遺跡入口、立ち塞がる魔物の群れ
テトの戦士村を発って遺跡に到着し、僕らは三十分程の休憩を挟んでから遺跡へと潜り始めた。道中は全て早足の徒歩。魔物の襲撃などもありながら五時間かかっている。
戦士組合が報せを受けて準備に入り、支度が整うまでが一時間。遺跡から組合までを伝令よろしく走った戦士一行は、四時間で帰還したという。
つまり、占拠発覚から約半日過ぎている。取り残された戦士達は無事だろうか。心配に思いながら、僕らは階段を下りて行った。
後ろには、戦士達が二グループ程付いて来ている。彼らは突破した後の追加戦力だ。部屋はかなりの広さがあり、当然それだけの戦力が置かれている。それ全てを五人で相手するのは現実的ではない。
数には数をという事で、そのための戦力だった。
その中にはエニスさんも含まれている。雷術を使って、魔法使いとして参加するのだそうだ。それなら左腕が無いハンデもあって無いようなものだ。報酬も当然出るし、本人は喜んでいた。
治療費がね、結構かかったんだそうだよ。幾ら取ったんだろうな、戦士組合は……。
ミツキさんの手にある松明が照らし出す遺跡内部は、上部の砂時計同様奇妙だった。
材質は同じだと思われる、石材に似た真っ白な何かだ。それが継ぎ目も無く下り階段を形作っている。触れれば滑らかで、ひんやりと冷たい。空気も冷えていて、松明の光が当たらない部分は少し寒いくらいだ。思わずクロークの前を寄せて閉じる。
皆は冷えないのかな? 特にソニアさんは、肩とか背中とか丸出しなんだけど。そんな事を思っていたら、ヘラルドさんがこちら側を向いて小声で言った。
「そろそろだぜ。全員準備しろよ」
そして槍を低く構え、これまでよりさらに静かに一段一段丁寧に下り始めた。ソニアさんも同様に、音無くレイピアを引き抜いてゆっくり後に続いた。ミツキさんは少し進んだところで足を止めた。僕とレベッカさんもそこで止まる。
これ以上進むと、松明の光で気付かれてしまうからだろう。それくらい近くに来ているんだ。
僕は目を凝らして、前に行った二人を見る。ヘラルドさんが左の壁に、ソニアさんが右の壁に寄り、その場に屈んで先を窺っている姿が見えている。二人は目線だけでやり取りし、全く同時に飛び出して行った。
さらに同時に、ミツキさんも動き出す。階段を風のように駆け下り、いつでも飛び込めるよう抜刀した。
入口ではヘラルドさんが突きを連続で繰り出している。その隣ではソニアさんがレイピアを振るっていた。またサキュバスとしての力を使ったのか、攻撃が集中しているのがわかる。けどそのおかげでヘラルドさんが槍を自在に繰り出せて、結果思っていたよりも容易く部屋へと突入出来ていた。
「さすが銀級だ、すげえ」
「随分あっさりじゃない? 何がどうなってるの……」
後ろの戦士達は唖然としている。階段の上にいるためによくわからないんだけど、やっぱり二人は強いんだろうね。
これで敵の守りは突破された。ミツキさんも部屋の中に松明を投げ込み、そして飛び込んで行く。中からは金属音と、それ以上の悲鳴が響き始めた。
「あたし達も行くわよ」
レベッカさんに続き、僕も走る。けれど突然、レベッカさんが僕を制止した。恐ろしい速さで剣を抜き、前に盾のようにかざす。その刃で炎が爆ぜた。炎術か?
でも、魔眼は何も捉えていない。見えていなくとも、感じる事は出来るはず。ならば、今の炎は何だろうか?
