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28.災厄の使者

エメリンのお兄ちゃんの話です。

「タンジェリン、お客さん」


魔法団団員に声をかけられ私は首を傾げた。


「まさか、私によく似た顔の小柄でヒールを履いていて二度と会いたくないと思う女の子だったりする?」


「それ妹のことだろ。大丈夫、悪名高いからみんな知ってるし見かけたら誰も近づかない」


「良かった。

じゃあ誰だろう。名前言ってた?」


「マックスノーだって。ビックリしたよ、あの音楽家の……」


その名前を聞いた途端私は駆け出していた。

魔法団建物入り口には人だかりができている。だが、中心にいる人に誰も話しかけにいかない。遠巻きに彼を見つめている。

中心に立つマックスノーはそんな群衆を冷めた目で見ていた。だが私と目が合うと軽く手を挙げにっこり微笑んだ。


「エメリン。久しぶり」


「に、兄さん」


家を出て以来顔を合わせることの無かった兄が目の前にいる。


*


「まさかエメリンまで魔法使いになるとは思わなかった。才能無かったのに」


無邪気に毒を吐いてくるのは相変わらずのようだ。


「そ、そうだね。なんで来たの」


「挨拶だよ。今度この街で演奏会するからその準備に来てて、ついでに顔を見せておこうかと」


この国で暮らす人は一度くらいマックスノーの名を聞いたことがあるだろう。奇跡の指を持つだとか音楽に愛された男だとかの二つ名を付けられている兄は、タンジェリン家では珍しく音楽家として名を馳せていた。

