遺跡探索開始
レベッカさんは、エニスさんを連れて帰って来た。彼女は何やら複雑そうな苦笑いを浮かべている。
「キマイラにとどめの雷術を使った魔法使い、エニスよ。皆、仲良くしてあげてね」
「よろしくお願いしますわ」
それぞれ名乗る程度に挨拶を交わす。エニスさんは恐縮した風で、やはり銀級戦士二人やレベッカさんのような規格外に囲まれた状態は緊張してしまうようだ。顔見知りだからか、僕のそばに腰を下ろした。
「彼女達は外の警戒を担当してたの。だから引き抜いてきちゃったわ。報酬を弾む約束したらすんなり」
「あんた酷いな!」
それで微妙な表情してたのかよ。一体幾ら払う話にしたんだか……。でも治療費返せるから良いのかな。
「よろしくね、エニスさん。その後、体調は大丈夫?」
「身体の隅々まで丁寧に治してもらいましたもの。何の異常も起きてませんわ。ハルトがいてくれるなら、今回の仕事は安心ですわね」
随分信頼してくれてるね。嬉しいけど、照れるな。
経過観察全く出来てないから気になってたんだ。そういう意味ではちょうど良かった。
「ほう、隅々ねえ……」
「このエロ親父め! 医療行為を何だと思ってやがる!」
「がはは! すまんすまん!」
エニスさんもあまり恥ずかしがらなくて、むしろにやにやしている。先行きが不安だぞ。
まあ、緊張が解れたなら良いけどさ。思わずげんなりしてしまった。
「それじゃ予定を立てるわ」
戦力が揃ったところで、レベッカさんの言葉により毛布の上で円に座って今後の事を話し合う。彼は一同を見回し、軽く咳払いしてから話し始めた。
「まず、今日は大体六時間を目処に捜索するつもりよ」
その後は夕食など済ませて寝支度して、見張りを立てつつ休むわけだ。
「ヘラルド、あなたはどの程度まで構造を把握してるの?」
「どの程度、とは言い辛えな。この遺跡はな、階層分けが難しいんだよ。上下する通路が多くてな、何のための遺跡なのか全くわからねえ。進むにも戻るにも面倒な作りで、部屋は少なく通路ばかり。それも入り組んでいて複雑。下手しなくても迷子になるぜ」
嫌な構造だな。聞いた限りでは地図に描きようが無いように思える。覚えるしかないか。幸い、ダンジョンRPGはよくやっていた。古くは狂った王様の命令で地下迷宮深くに籠もった魔法使いを倒しに向かうゲームだな。
その頃から培ってきた感覚が役に立てば良いけど。
「どうやって探索してるのよ?」
「頭に叩き込むか、無理矢理にでも地図を描くかだな。俺達は覚える方を選んだ。何せ、誰一人まともに描けなかったんでなあ」
それで行き来出来るんだから、充分すごいな。でも地図を描くには紙とペンにインクが要るし、この世界じゃ用意するのも簡単じゃないか。希少だったり高額だったりするだろう。
「後は、どっちかの壁に沿って進むなんてやり方もあるぜ」
「なるほど、それならわかり易いわね」
あったな、そんな手も。また懐かしい……。僕もよく使った手段だ。それである程度全体像を掴んで、行けなかったところを後で回れば探索完了となる。
ただ、もちろんこのやり方も万能ではない。ここにあるかはわからないけど、ゲームでは強制転移の仕掛けなどがあったりする。行き先次第で破綻させられるんだよね。
本当に存在したら、なんて思うとぞっとする。
「途中までは覚えているからな、そこまでは真っ直ぐ行けるぜ。だが、救出目的なら声でもかけながら行くのか?」
「いえ、それはしないわ。魔物を集めてしまうもの。あたし達まで帰れなくなるような事態は避けなきゃ駄目よ」
ミイラ取りまでミイラになっちゃったら、来た意味を失うからな。妥当な判断だ。
方針が定まったところで、いよいよ出発となった。
隊列に大した変化は無い。ヘラルドさんが先頭を行き、そのそばにソニアさん。二人の後ろに松明を持ったミツキさんが続いて、その次に僕とエニスさんが並んでいる。一番後ろにはレベッカさんが後方の守りに立った。
通路は、二人が余裕を持って戦える程度の幅だった。その関係で、戦闘ではヘラルドさんとソニアさんが前衛として敵と対峙する事になる。ミツキさんは交代要員だ。体力の具合を見て入れ替わる事で、回復に割く魔力の節約を計るらしい。そうすれば、僕の魔力を攻撃に使う事が出来る。
「よし、出発するぞ」
ヘラルドさんに先導され、僕らは歩き始める。行く手には深い闇が口を開けており、漂う空気は冷たい。フードをかぶって、クロークの前も重ね合わせて閉じた。
こんな場所の奥底に、一体何人の戦士が取り残されているのだろう。そしてそこにはレイドさん達も含まれているかもしれない。
彼らが無事である事を祈りつつ、僕も足を踏み出していった。
探索は順調に進んで行った。
基本的にはヘラルドさんがソニアさんを伴って先行し、ゲームなどで盗賊と言われる役割、いわゆる斥候のように動いた。さすがはベテラン、手慣れている。
