54話「悪魔VS剣の魔神 1」
──悪魔とは、謎多き存在だ。
異次元にあるという地獄を生息地としている。
人間の欲望を糧として、現世に這い出ようとしている。
神の敵対者であり、神秘を愚弄する冒涜者。
どれも真実であるかは不明だ。
唯一判明している事象、それは人間との契約である。
例えば、人間が生死を彷徨う時。
怒りや苦しみによって引き出された、強い意思を抱いた時。
悪魔はその者へ呼びかけ、契約を持ちかける。
何らかの条件と、魔法の使用不可。
これらを引き換えに、契約を交わすことで常識を超えた力を手にすることができる。
一度交わした契約を破棄することはできない。
生涯で魔力を捧げなければ、命の保証もない。
悪魔たちの目的は、誰にもわからない。
悪魔の正体は、そんな不鮮明なものだった。
「アメハル……じゃないよね?」
「おいおい、なんだアイツは。まるで──」
レイネたちは呆然と見上げていた。
ガラティーンを吹き飛ばした存在。
悪魔と呼ぶに相応しい、曇雨晴の姿をした誰かを。
「久しぶりの現世だが、少し暑苦しいな?」
軽く文句を垂れながら、悪魔は悠然と浮いていた。
観察するかように、カルヴェルム帝国を見渡している。
「さて……」
悪魔が真下へ視線を落とした。
困惑するレイネたちの顔を、一通り見物する。
嗤うのをやめ、深いため息を吐いた。
「無償で助けるのは不服だな。あとで請求して──」
悪魔がよそ見をしていると、地面で爆発が起きた。
風を突き抜ける、魔力の塊。
剣先が光り、標的を斬り裂かんと迫る。
「──偽装、剣」
悪魔は髪の毛を一本取った。
短く唱えると、それは剣の姿へと変わる。
迫り来る相手の剣を難なく受け止め、再び顔を歪ませた。
「これはこれは、クローツェル!」
「貴様……何者だ!」
両者の剣は火花を散らす。
ガラティーンが魔力を放出させると、力の均衡は崩れた。
悪魔は押し負けるも、余裕そうに後方へ漂った。
「何者ときたか。これはこれは」
悪魔は笑みを絶やさない。
手首を楽にして、遊ぶように剣をぶらつかせる。
ガラティーンと対面しながら、威圧感をもろともしなかった。
「お前が忘れようと、交わした契約は決して忘れない。それが悪魔という生き物だ」
「……悪魔だと? 貴様など知らん」
「んん?」
ガラティーンが一蹴する。
悪魔を名乗り、自分に一切臆さない者。
そんな奴は初対面だと、悪魔の言い分を否定した。
すると悪魔は、ポンと手を打つ。
何かを思い出したかのように、数回頷いた。
「あぁ、今は三つに分かれたんだったな。失敬」
自然な動きで剣を突き出し、口を動かす。
「偽装、銃」
剣が黒い霧で覆われ、その形を変えた。
瞬間、乾いた破裂音が響き渡る。
あまりに軽く、速い衝撃。
ガラティーンの額には、小さな穴ができていた。
「なんだそれは……?」
銃弾を受けたガラティーンが呆気に取られた。
見たことのない傷、受けたことのない攻撃。
絶命はしていないが、驚きが尽きない様子だった。
「驚いたか? 私も驚いているよ」
悪魔はお構いなしに、次々と発砲した。
握られた拳銃から、薬莢が飛び出し落ちていく。
それは間違いなく、この世界に無いはずの武器。
「小賢しい!」
激昂したガラティーンが、悪魔へ直進する。
二度目以降の銃弾は全て斬り伏せた。
そのまま剣を構え、悪魔へと振り下ろす。
「ちっ、案外難しいな。なら──」
悪魔は空いていた左腕をかざした。
魔力を練り上げ、ガラティーンの魔剣を直接防ぐ。
左腕は血が滲むも、斬り落とされていない。
悪魔がガラティーンの顎へ、銃を突きつける。
間髪入れず、引き金を引いた。
銃弾は確実に、ガラティーンの頭を貫通した。
「──無駄だ」
それでも、致命傷には至っていない。
即座に傷を再生し、ガラティーンは平然としている。
その場から退く悪魔を、追撃することはなかった。
「これはこれは、大した再生力じゃないか?」
離れた悪魔が、負傷した左腕を見せつける。
出血して傷ついた前の、元の左腕へと戻った。
「──わからん」