そして名の馳せ方が凄まじかった。

音楽家は元々目立つ仕事だが彼はどんな楽器でも極上の音色を出せるだとかなんとか、とにかく才能に溢れ、人々から注目を浴びまくっている。

少し前までは我がタンジェリン家は兄の名前で知られていたのだ。

もっとも、今はジャガーノートの名の方が知られている。悪い意味で。


「5年ぶりなのに少しも嬉しそうじゃないね。まあ僕も別に嬉しくはないんだけど」


「ジャガーノートには会った?」


「いや。けどここにいるんでしょ?」


残念ながらいる。

私は今すぐこの場から逃げ出したかった。

兄妹から逃れられるならカロテス様が発狂しながら魔物を殺しているところを見ていた方が幸せだろう。


「挨拶してくれば。私は行かないけど」


「なんで? 案内してよ」


「……わ、私も忙しい」


「ふうん。嘘つくんだ。良いけど。

ひどい妹だな」


「行けば良いんでしょ……」


才能に反比例して性格というのは歪むらしい。ジャガーノートほどではないが兄も兄で相当な曲者である。

悪意のない悪魔。これがマックスノーに最も相応しい二つ名だと私は思っている。


ジャガーノートのいる宿舎に案内し、彼女の部屋の扉を叩く。

5分待った。多分わざと待たされている。いつものことなのだが。


「……よう、下等生物」


「ジャガーノート。元気そうだね」


「なんだあんたもいるのか」


ジャガーノートはちょっと驚いた顔になるが、いつものように険しい顔にはならない。

性悪同士波長が合うのだろう、二人は私に比べると仲が良い。


「そうだ、時間もちょうどいいしご飯食べに行く?」


「食堂か? まずいぞ」


「私はいい……。2人で行って来なよ」


「え? どうして。エメリンがこの辺り詳しいんだから案内するべきだろ?」


この2人と一緒にいるのだけはごめんだ。目立つし、良いことは何もない。


「食堂しか行かないから案内できないよ」


「エメリン、なんで分かるのに嘘をつく。

王子のお守りやってたんだからこの辺りに詳しいはずだ。

行こう」


ぐいぐいと腕を引かれ私は仕方なく、この辺りでも有名で、店内が広く、王族が使ってもおかしくないような店に案内した。


……人の視線が気になる。

私は俯いてメニューを見るフリをした。


「それで? 今2人はどんな感じなの」


兄が興味なさそうな顔で尋ねてくる。


「気になるのか?」


「いや、あんまり。礼儀として聞いてる」


「そうか。私は変わらない」


「色んなところで暴れてるらしいね。あんまり人に迷惑かけちゃダメだよ」


「本気で言ってるのかそれ」


「いや。それらしいことを言ってる。

エメリンは」


話を振られメニューから顔を離す。


「……魔法、頑張ってる」


「ふうん。ジャガーノートみたいになりたいの?」


「そういうわけじゃ」


「だよね、無理だし。ならなんで」


なんでと聞かれても。私は顔を顰めた。

ラプターが好きだという不純な気持ちで魔法使いを目指し、諦めて騎士になり、腕を失ったから魔法使いの道に戻った。簡単かつ卑屈に言うとそうなる。


「……左腕が無くなったから、騎士の道はやめたの」


「騎士目指してたんだっけ? あ、そういえば腕無い。どうしたの」


今気付いたらしい。さっき腕を引いた時気付かなかったのだろうか。


「色々あってね」


「そう、お疲れ様。ここは奢ってあげるから好きなの食べてね」


もとよりそのつもりだ。


「あんたはどうなんだ。わざわざ食事に連れ出すなんて、なんかあったのか」


「うん、母さんが病気でね」


「え……」


思わぬ言葉に体が凍りつく。

手紙でのやり取りでは体調のことなど書いていなかった。


「心配しなくても平気だと思うよ。医者もそう言ってる。ただ、母さんって何かにつけて大袈裟に騒ぐだろ?

自分はもう死ぬんだ……とかなんとか言って僕を呼び寄せて、姉妹の様子を見てこいって言われてねえ……」


「元気だと伝えておけ」


「そうするよ」


母の顔を思い出す。いつも母は私の行く末を心配していた。

兄が放っておいても自らの道を決め一人で歩き出したのとは対照的に、妹の私は何もできなかったからだろう。ラプターに11の私を指導するように言ったのも母だった。


「そんなに心配なら顔見せに行けば?」


マックスノーに言われるが私は首を振る。家には戻りたくない。

私のできなさを過剰に心配し騒ぐ母と、それを間に受け悲嘆に暮れる父。折り合いが悪かった。

思えば家を出るまでの心の拠り所はラプターだった。彼だけが私の才能を信じてくれていたのだから。


「ねー、マックスノーさんっすよね!」


軽薄な声に私の意識が引き戻される。

いつの間にかテーブルの横に見知らぬ人たちが立っていた。


「いや。違う人だよ」


さらりと嘘をつく兄。苛立ったように話しかけてきた女性を睨む妹。


「絶対そうだって! 見たことあるもん」


「えー、トケちゃん演奏会とか行くんだー」


「ううん、野次馬いたから覗いただけ。

ね、ね、親がファンなんですよ。サイン貰えません?」


「無理だけど……」


「うわ、ケチくせー」


「サインくらい良いじゃん。これに書いてよ」


女性に紙とペンを渡されたマックスノーはそれを受け取り、そのまま流れるように背後に捨てた。


「な、何すんの」


「何すんのって、何? 断ってるのにしつこいよ。

別人だって言ってるし……早く席に戻ったら?」


私は素早く立ち上がり紙とペンを女性に押し付けるように返した。


「す、すみません。この人たち人格破綻者なんで……あんまり近付かないであげてください」


「はあ? 言っておくけど私の親、今度の演奏会でも出資してて……」


「うるさいぞ劣等人種。人が昼食をとってるのが分からないのか?」


女性の声を遮るように、妹が震える声を上げる。ジャガーノートの苛立ちが頂点に達した。

ああ。私は頭を抱える。

まあこうなることは分かっていた。だから人の集まりにくいお店にしたのになあ……。


ジャガーノートは机の上に立つと何やら呪文を唱え出した。慌てて足を掴んで「暴れないで!」と言うが顔面を蹴られただけで終わる。マックスノーは平然とした顔で「店、壊しても戻せる魔法ある?」と聞いていた。


