紋章
サールは、消えていくアリスを呆然と眺めていた。
アリスが消え、巻物が床に落ちたときに、我に返った。
すぐにその場所へと移動すると、残された巻物に手を伸ばした。
巻物を持ち上げると、何かが転がるのが見えた。
それは、指輪だった。
それを取り上げ、じっくりと見つめた。
サール:(指輪か。
ん?
これは、紋章か?
しかし、こんな紋章、見たこと無いな。)
その指輪には、女神のような女性を象ったものが刻まれていた。
その後、すぐに傭兵協会へ連絡すると、その到着を待った。
しかし、最初にその場所に到着したのは警備兵だった。
アリスが誘拐されたのを目撃した第3者が通報したのだろう。
警備兵に自分が傭兵協会の者である事を告げると、
現場保存を依頼した。
現場保存、それは転移の魔法における追跡のための手段だった。
転移の魔法は残された巻物のみでも、転移先の位置をある程度
絞り込むことが可能だったが、転移が行われた地点に残っている
残留魔塵を詳しく調べることによって、
転移先範囲を狭めることができた。
さらに、パーティーを組んでいた場合、その術式を行った者は、
その位置をピンポイントで特定することが可能だった。
しかし、3人はパーティーを組んでいなかった為、
転送位置の特定は出来ないことは分かっていた。
警備兵は、サールが傭兵協会の者であることを知ると、
その指示に従ってくれた。
お化け屋敷の立ち入りが制限され、現場保存が開始された。
そして、次にやってきたのはジェイルだった。
一体どこから情報を入手したのか不明だったが、
どこからとも無く現れたのだった。
ジェイルは、アリスが連れ去られたことを知り、
指輪を見ると、すぐにその場所からいなくなった。
何も情報が無い状態で一体何をするというのだろうか?
サールには分からなかった。
次にやってきたのが傭兵協会員だった。
その中には、バーバラの姿もあった。
バーバラは、サールに状況を報告させると、
2人にイベント会場の会議室で待機するよう指示した。
そして憲兵が到着した時点で、
本件は、傭兵協会へと引き渡された。
通常、このような犯罪の場合は、警備兵から憲兵に引き継がれ、
憲兵隊によって捜査が行われる。
傭兵協会は協力という形での参加はあったが、
完全に引き渡されることは無かったため、
バーバラが裏で動いたことは間違いなかった。
傭兵協会が出来た当初は、憲兵と傭兵協会の間には、
まったく繋がりは無かった。
しかし、魔獣王討伐部隊の出兵回数がかさむにしたがって、
人材が枯渇してゆき、警備兵に傭兵が使われた。
優秀な警備兵は憲兵として採用されていった。
そして、20年近くの歳月は、彼等の地位を押し上げていった。
今では、憲兵の上層部には傭兵上がりの者が多数存在していた。
このため、憲兵と傭兵協会の間には、
在ってはならないパイプが構築されてしまった。
バーバラはそれを駆使したのだろう。
イベント会場の会議室で、サールは萎縮していた。
目の前には、遺留物として転移の巻物と指輪、
そして、ぬいぐるみが置かれていた。
バーバラ:「何故、パーティーを組んでいなかったのだ?」
サール:「休みということで、解除したのですが、、、。」
バーバラ:「お前には、今朝、指示したはずだぞ。」
サール:「本当に面目ありません。」
そう言って頭を下げる。
バーバラが遺留物に目を向けた。
バーバラ:「まず、巻物の下にあったという指輪だが、
この紋章は見たことが無いな。
今回の件に関係しているのかどうかだな。」
サール:「・・・。」
バーバラ:「ん?ところで、このぬいぐるみはなんだ?」
サールは小声で答えた。
サール:「ゾンクマちゃんです。」
バーバラ:「ゾンクマちゃん?。なんだそれは?」
サール:「・・・。」
サールが黙っていると、近くにいたバーバラの秘書が答えた。
秘書:「それは、プリティーベアーズです。
いま、爆発的に売れているぬいぐるみです。
プリティベアーズ共和国という国の出身という設定で、
その国が固体毎に戸籍を発行してくれるのです。
所有者がその固体の親となり、固体毎の結婚や
子供の登録など、あたかも実在しているかのように
対応してくれるというものです。」
バーバラ:「ほう、ということは固体番号から所有者が
判明するということだな?」
秘書:「はい。」
バーバラ:「よし、至急所有者を見つけるのだ。」
秘書:「分かりました。」
サールが右手を小さく上げ、小声で言った。
サール:「あのーーー。」
バーバラ:「サール、なんだ?」
サール:「私が・・親・・です。」
バーバラ:「???!」
バーバラが呆れ果てた顔で言った。
バーバラ:「お前が?所有者だと?」
サールは黙って、頷く。
バーバラ:「まさかお前、これを持ってここに来たのか?」
サール:「はい、、、。」
バーバラ:「お前の趣味については、
とやかく言うつもりは無いが、、、。」
バーバラは、そこまで言って、言葉を飲み込んだ。
バーバラ:「もういい、
お前の処分はこれが解決したら決定する。
パインと一緒に帰れ。」
サールは、小声で「はい」と答えると会議室を後にした。
2人は、天馬の尻尾亭に戻った。
まだ、開店時間には時間があったため、客はいなかった。