その答えは、部屋を覗けばすぐに得られた。
「キマイラ!?」
典型的なそれに近いの姿があった。細かな点で違っているのは、個体差なのだろうか。この個体は獅子の胴に獅子と山羊と竜の頭部を持ち、背には竜の翼、蛇が尾として生えている。
その竜の口が、炎を吹いていた。いち早く察知したレベッカさんが、防いでくれたわけだ。
「あいつは……!」
後ろに続いていた戦士達の中から、エニスさんの声が聞こえた。振り返れば凝視している姿があった。なるほど、彼女をあんな目に遭わせたのはこいつか。そうと意識したわけではなかったけど、僕も睨むように見つめた。
敵は当然、それだけではない。ミツキさんが斬り結んでいるのはコボルドだ。しかし手練れであるのか彼女の素早い斬撃に拮抗している。
コボルドが持つ武器は、片手半と呼ばれるバスタードソードに見える。僕の身長より少し長い刃と両手で握れる程度に長い柄の、少し重い剣だ。それを時に片手、時に両手と巧みに振るい、互角の打ち合いを繰り広げていた。
エニスさんの身体にあった斬り傷はこいつか。見たところ腕は良い。このコボルドなら、納得出来る。
他方では、ヘラルドさんが複数の魔物相手に剛槍を振り回していた。突き貫いて薙ぎ払い、多数を相手に優勢で戦っている。
相手としては大型化した動物の魔物やゴブリン、オークなど。それからリザードマンやエルフなどの姿もある。賊が混ざっているらしい。
少しの違和感を抱きつつキマイラに視線を戻した。戦っているのはソニアさんだ。キマイラの爪や噛み付き、炎など避けつつレイピアで攻めている。
部屋が広いせいだろうか? 三人は散って、それぞれに戦う事を余儀無くされていた。
レベッカさんは後続に指示を出した。彼らにはヘラルドさんと代わって数を引き受けてもらうようだ。
「ミツキ! そっちは大丈夫なの!?」
「問題ありません」
落ち着いた声色で、ミツキさんが答える。互角に見えていたけれど、どうやら実際には彼女に分があるようだ。余裕の表れか、口元に笑みが浮かんでいる。
ミツキさんの振る曲剣、打刀が白光と共に閃く。部屋の中、左右の壁際に設置された篝火に照らされ、光の帯が尾を引くように伸びる。
袈裟に迫る白刃に対して、コボルドも片手半の剣を打ち込む。鈍く光る真っ直ぐの刃は幾度となく白い輝きと打ち合い、甲高い金属音を響き渡らせた。
コボルドの表情に余裕は無い。一般に力に劣るとされる女性のミツキさんを相手に、彼は力負けしていた。打ち合わせればその度に、圧されるのは彼の方だった。それがコボルドとオーガの亜種たるイーストオーガの、種族的な格差。そしてその上で彼女の剣は速く、正確無比。力でも技でも敵わないコボルドには、万に一つの勝機も無い。
しかし不思議な事に、その目は光を消していなかった。勝ち筋の見えない一騎討ちにも関わらず、コボルドはまだ諦めていない。
根性か、ただの負けず嫌いか。大したものだと感心していると、その答えは案外早く示された。
「ミツキさん、後ろへ!」
その瞬間に、彼女はのけ反って後転を繰り返して離れた。直後、立っていたその場所に何本もの鋭く長い針が生じた。コボルドは、魔法を使う剣士だった。だから彼は、まだ諦めていなかったんだ。
虎視眈々と機を見計らい、ミツキさんが踏み込むその瞬間に黄土色の魔力がスライムのような姿で現れた。そしてミツキさんの足元で魔法へと形を変化させた。けれど発動した地術の針は僕の声によって暴かれてしまい、ミツキさんを一本たりとも貫く事叶わず無為に終わった。
コボルドはこちらを鋭く睨む。絶好の機会を阻止された上に魔法が使える事がばれたんだ。怒り心頭だろう。べえと舌を出してやる。
「感謝します、ハルト様!」
ミツキさんは駆け込み、恐ろしい速度の連撃を見舞う。緩急まで付けられた白光の乱舞に、魔力を集束させる間すら与えられないコボルドは瞬く間に追い詰められていく。