「な、なんなのこの人……」


彼らも流石に2人が人格破綻者たちであると気付いたようだ。顔を青ざめさせあたふたしている。だが、ジャガーノートの呪文は唱え終わっていた。


「お前たちの屑しか入ってない頭に叩き込んでおけ。私はジャガーノート。お前たちのような、劣等人種が、話しかけて良い存在じゃ、ない!!」


店内が明滅する。他のお客さんたちの悲鳴が聞こえた。私は鼻血を拭い地面から立ち上がるとジャガーノートの細い腰を掴んで机から引き下ろした。


「触るな下等生物が!」


「他の人たちまで巻き込んで攻撃しちゃダメでしょ!」


「良いんじゃない?」


「ダメ!」


辺りを見る。腰の抜けた女性たちと、それから唖然とした顔の店員。

他のお客さんも口を開けてこちらを見ていた。

少なくとも怪我人は出ていないらしい。良かった。


「やっと静かになったね。ジャガーノートやるじゃん」


「ふん。幻覚を見せただけだ」


「あれ、店員来ないねえ……。

注文したいのに……」


最初に絡んできた彼等は悪いとはいえ、青ざめ震えた姿に哀れみを覚える。どんな幻覚を見せられたのか。

特に動けなさそうな女性の肩を支え、私は店を後にした。


*


あの後、混乱する店内をよそに2人は食事をしていた。私は居た堪れなくてご飯の味がしなかったが、席を離れるとまた兄がネチネチ言ってくるので仕方なく無味のご飯を胃に運んだ。


