Episode 4 - I / 造花の私
噴水の傍で座って話す3人組。私と同じくらいの子。楽しそう。彼ら彼女らはたくさんの思い出を共有してきたんだろう。ジェスターの言っていた学園には、ああいう子たちで賑わっているんだと思う。私がそこに行くのを想像する。でもいい想像はできない。色鮮やかで壮麗な花畑の中に、造花を飾ることになるのではないか。できるのなら、時間を巻き戻してほしい。現実は私を無視し続ける。
「あれでもこの街で一番の……」
「ううん、気にしてないよ、全然、残念とか、思ってないから……」
まだ部屋の冷たい空気がこびりついている。ジェスターに心を配られるほどに、私は肩を下げているらしい。ため息も、気づいた時には何度も吐いていた。
「いろんな人に調べさせてるからな。何かわかればいいけど」
「……ジェスター、私、嫌われてるのかな」
「なんだ?」
「何やっても、うまくいかない気がする。正直もう、全部……。いや、なんか、もうわかんないや」
彼に出会ってまだ半日ほどしか経っていないけれど、もうあきらめかけているところがある。近いところに答えがあるようで、ぜんぜん見えてこない。
自分のことを赤の他人からどうこう言われて、果たしてそれを信じていいのだろうか。こうして頭の中で考えていることは、外には見えていない。時間が経つほどに、私は元々の私からかけ離れていく気がする。
「まだ1日も経ってないだろう。ちょっとずつ前に進むんだ。ここは夢とは違う」
「だよね……。はぁ、ほんとになんでこうなっちゃったんだろ」
「一番の手がかりはお前自身だ。思い出せばいいんだからな。ただ、それにはきっかけが必要だろ?そのきっかけを見つけるのもなぁ……」
ジェスターが手を顎にくっつけて眉をひねらせた。私も同じ仕草をして一緒に唸ってみた。
「思い出す……。思い出す?思い出すって、何がどうなったら思い出すことになるのかな」
「ん?うん?訳分からなくなること言うなよ。俺までちょっとおかしくなりそうだそれ」
「ごめん」
「思い出すってのは――ほら例えば昨日飲んだ紅茶浮かぶか?」
「匂いとか味とか?美味しかったよ、覚えてる」
「ああ、それだ。今お前は、思い出したんだ。昨日のことをな」
「なんだか、本探すみたいな感じだね」
「そ、そうか?そうか。おん、言われてみれば」
「今のって、ジェスターが聞いてくれたことがきっかけだったんだよね」
「まそういうことだ。だからいろいろ街を見て回ってると、ふと何か浮かぶかもしれないよな?そうだな、まずあの時計塔見に行かないか。それと、その近くに俺の好きなカフェがある。どうだ」
声にならない声で小さく頷き、外に出てからずっとつばをいじっていた帽子をかぶる。顔半分を隠すように。
広場から一直線に続く、広々とした道を見渡しながら歩く。街路樹がずっと向こうまで、形も揃えて並んでいる。いろんな色、いろんな見た目の車がゆったりとした速度で行き交い、狭い路地へ入っていく馬車も見られる。
私の腰ぐらいまでの背丈の小さな子供たちが、ドタバタ音を鳴らしながら追いかけっこをしていたり、手を繋いで歩く人や、椅子に腰かけて新聞を読む人、なにやら言い合いになっている人、本に釘付けになっている人。どれも初めて見る感じはしない。こういう人はいるものだ、とすんなりと受け入れられる。
いろんな人を見ていると、ベルジが頭に浮かんだ。彼とジェスターは付き合いが深そうだった。咳払いを繰り返す彼に聞いてみる。
「ねえ、ベルジくんって……いくつ?」
「お?んー、お前と同じじゃないか?」
「うそ、ほんと?私より背高いからてっきり」
「まーだから、入学してもひとりぼっちにはならないとは思う。組み分け次第だけどな」
「組み分け?」
「大勢の子供たちが行くわけだろ?数百人も、先生見てられない。だから、その数百人を何個かの組に分けるんだ」
「そっか、大変だもんね」
私と比べて頭ひとつぶんくらい背が高かったベルジが、同い年だなんて意外だった。噛み合いそうでどこか摩擦が生じてしまいそうな感じが、あの時の印象だった。ジェスターに対してはなめらかな口運びなのに、私を相手にしたとたん、歯に何か挟まったようになっていた。彼は彼で、いろいろと複雑そうだ。