ドレアルを交えて、3人で会話していた。
ドレアル:「なるほど、で、お前達は、何もしないのか?」
パイン:「いえ、すぐにでも行動したいのですが、
情報が無さ過ぎて、どうしたらいいのか、、、。」
ドレアル:「ならば、情報をやろう。」
2人:「えっ?」
ドレアル:「アリスは、ルシード王国に飛んだんじゃ。」
パイン:「ルシードだって。」
サール:「ルシード、、、。」
ドレアル:「どうする?行くか?」
パインとサールは確認するように、お互いを見て頷いた。
そして、ドレアルを見ると同時に答えた。
2人:「もちろん。」
パイン:「ところで、何故それが分かったんですか?」
ドレアル:「なに、"蛇の道は蛇"、じゃよ。」
そう言って、ドレアルは笑った。
2人は、すぐに傭兵協会へ向かい、パーティーを組んだ後、
ルシード王国へと飛んだ。
しかし、手がかりは、サールの見た紋章のみだった。
ルシード王国。
その国は、現在存在する大国の1つであり、
別名として魔道の国と呼ばれていた。
その領地内では、他国の数十倍の魔晶石が取れることにより、
魔晶石の取引や魔法関係の道具の製造が
主な産業になっており、多くの精霊魔道士が働いていた。
このため、他国よりも魔道に関する文献や遺物が
数多く存在し、まさに魔道の国と言っても過言ではなかった。
国の歴史は、カルラドやクライムより遥かに古く、
1000年とも2000年とも言われている。
領地内では、古代遺跡なども多数発見されており、
大多数の魔法関係の研究者は、魔法の発祥の地を
ルシードだと考えていた。
しかし、魔法関係や古代遺跡の情報は極秘とされ
公開していないものが多かったため、
それの真偽は今もってはっきりしていない。
このような秘密主義のため、様々な憶測や、
まことしやかな噂が流布していた。
ルシードに到着した2人は、
まず、紋章について調べることにした。
傭兵協会で、紋章について質問し、王立図書館に
紋章に関する本があることを聞かされた。
そして、王立図書館の場所を確認すると、そこへと向かった。
王立図書館はすぐに見つかった。
中へ入り、そこの職員に確認すると、
目的の紋章に関する本は、すぐに発見できた。
その本には、様々な紋章が描かれていた。
そして、その紋章を発見した。
サール:((この紋章に間違いありません。))
パイン:((これは、ローゼス公爵家の紋章みたいだな。))
サール:((ローゼス公爵ですか。
聞いたことありませんね。))
パイン:((なるほど。
この本によると、その当主はおよそ50年前に
若くして亡くなっているようだな。
それで、家督を継ぐものがいなくなったとのことだ。))
サール:((えっ、
それではすでに存在しないということですか?))
パイン:((あぁ、ただし、その功績によって、その屋敷等は、
保存されているみたいだ。))
サール:((その屋敷に行って見ましょう。
何か分かるかもしれません。))
パイン:((そうだな、場所も載っているし、行ってみるか。))
そして、2人が、ローゼス公爵家の正門の前に到着したとき、
そこには、ジェイルが立っていた。
パイン:「ジェイル、お前が何故ここにいる。」
ジェイル:「何故、分かった。」
そこには、全身タイツで身を包んだジェイルがいた。
パイン:((一体、何をしたいんだ?))
サール:((無視しましょう。))
パイン:((あぁ、そうだな。))
パイン達がジェイルを無視して横を通過する。
こちらを向かないところをみると、
どうやら、前が見えないらしい。
ジェイル:「まあいい、いずれここに来るとは思っていた。
それで、お前達を待っていたのだ。」
彼は誰もいない方向を向いて話していた。
返事を待ったが、いつまでたっても返事が無い。
業を煮やしたジェイルは、ついにマスクを取った。
そして、目の前に誰もいないことに気がついた。
回りを見回すと、近くにいた人々がうす気味悪がって、
逃げ出していくのが見えた。
後ろを振り向くと、遥か彼方にパインとサールが
屋敷に向かって歩いていた。
ジェイル:「おぃ、こら、まてーーーっ!!」
そう叫びながら、ジェイルは2人に向かって走って行った。
C:「さて、前回、今回とプリティーベアーズというのが
出てきていますが、これは?」
A:「少し、詳しく説明しておきましょう。
プリティベアーズは、色々な衣装や化粧をした
熊のぬいぐるみ達です。
熊たちは、プリティベアーズ共和国の住人で、
養子縁組で所有者の元にやってきたという設定に
なっています。
1体毎に固有番号が付与されており、所有者は
プリティベアーズ共和国に登録することによって
親子関係が成立します。
このとき、名前も登録する事になります。
登録されたぬいぐるみは、別のぬいぐるみとの
婚姻も登録できるし、
ぬいぐるみ達の子供として出生届けも登録できます。
つまり、家族を作ることができるわけですね。」
C:「へー、同じ人に複数売りたいというのが
見え見えですな。」
A:「それを言ってはいけませんよ。」
C:「サールは、それにはまっている、という訳ですな。
ちょっと以外でしたな。」
A:「まじめな性格の裏に、、、。」
C:「・・・。」