ご飯を食べたのに元気が出ない。

フラフラと店を出ると「エメリン」と声を掛けられた。


「……大丈夫か……」


そこにいたのは我が愛する恋人、そして救世主のラプターだった。

抱き着きたいのを我慢して彼の横に駆け寄る。


「む、無理」


「だよな。

マックスノーが来てるって聞いて嫌な予感がしてたんだ。早速騒ぎを起こしたな」


「あれ、ラプター……。久しぶり」


兄がひらひらと手を振っている。

ラプターはジャガーノートと相性が悪いが、兄とももちろん相性が悪い。

というか私の兄妹と相性が良い人間は中々いない。


「今度は何をやらかした?」


「特に何も。ジャガーノートも珍しく大事にしなかったし」


「食事ができなくなると困るだろ」


「それもそうか。

それでラプターは? ご飯食べるの? ここ味あんまり良くなかったよ」


店先でそういうこと言わないで欲しい。


「エメリンを迎えに来ただけだ」


「どうして?」


ジャガーノートが意地悪く「分からないのか?」と言うと兄は暫く考え込んだ後、ああと頷いた。


「エメリン、昔っからラプターラプター言ってたもんね。ちっちゃい頃なんか僕よりラプターが良いとか言ってたし……」


「それは今もそうだけど」


「どうしてラプターが良いのか全く分からない。すごく無愛想だし、魔法が使えるって言ってもジャガーノートの方が優秀だし、それに弟は変態だし」


「テイラートの話を持ち出すならお前の末の妹が今までにやった悪事を書き出して渡すが……。ノート一冊に書き切れるかどうか」


やれやれと首を振るラプターをジャガーノートが無言で睨んでいる。罵って来ないのは珍しい。


「そういえばラプターが忙しくて教えに来られないと駄々捏ねてたよね。なんで来ないのーって。鬱陶しかったなあ……」


しみじみ、微笑ましい思い出かのように鬱陶しいと言う兄。


「もう良いでしょ」


「僕、ラプターのそばにずっといたいからエメリンわざと魔法覚えないのかと思ったよ。単に才能が無かっただけだけど。

母さんに花嫁修行させられてた時もラプターと結婚したいって言って」


「もう良いから!! 思い出話はまた今度しようねっ!! じゃあねっ!!」


ラプターの背中を押してその場を離れる。彼は「今の話もう少し聞きたい」と言っていたが頭突きすると大人しくその場を離れた。


チラリと後ろを振り返る。兄はひらひらと手を振りジャガーノートはさっさと別の方向に歩き出していた。


「……疲れた」


「マックスノーがいるとジャガーノートが多少大人しいからそれは楽だな」


「でも兄さんの相手も大変……」


よしよしと背中をさすられた。兄の幼馴染でもあるラプターには私の気持ちが痛いほど分かっているはずだ。


「他人に興味が無いというか、思いやりがないというか、冷酷というか、挑発的というか……。音楽家としてどうしてやっていけてるの全然分かんない」


「人の話を一切聞いてないところは似てる」


「似てない」


「けど、確かにあの家でお前が生まれたのは奇跡だと思う。よくまともに育ってくれた……」


「……本当にね……」


背後で何やら喧嘩する声が聞こえてくるが絶対に振り返らないと決めた。


「それより花嫁修行の話が聞きたいんだけど」


「わあ! いいよ、そんなの!」


私が慌てるとラプターは楽しそうな顔になる。


「15歳くらいまでやらされてたよな。刺繍とか、料理とか、振る舞いとか」


「……やらされてたけど……あんまり好きじゃなかったし……」


「俺の名前刺繍したハンカチくれたよな」


「よく覚えてるね……。裏側ぐちゃぐちゃで使い物にならないやつ」


忘れて欲しいのに。いくら子供とはいえ、あれは……恥ずかしい出来だ。


「そうだったか。実家の部屋に置いてあるから今度見てみる」


「えっ。捨てて」


「嫌だよ。

あの頃のエメリンは素直で可愛かった……」


「……あの頃のラプターは優しかったよ」


「今も優しいはずだ。

ほら、あそこのケーキ屋さんに行こうか。奢るよ。

甘いもの食べると疲れが取れるだろ」


不意に手を繋がれ胸が高鳴る。

彼の顔を伺うと柔らかな笑みを浮かべてこちらを優しく見つめていた。


「そ、そうやって甘いもの貰ったからって簡単に靡いたりしない」


「そこは靡いてくれ……恋人だろ」


*


甘い空気を出している2人の様子をマックスノーとジャガーノートは建物の陰に隠れ見守っていた。


「邪魔しちゃ悪いってやつかな」


ジャガーノートを見ると彼女は吐き気を堪えているらしく真っ青な顔で「早く邪魔しろ」と言っていた。


「そんなに? まだ手繋いでるだけだよ」


「とっととチケットだかなんだか渡せば良いだろ」


マックスノーは渡し忘れた演奏会のチケットを見る。

いくら彼でも恋人同士の邪魔をすると後々面倒なことになるというのは知っていた。


「ジャガーノート渡しておいてよ」


「断る」


「仕方ない。後で渡すか……。

ジャガーノートはチケット1枚でいい?」


「2枚」


「へえ、誰と来るの」


「犬」


動物は入れないよ、と彼は思ったが2枚渡した。


「演奏会興味無いと思ってた」


「音楽は聴いても音が鳴ってるなとしか思わない。けど、あんたが演奏してるところを見るのは嫌いじゃないから見に行く」


気難しい妹にこう言ってもらえるのは素直に嬉しい。

マックスノーは更に2枚チケットを渡したがいらないとすげなく断られた。


「あんたの方こそ、私たちが何してるかなんて興味無いと思ったのに」


「まあ……あんまり無いよ。聞く必要無いし」


「必要無い?」


「僕の妹たちはバカじゃないんだから大抵のことは自分で解決できるだろ。

解決できないなら僕に相談しに来る。

僕だってその為に色んなとこ行って偉い人とパイプ繋いでるんだし、お金だって貯めておいてるんだから」


エメリンとは仲は良くないが、それでも家族だ。愛着はある。


「しかし……ラプターが側にいながら片腕無くなるとは。

アイツ無能だよなあ。長年エメリンに教えてた割に魔法も使えないまんまだし」


「その無能が好きなんだとよ」


「不思議……。僕がもっと良い人紹介しようかな」


マックスノーはまた、エメリンの様子を伺った。

ラプターと言い争いしているようだが表情は明るい。それに時々幸せそうに微笑むのだ。


「……まあ良いか。

ジャガーノートも良い人できたら教えてね」


「興味あるのか?」


「いや。礼儀として聞いてみた」


「だろうよ」


顔色が幾分良くなったジャガーノートは「じゃあな」と言って風と共に去って行く。

残されたマックスノーは暫くエメリンの幸せそうな顔を見た後、人の少ない道を選びながら泊まっている宿屋へ向かい出した。


「戻ってすぐまとわりついてくるな、犬」


「さっき一緒にいた男の人誰ですか」


「はあ? 兄だよ」


「お兄さん? 本当に? 楽しそうにしてましたけど……」


「本当だ。だから離せ」


「証拠は?」


「証拠ってなんだよ。お前デカいんだから腰にまとわりつくのやめろ!」


「証拠無いなら離しません」


「……ほら、演奏会のチケット。一緒に来て確かめればいい」


「マックスノー……? ってのがお兄さん?」


「そうだよ。兄は音楽家なんだ」


「へえ。音楽かあ……。興味無いです」


「なんなんだよ! もう離せって……!」


*


年齢

マックスノー=ラプター(34)>>エメリン(23)>テイラート(22?)>ジャガーノート(20?)>サングロー(16)


マックスノーとラプターは同年代で、そこのつながりでエメリンに魔法を教えることになった。

年齢はね、あんまりちゃんと決めてないし覚えてないんで間違ってるかも。



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