7話「雷が落ちた山道にて」
雷が地面に落ちる。
短い人生で、滅多にできない経験だ。
それこそ、魔法で空を飛んだのと同義だろう。
正確には昇って落下しただけなんだが。
「いたい」
俺は土の上を盛大に転がった。
その勢いが止まって、目を開ける。
夜の星空が広がっていた。
無限におもえる星の輝き。
美しくて、思考が固まりそうだった。
──と、その星空に人影が差し込まれる。
「成功してよかった。
2人での転移は不安だったから」
レイネだ。
大の字で寝転がる俺を見て、ほっとしていた。
その蒼い瞳は星にも劣らない。
燃えるような髪は存在主張を強くしている。
フェイルノートやアルタとも違う、別種の美しさがあった。
「初めて会った姿に戻ってる。
それがあなたの素顔ってことでいいのかしら?」
「え? あ──」
意識がはっきりして、自分の格好を見た。
自分の服装が、元のジャージに戻っていた。
オーバーキャスターの変身が解けたのか?
おそらく、いつも通り曇雨晴だ。
さっき力は一体──?
「急いでここを移動するわ。ついてくるなら好きにして」
「ちょ、ちょっと!?」
レイネは先に歩き出してしまった。
俺は慌てて体を起こし、辺りを見渡す。
夜の森だ。
木々が立ち並ぶ山道。
アスタフィア王国を囲む山のどこかだろうか。
レイネの背中が離れていく。
彼女に、ついていくべきか?
何か知っている様子だった。
フェイルノートや、あの国の事情を。
結果的に助かったんだ。
今生きているのはレイネのおかげだ。
──レイネは、信用していいよな?
「待ってくれ!」
意を決した。
ジャージについた土汚れを払う。
信用以前の問題だ。
今は彼女にしか頼れない。
俺は小走りして、レイネに追いついた。
「教えてほしい、何が起こったのか。なんで殺されかけたのか!」
レイネは立ち止まり、振り返る。
「それはこっちのセリフ。私からすれば、あなたが正気を保ってあそこにいたことが異常だわ」
彼女は俺を観察してくる。
目を細めて、見定めるように。
「つい助けてしまったけれど、怪しいわね。まずあなたが何者かを教えなさい。それから話すかどうか決める」
「俺が何者か?」
人畜無害のひ弱な異世界人だよ。
なんて、ふざけているのかと怒られそうだ。
別に隠すこともない。
正直に話そう。
信用を勝ち取るなら、それが手っ取り早いし。
「俺は曇雨晴、17歳。
出身は日本で、大好物は寿司。
曇家3人兄妹の次男にして、高校3年生──」
「下手くそな自己紹介ね、まあいいわ」
必死に伝えたつもりなんだが。
レイネは呆れたような顔をした。
「17歳って私より下じゃない。感謝することね、私のおかけで助かったんだから」
「……俺も君を助けたよ?」
「それは──あの女に少し遅れをとっただけ。
私のおかげで逃げられたんだから、いいでしょ」
態度でかいな。
でもまあ事実だ、文句は言わないさ。
謙虚さを持ち合わせていれば、最高だっただけだ。
「アメハル、あなたはどうしてあそこにいたの」
俺はここまでの経緯を簡潔にまとめた。
そして二言で話す。
「フェイルノートって美少女に、あの国で召喚された。
そしたら、訳のわからないまま殺されかけた」
夕日を背にした、あのアルタの姿。
思い出すだけで恐怖する。
背筋に寒気が走るトラウマを、あの騎士に残されてしまった。
「理不尽にもほどがある、どうしてこんな目に──」
「魔神フェイルノートがそういう奴だから。簡単なことよ」
レイネは拳を握り締めた。
フェイルノートのことを魔神と、そう呼んだ。
「ま、魔神?」
繰り返すと、レイネは答える。
「知らない? 人類を脅かす敵よ。
人の心に付け込んで支配する、姑息で卑怯な奴」
「なんだそりゃ……」
この評価からするに、ろくでもない人物らしい。
魔神とは、とんでもなく危険な響きだ。
確かに「神」と名乗ってはいた。
善性とは言えない類いだったというわけか?
レイネはその魔神と、なんの因縁がある。
今度はレイネが何者なのかを聞こう。
そう声をかけようとした。
──だが突然、体がドッと重くなる感じがした。
「ぐっ……なんだか、急に疲れがきたような……?」
頭が少しクラつく。
膝をついて呼吸をせざるを得ない。
レイネは「あぁ」と答える。
「魔力切れ? やっぱりあの『契術』は、強力な分消費が激しい能力だったのね」
言われたことが半分くらい理解できなかった。
魔力切れ? けいじゅつ?
前者はなんとなくわかる気もする。
だが後者は初耳だ。
「生き返ったのは契約したからか。
その理由なら納得」
「け、けいじゅつ? 契約ってなんの話?」
勝手に納得されては困る。
当事者が置いてけぼりですよ?
呆れと疑念。
レイネはその両方が入り混じった表情をした。
「はあ?」
「……なんだよ」
なんで俺を睨むんだ。
そんな「ふざけているのか」みたいな顔をされても。
「もう契約内容を忘れたの?
悪魔と契約を交わす──それを忘れることは自殺行為に等しい。勝手に破棄すると死ぬって噂の代物でしょう?」
とんでもない説明に鳥肌が立った。
「なにそれ。本当に知らないから怖いんだけど!?」
悪魔と、契約だって?
物騒な内容に胃もたれしそうだった。
そんなものにチェックした覚えはないぞ!?
……いや、待てよ?
もしかしてあれか?
死にかけたあの時に聞こえた謎の声か?
契約がなんたらと言っていた気が──?
「ふーん……覚えてないのね、まあいいわ。
せいぜい些細なミスで死なないよう心がけることね」
「軽く片付けていい話じゃないよ! 些細なミスで死ぬことがあるの!?」
命懸けのNGワードゲーム。
知らぬ間にそれに参加してしまった気分だ。
あの力を使うたび精神がすり減るとか、そういうデメリットがあるパターンだろ。
焦る俺とは裏腹に、レイネは平然と駆け足になる。
「無駄話してる暇はないわ。この近くに村があるはずよ、ひとまずそこに身を隠しましょ」
「全然無駄じゃないって!
あっ、ちょっと置いてかないで!」
俺の声は届いていないのか。
レイネの足は速くなっていった。
乗り物酔い。
あと立ちくらみが混ざったみたいな体調だ。
それでも、レイネについていかないといけない。
いくらなんでも酷だと思う。
「……魔力切れ、か。
それってつまり、俺にも魔力があるって意味じゃ?」
あの時、体に湧き上がった感覚。
あれが魔力というやつか。
ついに、俺も念願の魔力持ちになったわけだ。
ここまで流れはすごく悪い。
でもこれで、夢だった魔法も使えるようになる!
──どうして急に魔力が?
俺の魔力量はゼロだと聞いた。
斬られる前まで予兆も何もなかったはず。
死に際で急に覚醒した、とか?
「クソ、何事も十分な説明が要る性格だってのに!」
半病人が行くには、険しい山道。
多くの理不尽に苛つきつつ、ふらふらと登っていった。




