[44]洞爺湖・ファーストレディーたちのサミット 太宰治について [45]太宰の『富嶽百景』を読んだ
44]洞爺湖・ファーストレディーたちのサミット
我々の北海道旅行は、『北の屋台』が印象的な帯広から札幌を経由して、函館に向かい、函館山の日本三大夜景とうに丼を満喫したあと、旅の終盤は洞爺湖、定山渓方面に向かっていた。
「今回の旅行のフィナーレは、一寸だけ贅沢をしようかと、プランを立てましたからね」
妻が意味ありげにのたまう。
「今から行く、ザ・ウィンザーホテル洞爺ってとこはね、この前の洞爺湖サミットが開かれたところよ」
今回の旅行プランは、全てが妻任せである。
僕は、ただ言われるがままに付いて行くだけ、いや、運転するだけだ。
「えー?そんなとこで泊まるが?お金あるが?」
「残念ながら泊まるとこはそこじゃないけど、そこでは、お昼食べるだけ。ひょっとして泊まろうかと思って調べてみたら、とんでもない高かったから・・・、止めて、ランチだけでもって見たけど、それでも可なり高い。じゃけん、お蕎麦屋さんに行こうかと思うとりますよ」
妻が、リズムをつけるようにして、助手席で唸っている。
ザ・ウィンザーホテルは、洞爺湖畔の小高い山の上にあった。
途中登って行く山の斜面はゴルフ場になっていて、山頂は高原のような雰囲気でリゾート感覚に溢れる。
我々は、サミットという響きがブランドのように終始頭をよぎっていて、ふたりで旅ボーイ&ガールよろしく至るところでカメラのシャッターを押し続け、ふと我に帰って、この年になってまだまだ軽いと自己分析する。この軽さは、多分一生抜けることはないだろうと、既に織り込み済みの人生ではあった。
それにしても、ホテル内にある蕎麦屋から見下ろす洞爺湖の景色は素晴らしく、天気のいい日には蝦夷富士の羊蹄山も望めるという。
世界の首脳やファーストレディー達が、この景色をどのように感じたのか、その本音を覗いてみたいと、矢張ここでも軽く考えた。
しかし、彼らの頭には、低迷する世界経済のことや地球温暖化問題が重くのし掛かり、それどころではなかったのかもしれない。
是非そう望みたいものである。
その日は、羊蹄山の麓、真狩村にある『マッカリーナ』に宿をとる予定だそうで、
「ここはねえ、サミットのとき、ファーストレディー達が昼食
を取ったレストランですよ。泊まりはしなかったけどね。凄い楽しみ。どんな食事が出るかなー」
妻の楽しみは、僕の悦びでもある。
憧れの宿マッカリーナは、羊蹄山の裾野のようなところに位置し、周りはジャガイモ畑や原生林のような林に囲まれている。ロケーションは最高だが、周りの林が迫っていて、建物からは蝦夷富士は望めないようだ。
「サミットのときに、ここで居ました?」
夕食のとき、料理を運んできたウェイターに話し掛けた。
こうゆう高級そうなレストランではいつもそうだが、全体に堅苦しい雰囲気で、僕自身それをほぐす意味合いもあった。
「ええ、居ました」
やけに物腰が柔らかくて、ほのぼのとした味わいのある男性で、僕の方も一気に肩の力が抜けていくのを感じた。
そのことが、レストランにとっていいことなのかどうかは判らないが、取りあえずは僕好みの若者である。
「どんな感じでした?」
「いやー、とにかく警備がすごかったですねえ。予想以上に厳重でした」
彼の運んできた料理は、地元で取れた野菜の旨味がよく生かされていて、僕のような野菜好きにはこたえられないものばかりだ。
素材が違うのか、調理が巧いのか、その味の濃さは今でも忘れられない。
牧歌的なウェイターと美味しい料理、それにロケーション、三拍子揃って、「星、三つ!」。