戦いの最中、ガラティーンは一言だけ呟いた。
心底退屈そうに剣を下ろし、反撃すらやめている。
「なぜ我の邪魔をする。貴様の目的はなんだ」
純粋な疑問。
悪魔だとして、魔神と対峙する理由が不明だと。
ガラティーンが髪をかき上げ、悪魔へ問う。
「軽く言えば嫌がらせ、重く言えば復讐。その塩梅はどうでもいい。私はただ取り立てるために顕現した」
悪魔は銃を器用に回しながら、問いに答えた。
脱力したように宙に浮き、緊張感が全くない。
だがその目は、ガラティーンを捉え続けていた。
「お前──全盛期に戻れていないな?」
悪魔がニヤリと口角を上げる。
芯を突いたような、魔神への見定め。
ガラティーンからの否定はなく、悪魔の目は光った。
「あの太陽が昇ってなお、お前は全力が出せていない。200年前に付けられたという、勇者の枷のおかげか」
頭の角を撫でる悪魔に、ガラティーンが接近する。
避けようとしない。防御の態勢も取らない。
悪魔は昔話をするだけで、焦りを全く見せなかった。
「燃え狂え──太陽魔剣」
「なんて好都合。全力の7割程度。どうだ図星だろう?」
ガラティーンが剣に魔力を注ぐ。
握られた剣は黒く光り、炎がうねる。
嘲笑の絶えない悪魔に向けて、黒炎の斬撃を放った。
「偽装、無霊虚影」
舌舐めずりをして、悪魔は唱えた。
すると、飛行中の悪魔の姿が消え失せる。
空の色と同化し、存在自体が確認できない。
黒炎の斬撃が、悪魔を灼くことはなかった。
悪魔が口にしたのは、他人の契術の名だ。
剣士斬りのガイゼフが使用していた、透明になれる術。
それを惜しげもなく、自分の物のように発動させた。
「今日は能力の慣らしだ。これ以降、私が顕現することはもうない」
ガラティーンが動きを止め、周囲を探る。
声は聞こえる。だが、姿形の揺らめきはない。
斬るべき標的を見失い、剣の刃先が止まっていた。
「お前を片付けた後に残る2体は──童へ一任している」
声のした方向へ、ガラティーンが剣を薙ぐ。
空に黒炎の線を描き、広範囲を焼き払った。
ガラティーンの顔に、苛立ちが見え始める。
「……小細工を」
悪魔はガラティーンの背後に現れた。
完全な死角からの、的確すぎる一撃。
偽装した剣で斬りつけるも、鎧によって防がれている。
「貴様が何者であるかの興味はすでに失せた。悪魔だろうと、我を殺す手段はない」
ガラティーンが剣を下ろした。
落胆と退屈、侮蔑が上乗せされた嫌悪。
相手にする価値すらないと、ため息を漏らした。
「これはこれは」
悪魔は壊れた剣を見て、嗤う。
静かに距離を取ると、少しずつ上へ昇っていく。
持っていた剣が髪の毛に戻り、それをひらりと捨てた。
「さっきのは準備運動だぞ? それで満足していては、本番で後悔してしまうというのに」
銃は効かず、剣撃は無意味。
圧倒的な魔力による攻防と、自己再生による耐久。
生半可な手段ではどうする事もできない。
それでも、悪魔は変わらず嗤っていた。
翼を大きく羽ばたかせ、一呼吸する。
「──権能実行」
空気が淀んだ。
黒い太陽に汚染されているのにも関わらず。
さらなる流れの上書きが、今起ころうとしていた。
「常世総ての同胞よ、汝の1割分の魔力を徴収する」
一瞬の間に、事は終わっていた。
尋常ではない魔力の集中を、ガラティーンが感じ取る。
「……なに?」
悪魔の体に渦巻く、凄まじいまでの力の濁流。
黒い太陽に内包された魔力量を、軽く上回っていた。
ガラティーンは事態を把握し、初めて一粒の汗を流す。
異世界に召喚された、一人の少年。
溢れ出す魔力を、その平凡な肉体で抑え込んでいた。
魔力総量の限界以上を、破裂しないまま抱えている。
──そんなことはあり得ない。
曇雨晴という人間には、到底できるはずがない芸当だ。
本来ならば死んでいておかしくない所業。
つまり、彼は人間という枠を、大きく超えてしまっているということ。
「試してみよう。童の体で、私がお前を殺せるか」
悪魔が下降する。
押し潰すような、人ならざる存在感を放ちながら。




