御。イラによって集められた魔力は、現在移送先未設定。元移送先であるトオ・クレルに異常があったと推測』
そこには、そんな文字が書かれていた。それも僕が読める、現在この世界で使われている文字でだ。これはもしかして、情報端末的な魔道具なのかもしれない。どうやって現在の文字を取得したんだろう? 僕の魔力が漏れ出ているけど、まさかそれから? ともあれ、それは後回しにしておこう。
こうして情報を表示する事が、この懐中時計の能力という事なのか。この情報は僕が何の気なしに言った言葉への解答だよな。つまり、聞けば答えてくれるのか? 恐ろしく便利だ。
ひとまず、表示された情報について考えてみよう。
魔術能力保持者とはなんだろうか。疑問には思ったけど、これについては心当たりがある。僕は壁を開きながらここまで来た。それが答えになるだろう。
魔術と言うからには、魔力を扱う術だと思う。僕はそれが可能だ。となると、わざわざ魔術能力保持者なんて呼び方をするのだからこれも適性が要るわけだね。魔法は七つの分野ではなく、八つだったのか。
まあ、そんな細かい事も後で良い。今は遺跡を止める事が最優先だ。
触れて命じる、との事だけど中心はやっぱりこの宝石だよね。ところでこの台座、実は僕より背が高いんだ。掴まって背伸びして、やっと覗き込んでるのさ。
手を伸ばさないと届かないし、ちょっと辛い。
「ふふ、手伝おうか」
「うん、ありがとね」
やだもう、恥ずかしい!
後ろから抱き締めるようにして、ソニアさんは僕を持ち上げてくれる。手を伸ばせば、宝石まで容易に手が届いた。
「魔力の吸い出しを停止! 集めた魔力は大地に返還しろ!」
すると宝石がきらりと煌めく。直後、魔力の逆流が始まった。上から魔力が降ってきて柱に注ぎ込まれ、さらに下へと流れて行く。これで遺跡周辺の大地は、息を吹き返すだろうか。ともかく、遺跡による魔力の吸い出しを止めるという僕の目的は達成された。
しばらくして、遺跡は静かになった。命じた事が完了したのだろうか。そうしたら確認しなければならない事がある。それは、遺跡の完全停止の方法だ。懐中時計に聞けばわかるだろうか。
「遺跡の機能を完全に止めるには?」
『制御を司る魔導器の取り外しにより可能』
「それはどんなもの?」
『緑の四面体。魔力に情報を与え、役割を設定し、管理者の命令を実現する魔力制御の魔導器』
中心にある宝石の事っぽいな。また持ち上げてもらって、宝石の端に爪を引っかけて取り外した。情報通りに四面体で、緑色に透ける綺麗な石だ。
魔導器とは、ソニアさんが口にしていた魔道具の事だろうか? 僕の手元にあるバッグや懐中時計、マリエラやレベッカさんの持つバッグもそうだろう。人間達は魔導器と呼んでいたって事か?
でも、この懐中時計はどうやったのか翻訳してるんだから、そこも翻訳されるはずだよな。となると別物?
「魔道具と魔導器の違いとは?」
『格の違い。魔道具は道具の域を出ず、個人においての運用を想定。魔導器は個人で運用するには力が強過ぎ、組織や社会、国などの大きな集団による管理を推奨される存在』
「マジか……」
魔力に情報を与え、役割を設定し、管理者の命令を実現する魔力制御の魔導器、だもんな。確かに強力過ぎる。ただ、この世界の貴族や王族に管理を任せて良いとは思えない。ならばどうする?
……怖いけど、僕が預かろう。鞄にぽいっと放り込んだ。
「ソニアさん、この事も秘密で」
「心得た。任せたぞ、ハルト」
責任重大だけど、この鞄は要するに魔術能力保持者でないと開かないわけなんだろう。そうしたら今のところ僕とマリエラしか開けられない。情報さえ漏らさなければ、誰の目にも留まらないね。
後は僕が、自分をしっかり律する事だ。思い上がって馬鹿な事を考えないように。想像するだけでおっかないし、多分大丈夫だと思う。このままでいよう、このままで。
さて、ついでに気になっていた事も聞いてしまおう。
「僕はどうして遺跡に囚われた?」
『魔眼は強い魔力を生み出す。その魔力を逃さないために、イラ・ティスには捕縛用の機能が仕掛けられている。魔眼保有者の死亡時、その魔力はイラによって回収される』
何それ!? レベッカさんの話では、力は与えないって事だったよね?