「気になるのか?」
数歩ぶんだけ歩幅をゆるめてから、ジェスターが言う。
「はじめて会った人、だし、いきなり怒ってて、しかも……」
「撃ってきた」
「そう。それがね、ちょっと」
「やれやれ、あいつの悪いとこだよ」
「えー、いつもあんななの?」
「いや、そんなことは無い。あれはちょっと、お前に似た症状のせいだ」
似た症状――私が魔法を使うと引き寄せてしまうあの感じを、ベルジも体験しているということだろうか。足元を見て歩いていたが、ジェスターの顔を思わず見た。
「……花?」
「あぁ。まあ、やんちゃだけど根は優しいやつだ。連れて歩ける任務とかはよく呼んでる。結局、昨日みたいにトドメを刺すのはいつも俺なんだけどな」
「弾……全部外してた」
「一回も弾は当てたことがない。まっすぐなとこはいいんだけどなぁ」
「良かったのか良くないのか……」
上手ならあの時、頭を撃たれて死んでしまっていただろう。あの顔はフリではない。さすがに頭にきて声を荒らげてしまった時は、すんなりと謝ってくれた。自覚はしているようだった。
「まああれだ、つまりその、正直あんまりまだ関わってほしくない。いつも誰かと競ってるような奴だし、ケンカもよくするし」
「そう、なんだ」
「あんまこの街の悪いとこ見て欲しくないんだ」
「でも紅茶の話してくれたでしょ?悪いとこもちょっとは、興味ある、かも?」
「ふん、好奇心は旺盛だな」
彼の話が引き寄せたのだろうか。それとも私か。見たことのある癖の付き方をした髪の男の子が、こちらへ地面を見ながら歩いてくる。重い風が、さざ波のように静かな空気を揺らすと、彼の顔がこちらに気づいた。私の方を見ると、仮面を変えるように笑みを浮かべた。
「やれやれ噂をすれば」
「ジェスターさんに、アヴァ!どうだ、その……体調とか」
彼は落ち着きがなかった。慌てているとかそういうのではなく、調子の良い元気な犬みたいだった。彼が火を出すのもどこか納得がいく気がした。
「大丈夫。ベルジくんはどう?痛いの治った?」
「え?あ、うん、大丈夫。心配、してくれてたのか?」
「だってあんなの……」
「あはは、どうってことないさ、ははは」
目はいろんな方向に泳いでいた。水槽の魚みたいに行ったり来たりを繰り返す。ジェスターみたいに手で頭の後ろをさすったり、耳の下をつついたり、ポケットに手を入れたり出したり。じっとしている瞬間が無かった。平気そうでいるけれど、痛そうな顔で何度も足を横から軽くたたいている。口は笑っていても、眉毛が眉間に向かって矢印を書いている。
「二人で何してるんですか」
「ま、ちょっと歩いてみてる。いろいろ見てると、何か思い出すかもしれんからな」
「時計塔とか、カフェ?とか、行こうと思ってたの。ベルジくんもどう?」
「え、俺もいいか?その、今日休みでさ。学園」
「そうなんだ。ちょうどいいじゃん」
あんまり関わってほしくないと言っていたジェスター、呆れたような顔でため息をひとつ。長財布の中身に指を入れて、小声で数えながら確認している。
「ったく、だれが払うんだお前の分」
「あ、今日は俺が出しますよ」
「昨日のだろ」
「まあ、そうっすね、あはは……」
いつもケンカしている感じはしない。腰を低くして頭を下げているような態度。でも本当は、やっぱり初めて会った時の、あの顔を忍ばせているんだろう。とても同一人物とは思えない。相手によってここまで人は変わるものなんだろうか。
「はは、てか、意外だな、服。シャツ真っ赤じゃん」
「自分で選んでみた」
「良いと思う。その帽子、ジェスターさんみたいだ。なんつって、俺ファッションとかあんまりわかんないんだけどさ」
「ベルジくんの服もかっこいいよ」
「え、ああ、ありがとう。ど、どれくらい?」
黄色の入った明るい茶色の、硬そうな生地のジャケット。足を細長く見せている、泡立っている水みたいな柄のジーンズにスニーカー。相変わらずくるくると暴れて赤みがかった茶色の髪の毛。こんな感じの服を昨日も着ていたような。
「どれくらい?」
「ああ」
「……うーん、何と、比べたらいいんだろ」
「あー悪い悪い忘れてくれ、ははは」
「お前、いつもより元気だな?」ジェスターが目を半開きにして言った。