こうして僕達の『洞爺湖サミット』は終わった。
太宰治について
[44]太宰の『富嶽百景』を読んだ
僕にとって太宰治と云えば『ヴィヨンの妻』であった。
中学三年の頃には漱石を読み耽った挙げ句に、東京と作家に憧れ、高校に入ってからは太宰治に傾倒した。
なかでも『ヴィヨンの妻』は衝撃的であった。
近代文学史上、太宰の文学的才能は、他の追随を許さないとまで思った。
僕は、会う人みんなにそのことを吹聴して回り、同調しない頑固者は、この人は文学を全く理解していない者だと、自分のなかで勝手に仕分けるのだった。
ある時僕は、文代さんという女性と文学について話す機会があった。
彼女の娘さんは今、某大学文学部の4年生で就活中だという。
「どう?娘の就職は決まりそう?」
「うん、出版会社が希望なんやけど、中々難しくって、普通のところになりそうやねえ」
「そうか。今年も就職は氷河期だって言われてるもんねえ」
「そうなのよねー。だから就職止めて、小説書いて芥川賞目指したらって言ってるのよ。それなら私も東京に行って、娘とふたりで頑張る」
「へー、芥川賞かあ。そりゃ出版会社入るより難しいねえ。小説は、書いてるわけ?そんなもの目指すなら、ずーっと書き続けてて、いっぱい貯めなきゃ駄目だよ」
僕としては、どっちにしろ駄目だろうと、内心では思っていたけど、余りの大胆発言に言う言葉を失ったというのが、正直なところである。
しかし億にひとつの可能性を否定するわけではないので、話は合わせるのが礼儀というものだ。
「ゼミなんかで、課題が出て、書いたりするでしょ」
「あ、そうか」
僕にはそれ以上の話す気力が湧かなかった。
「ふじとうさんは、好きな作家はおる?」
「最近の人?」
「いや、昔の人でも、いいけど」
「僕はヤッパリ、太宰がいいねえ。『ヴィヨンの妻』は読んだ?」
「『ヴィヨンの妻』は読んでないけど、前に他の作品読んでねえ。太宰もこんなもんか、なんて思ったから、それから太宰のものは読んでない」
文代さんと僕との最初で最後の文学談義はそれで終わってしまった。
僕は太宰の作品のなかで、『富嶽百景』はまだ読んだことがなかった。
太宰が『富嶽百景』を書いた当時のいきさつと、『富士には、月見草がよく似合ふ』と言う有名な一句だけは聞いたことがあった。
短編小説の場合、買ってきた短編小説集の文庫本の中に、その小説が入ってるかどうかによって、読むか読まないかが決まってしまうのである。
久し振りに読む太宰の小説だったが、ヤッパリよかった。
何故か、彼の生きざまや生活の臭いが、その一挙一動までもが、僕には伝わってくる。
それが彼の持つ才能なんだろう。
そしてまた、全編を通じて繰り返される、彼の、富士に象徴される『完璧さ』や『傲然たるもの』への反抗と、一方月見草に象徴される『欠けたもの』や『可憐』で『か弱い』ものへの称賛。
この小説のなかで、彼は、『完璧なる富士』に挑み続けたのである。
対照的なふたつのものを対比させながら、太宰は自身の立ち位置を見失って曖昧に揺れ動き、そしてまた鬱屈の中に沈み込んでいくのだ。
それでいて、どうしても隠しきれずに時たま顔を出してしまう彼の自負心。
それらは、イジイジとして煮え切らない彼の性格をそのままに表現したものと言える。
個人的には、井伏鱒二の登場が嬉しかった。
更に井伏氏が富士山を前に『放屁』するくだりは、なんとも云えない、愉快だ。
太宰はこのとき、井伏氏を富士山と重ね合わせて、或いはそれ以上に『泰然自若』なものとして描くことによって、富士への抗いを試みていたに違いない




