6話「王都の実態」
「はあ、はあ、はあ……」
裏路地を抜けた。
目の前には、また広い大通り。
すでに日は落ち、暗闇ばかりだ。
点々と設置された街頭。
王都の夜道を照らしている。
息が苦しい。
それでも、必死に声を張り上げなければ。
「だ、だれか! だれか助けてっ! 殺される!」
俺の声は、不思議なくらいに木霊した。
音はよく通る。
人がいれば、確実に届いているはずだ。
……なのに、静かだ。
異様なまでの音の無さ。
さっきまで活気づいていた大通りには、誰もいない。
聞こえるのは俺の息切れと、心臓の音だけ。
それどころか、民家の中の明かりが一つもない。
「なんで、なんでだれもいないんだ! だれか――」
「誰もきませんよ」
「っ!?」
声がして、俺はすぐさま振り返った。
背筋に氷を押し当てられたような感覚。
アルタだ。
すんっとした真顔。
いつの間にか、そこに立っていた。
逃げなくては。
でも、限界だ。
俺の体力は多少あるだけで、無限じゃない。
「朝起きて、魔力を捧げ、朝食」
「え……?」
拍子抜けた。
彼女が手より口を動かしたからだ。
攻撃されるわけではなかった。
アルタは淡々と、何かを話し始めた。
「役割をこなし、魔力を捧げ、昼食」
彼女は剣を撫でる。
冷たい表情のまま、ゆっくりと丁寧に。
その仕草があまりにも慣れていて、ぞっとした。
俺の心臓。
その鼓動音が、ドクンドクンと警告を鳴らしていた。
緊張と恐怖で動けない。
「各々の設定通りに活動し、魔力を捧げ、夕食を終えたのち就寝」
なんの、話をしているんだ。
誰かの1日のスケジュールのように聞こえたが……。
「それが、この国に住まう者たちの規則です。
今は夕食前、三度目の魔力供給をする時間。貴方を助けている暇など、ありはしません」
「き、規則だって……?」
今は日が落ちてまもないはずだ。
にもかかわらず、この大通りには俺とアルタの2人だけ。
じゃあ、この異様な世界の原因は――
「この国は主様の意のまま。
見てください。無駄な雑音はなく、ただ広いだけの国に成り果てる」
城で最初に出会った美少女、フェイルノート。
彼女が、これを生み出している?
腑に落ちない。
だが不気味なこの静寂が、それを肯定していた。
「貴方も魔力を宿してさえいれば、この者たちと同じ扱いまでは許されていたかもしれませんね」
アルタは俺を蔑んだ。
その瞳に灯っていた光が、消えてなくなっていた。
再び、彼女の剣が俺に向けられる。
「主様は貴方を必要としないと判断されました。
また次の異世界人を、召喚なさるでしょう」
――ああ、そうか。
この状況と彼女の態度。
簡単に推理できてしまった。
こんなの誰でもわかるってもんだ。
「は、はは。要するに、悪い連中ってことか」
理解できた。
いや、恐怖で吹っ切れたというべきか。
俺は罪を犯していない。
なのに彼女から剣を向けられている。
なら、アルタは紛れもない悪なんだ。
今までの価値観が、そう俺に訴えている。
「それにしても、運だけは良い。手加減したとはいえ日没までには殺すつもりでした。
主様の召喚に応じたのもそう、感服します」
パチパチと、覇気のない拍手が送られる。
剣を挟んだ数回の拍手。
それはとても、味気なかった。
「ですが、一番の過ちを犯した。
召喚された身でありながら、貴方は主様への服従を拒否した」
服従を拒否。
ああ、あの時の変な空気のことか。
「従うか?」という言葉を、何のことか確認しただけだ。
……それが、原因?
「だから処理するのです。その上、貴方が無価値であったなら、生かす意味はありません」
アルタの剣が、再び眩い光を放ち始めた。
またあのやばい斬撃が飛んでくる?
あれに当たってしまえば、俺は――
「嫌、だな」
死んでしまうと考えた末だった。
ただ一言。
俺の口から勝手にこぼれた。
「無理ですよ。貴方はここで」
「俺は正直、なんでもよかった」
混乱こそした。
だが、迷惑ではなかったんだ。
「こんなところに無理やり連れてこられても、心の底じゃほっとしてた」
余計なことをされたと、最初は思った。
反対に、面倒なことを考えずに済む。
そう安堵していた自分もいた。
「でも、全部を諦めたわけじゃない。ここでなら、何者にもなれかった俺が、新しく生まれ変われるって」
俺の心内をツラツラと語る。
アルタからあからさまな嫌悪が、伝わってきた。
彼女は剣を構えた。
前に踏み込もうとしている。
これから殺す相手の言葉なんて、どうだっていいのだろう。
「俺の知らないところで話が進んで、そのあげく無価値だって?」
それでも喋る口は止まらない。
恐怖が一周回って、原動力となってしまっていた。
言え、言ってしまえ。
最後に意地を見せろ。
たとえ敵わなくとも、自分の勇気を信じろ――!
「勝手に呼んでおいて、勝手に殺す?
納得できるわけない。
ならこの際、あんたたちが悪でも構わない」
あれ……?
これって命乞いじゃ?
「だから」
アルタが剣を振り抜いているからか?
自然と力が入って、身構えた。
全身の毛が逆立ち、視界の端が白くなる。
――ブォンという音が聞こえた。
「考え……直し、て……?」
瞬きする直前。
あの剣から、光が放たれたのを見た。
俺の胴体めがけて、斜めに真っ直ぐ。
両膝に硬い感触。
視線が低くなって、体の力が抜けていく。
「私は主様の命を果たす。それだけです」
アルタはその場から一歩も動かず、そう吐き捨てた。