「んなことないですよ、俺はこんな感じです!」
「ふん、まあいい」
時計塔は想像よりも大きいようだ。広場から見えていたシルエットがどんどん大きくなっているのに、まだ辿り着いていない。まだもう少し距離がある。ここらの家を二つ重ねても、まだ届かないような高さだ。
どんな話をしていいか、いざ二人を前にすると分からなくなる。付き合いの長そうな二人なのに、私の前じゃあまり話さなくなるみたいだ。よく分からない。ジェスターは店の方をずっと見ているし、ベルジは右に向いたり左に向いたり。話題でも探してくれているのか。どうでもいいことでもいいのに、変に静かにしているものだから、私からも口を出しにくい。
「そうだ、クラリオネって名前。調べたんだけど、二区と三区にはそんな人いなかった」
ベルジが空気を割るように、やっと口を開く。
「お?調べてくれたのか。さすがだな。……うむ、一区と五区はまだなんだよな?」
「はい、そこまではまだ」
残念な知らせ続きだ。自分の持つ手がかりが少なすぎて、手段が限られているから、しょうがないところはある。一番確かなのは、家族からやってきてくれることだけれど、そんな奇跡はどれくらい徳を積めば起こるのだろう。人に探らせてばかりいるし、やはり自分のことなんだから私が一番動かなくちゃいけないと暗示されているのか。
「あれからなにかわかりました?」
「さっき病院に行ったんだが、ルーペを使ってもダメだった。ついてないやつだ」
「ええ……何があったら四区でこんなことに?」
「手がかりが少なすぎる。だから、とにかく今を生きることが先決だ。そのうちきっと見つかるさ」
ジェスターは歩きながら、私の肩に手を置いて言った。それを聞いてもただ、うん、としか頷けなかった。
低い音と高い音が絶妙に重なった鐘の音。時計塔の周辺のみならず、街全体をそれが飲み込む。私は見上げて、針みたいに尖った屋根を見る。1を指している時計は右回りに数字が並んでいる。ここからは部屋の時計くらい小さく見えるけれど、本当はあの秒針さえ、私よりも大きいのだろう。
「相変わらずでけえな」
「アヴァ、どう?」
「どうって……わー大きいなーって。綺麗な時計」
「街のシンボルなんだぜ?」
「あ、そうなんだ……。ごめん、なにも」
象徴的な建物だとは思ったけれど、これを見ても何も感じなかった。
二人は以前のことを思い出させようと、こうして気を使ってくれるけれど、私はどこか、しつこさも感じてしまっていた。彼らは悪くない。
前の私を知ったところで、自分とは別人なのではないか。ただ知るだけに留まって、もし家族と出会えても、どんなことを言われるか。こうした悩みもまだ彼らに打ち明けられない。
「カ、カフェ、とっとと行きましょうよ。甘いもん食いたいっす」
「そうだな、アヴァ、こっちだ」
時計塔を囲む道路から坂道を歩いていく。いろんな窓からはいい匂いがする。お腹がすいてくる。道端では人々が紙に包んだ食べ物を頬張っている。ここ一帯がお店のようだ。
「いい香り」
「一度知ると忘れない通りだ。観光名所でもある」
「かんこうめいしょ」
「他の国から旅してきた人が好き好んで集まる場所だよ」
他の国なんて想像がつかないが、よく見ると顔の形、肌の色、目の色、体の大きさ、そして衣服まで全く異なる人も見かける。あそこのテーブルに集まっている人達は何をそんなに楽しそうに話しているんだろう。
「ここだ。アヴァ、覚えてろよ」
「いいぞここ」
二人の声で気が帰ってきた感じがした。もう着いたようだ。壁一面窓、黒塗りの枠で、カフェは中の様子がよく見えた。家のランプと同じように、オレンジ色の暖かい色の照明が、目に優しい光を放っている。
ジェスターが扉を引っ張ると、カラカラとベルの音が鳴り、お店の人の歓迎の声が聞こえた。
「いらっしゃいませ。お好きなところに」
一所懸命何かを書きなぐっている人や、本に夢中の人、腕枕で寝ている人、カップル、それに集団。この世にいる人を厳選してきたかのような華やかさというか。それを見て無性に恥ずかしくなってきて、被っていた帽子を取る。なんで真っ赤な服なんて選んだのかと思えてくる。異様に鮮やかに自分を見せびらかす私はやはり、造花のようだった。