魔物も暗闇を見通せるわけではない。だから僕らと同じように何らかの明かりを持って活動している事がほとんどだ。それを先行したヘラルドさんが見つけ、ソニアさんが後続の僕らに手や指の動きで報せる。そして待ち伏せて、奇襲を仕掛けたりした。
そうして迷宮のような暗い遺跡の中を進み、ヘラルドさんの記憶で行ける一番奥まで三時間程で到達した。
ここまでは入り組んでいたり縦横無尽な構造であったりしたけど、厄介な仕掛けなどは無かった。やはりゲームとは違うという事だろう。
辿り着いたのは部屋で、奥にも通路がある中間地点のような部屋だった。ここで一旦の休憩を取る事にして、僕らは再び敷いてもらった毛布の上で身体を休める。
「今のところ問題無いわね。キマイラみたいな強力な魔物もいないし、ハルトちゃんとエニスの魔力もばっちり温存出来てるわ」
結局、僕が攻撃に参加する必要があるような魔物には遭遇しなかった。ほとんどヘラルドさん達前衛三人が片付けてしまい、たまにエニスさんが雷術で牽制する程度で事足りていた。自然回復する分の魔力が勿体なくて体力の回復に使ったくらいに余裕があった。
それでも休憩は取る。精神的な疲労は、魔法では癒せないからだ。こんな場所では休む事でしか回復出来ない。それを皆がよく理解していた。大きな声にならないよう静かに雑談などして、少し笑って、それを癒しとした。
「エニスは特に、しっかりリラックスしなさいね。魔力の回復には、一番効果的なんだから」
「ですわね。だからハルトに癒してもらいますわ」
右腕で抱き寄せられてくっ付かれ、可愛がられた。犬とか猫の扱いか?
エニスさんは、随分身体が冷えてしまってるな。服装はフード付きの深い青のローブで、僕と同じにフードをかぶっている。ところが抱き締められてわかったけど、下には厚地の物を着ていないらしかった。ローブはそれなりに生地が厚いけど、これだけでは厳しそうだ。
多分、酷い傷を負った時に装備もぼろぼろになってしまったんだな。その上で治療費の事もあって、あまり装備に金を回せなかったんだ。
まあただ、そのせいで色々ダイレクトに伝わってくるけどね。彼女肉感的だから困るんだよね。
「ああ、温かいですわね……」
「身体冷たくなってるね。大丈夫?」
「あら、そうだったの? 荷物に何か入れてあるかもしれないわ。少し待って頂戴ね」
レベッカさんがバッグを覗いて探し始めた。すると程なくマントが引き出された。ミツキさんが着ている物と同じ緑のマントだ。組合の支給品なのかな。
「あたしは一度も使った事無いから新品そのものよ。良かったら使って」
「感謝致しますわ」
レベッカさんがそっと背中にかけた。それを前で留めてあげると、また抱き締められた。もう、好きにして……。
「ここからは、俺はまだ進んだ事が無え。様子見でここまで来て、それで一旦帰っちまったんだ。ソニアはどうだ?」
「私はこの遺跡に初めて潜っている。テトには来たばかりでな。だから何も知らないのだ」
一方前衛組は遺跡についての話をしていた。この部屋から先は、誰も一体事が無いらしい。
「仕掛けについての情報は報告されておりますが、それによれば見えない壁があるそうです」
「見えない壁? それで何がどうなるってんだ?」
いきなり壁に当たったりして痛い思いはしそうだけど、そう聞いただけではその厄介さは伝わらないかもな。
思い付くのは、広い部屋に見えない壁で迷路が作られている可能性だ。視覚的に捉えられないから、案外構造の把握に手間取るんだよね。他には同じ素材を使った見えない床とか。穴の上を細く渡してあったりしてね。想像しただけで竦むようだ。
「この情報を下さった戦士の皆様は少し調査して帰還されたのですが、部屋にその見えない壁で迷路が作られていたのだそうです」
あ、やっぱりね。
「その上、その壁は動いて構造を変えているのだとか」
げ、上を行きやがったか。そんなん、どうやって攻略するんだよ。
「随分厄介じゃねえか。よく帰れたな」
「運が良かったのだと、彼らも話していました」
「恐ろしい仕掛けもあったものだ。だが、魔物から逃れるならば絶好の仕掛けかもしれない。捕まるくらいなら、その奥へ迷い込む方が良いだろうからな」
あり得るな。魔物に捕まったら食われるだろうし、賊に捕まったなら酷い目に遭わされるだろう。それなら例え出口が無いのだとしても、奥へ進む道を選ぶ。そう考えて向かった戦士がいるかもしれない。
となると、僕らもそれを抜けて先へ行かないといけないわけだね。
ただ僕個人として考えるなら、その先へ行く事は決定事項だ。遺跡について調べ、魔力を吸い上げる機能を止めなきゃならないんだ。
だから、何としてもその仕掛けは突破する。
そんな事をエニスさんの腕の中で心に決めていた。締まらないけど、放してくれないんだもの……。