それでも絞り出すようにして、右膝に黄土色のスライムを出現させた。
「右の膝だよ!」
打ち合いの最中に繰り出された膝蹴りから、横長の刃が形成された。それは厚みがあるものの鋭く、そして四メートル程もある。あまりにも長い剣の横薙ぎに等しい魔法だった。
土の刃はミツキさんの胴を薙がんと迫る。けれどミツキさんは慌てなかった。魔法が来る事が告げられていたからか、その対処も素早かった。
ミツキさんは振り上げていた打刀をそのまま振り下ろす。地術の剣は中心で真っ二つになり、形を保てなくなったか砕けて散った。
土の刃と言っても魔力によって作られ固められた物だ。容易く斬れるはずがない、と思ってたんだけどな。僕とコボルドの目は見開かれ、その光景を映す瞳は点になった。
コボルドには最早、為す術など一つとして残されていない。その首は跳ねられ、ミツキさんの前に倒れて絶命した。
打刀も相当な業物みたいだけど、ミツキさんの腕もすごいな……。
キマイラと対峙するのはソニアさんとレベッカさん、それに遅れてヘラルドさんだ。馬よりも二回りは大きなキマイラを前に、ソニアさんはよく凌いでいた。
吹きかけられる炎はかわし、振り回される両前足の爪も避けたり盾で受け流すなどして防ぐ。そしてその際、前足にはレイピアの一突きを返す。
そこへレベッカさんが加勢に斬りかかった。両手で握った大曲剣をまるで木の枝でも振るように軽く扱っている。キマイラは危険な相手だと理解したんだろう。竜の吐息は以降、レベッカさんへと集中的に吹き付けられていた。
さらに後続の戦士達に後を任せたヘラルドさんが横合いから槍の連続突きを繰り出し、それに対してキマイラはそれを翼で受ける事で致命傷を避けた。
三対一となり、且つ竜の標的はレベッカさんに固定されている。そのため彼は思うように近付けていないけれど、代わりにソニアさんとヘラルドさんが目まぐるしい連携でキマイラを攻め立てた。ソニアさんが正面から肉薄して爪撃を盾で弾くように受け流す。そうしてこじ開けた隙にヘラルドさんが槍を突き刺した。捻り上げて引き、傷口を広げるように斬り抜けて横に回り込む。
その間にソニアさんは、激痛に吼える獅子の頭の下へと潜り込んだ。そして思い切り左腕を振り上げて、盾で顎を打ち上げ下からレイピアで貫き通す。素早く引き抜き巨体の下をすり抜けて離脱、彼女も側面へと回った。
入れ替わりにヘラルドさんが攻めに出る。山羊の頭に向かって連続突きを繰り出し、首と片目を突き通してさらに振り下ろした。角を粉砕して頭蓋を割り、穂先を脳にまでめり込ませる。
しかしキマイラもやられるばかりではなかった。獅子と山羊の頭を潰されても前足でヘラルドさんを薙ぎ、槍で受け止めた彼を吹き飛ばす。後ろ足はレイピアが刺さるのも厭わずソニアさんに叩き付けられた。
ヘラルドさんには癒術を施した。ソニアさんは直ぐ様剣を引いて盾で防いでいたけれど、体勢を大きく崩していた。そしてそちらを見た時、鋭く動く何かを目が捉えていた。
「蛇だ、ソニアさん!」
間に合わない、そうわかっていても飛び出していた。手を伸ばすように駆け、反射的に跳んだ。その瞬間脳裏に浮かんだのは、マリエラによって浮かされた自分の身体。そしてその時の感覚。
気付いた時には飛んでいた。伸ばした右腕に激痛が走り、頭は遅れて届いたのだと認識する。右腕の手首辺りに噛み付く蛇の姿が目に映し出される。緑色の液体が袖に付着しているのが見え、毒を流し込まれた事が見て取れた。
蛇の毒牙はソニアさんの首に向かっていた。そこに噛み付かれるよりは遥かにマシだな。危なかった。
そのままでは壁に激突してしまうので急制動をかけ一回転して着地。けれどバランスを崩して幾度か転がった。
毒か……。どうしたものかね。