全く根も葉も無い話じゃなくて、実はそんな力もあった? 食べるという手段が駄目だったのかな。死亡時に回収されるのだから、そういう事かね。
……死に場所も気をつけておかないとだな。
「酷い話だな。それじゃ、出る手段は?」
『イラへの命令か、イラ・ティスの停止により脱出可能。つまり、既に脱出可能』
おっと、ならば良し。ひとまずほっとした。
「それじゃ、帰ろうか」
「そうだな。だが、あの影達の死体がどうなっているか……」
「うげ。あの数で落ちたんだもんね。山になってて、通れないかも?」
「見るだけでも行ってみよう。あれは普通の存在ではなかった。死体が残らないという事もあり得る」
あれも謎な連中だったな。これまたついでにと懐中時計に聞いたら、答えてくれた。
彼らは影の従僕と呼ばれる存在で、かつては人間の肉体を持っていたそうだ。このイラ・ティスの中枢を守るために、自ら身体を捨ててあの姿となって生き延びる事を選んだらしい。老いも寿命も無くなる代わりに定められた使命のためだけに生き長らえる存在で、その使命を果たすに足るだけの変化も引き起こされるのだとか。
このイラ・ティスと言う場所は、彼らにとってそこまで重要な場所だったのかな。トオ・クレルと言う場所に魔力を送っていたそうだけど、そこが大切だったわけだよね。
また気になる事が出来てしまった。足を止めて、懐中時計に聞く。
「トオ・クレルとは?」
『人間達に残された、最後の都市。孤島に作られた海上都市で、機能のほとんどを外部から送られる魔力に頼っていた』
「まさか、そこには人間が生き残っている!?」
『孤島は不毛の土地で、魔物達が見向きもしなかったために採用された。外部からの支援に頼る他無かった都市が、現在も機能している可能性は絶望的。つまり、絶滅していると推測』
駄目かよ……。でも、一度行ってみたいな。今後の目標に定めても良いかもね。
「場所は!?」
『イラ・ティスより西。それ以上の情報は保持していない』
ぐ……。ざっくりし過ぎてるよ。これじゃ探すにもなあ。
ふと見上げると、ソニアさんがこっちをじっと見ていた。
「ハルトは人間に興味があるのか?」
「まあ、実は」
「そうか。ならば話しておこう。その海上都市について、耳にした話がある」
何だと……!?
「テトへ向かう途中立ち寄ったレヴァーレストの酒場でな、ひそひそとそんな話をしている連中がいたんだ。海の上に都市のような遺跡があったと彼らは話していた。そこで何か途轍もないものを発見したが、帰りの海で落としてしまったのだそうだ」
おお、と驚いていて、僕は完全に油断していた。彼女の手は、目にも留まらぬ速度で僕の耳を掴む。そして、優しく包むように触れられた。
はっと気付かされたけれど、もう遅い。
「ハルト、お前は人間だったのか……」
魔族に、耳の丸い者はいなかった。皆、尖っていたんだ。エルフは当然としてドワーフやハーフリング、ケンタウロスもオーガもゴブリンも、ジンであるレベッカさんやイーストオーガのミツキさんですらも尖っていたんだ。
髪で隠れているし、耳の形なんて気にする者はいなかった。だからこれまで気付かれずに済んでいた。でも今、ソニアさんには気付かれてしまった。
人類は絶滅している。理由はわからないけど、一つの可能性としては絶滅させられた事も考えられる。魔物達にだ。その場合、もちろん魔族も参加しているだろう。人間は、彼らにとって敵なのかもしれないんだ。なのに知られてしまった。
思わず半歩身体が退く。恐る恐るに見上げたその顔は、赤く上気していて……って、あれ? 何と言うか、艶っぽく微笑んでいてすごく魅力的に見えるんだけども……。
「ずっと不思議に思っていたのだ。何故こんなに本能を刺激されるのか。可愛らしいからだと、何となく考えていた。けれど違ったのだな。ハルトが人間だから私は、サキュバスの本能は惹き付けられていたのか……」
えええ……。
ソニアさんは僕を腕に抱いて包み込む。そして優しく、次第に強く抱き締めた。
しかし見上げて見えた表情は変わっていて、しかもどちらかと言えば苦悶に近く、彼女も理性と本能の狭間にあって苦しんでいるのだとその様子から知れた。
「済まない、ハルト。こんな事は初めてで、私にももうどうしたら良いのか……!」
いかん、これはいかん。何がいかんかって、僕もやばい。ソニアさんの目から桜の花びらが舞っているのが見えた。多分魅了の力だ。今、確実に心が惹き付けられている。でも、こんなのはお断りだ。本能と力に屈しようものなら、後で絶対後悔する。
ついでに僕の中の臆病な三十路魔法使いも怖がってて、正気を保つのに協力してくれてる。ここは僕のためにも彼女のためにも、何としてでも何事も起こさせてはならない。全力で抗わなくては。
……遺跡のラスボス戦、まさかこれ? マジ……?
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