19話「己の契術」
村から旅立ちから早3日。
2回の夜が過ぎ、この異世界で3度目となる朝を迎えた。
馬車は問題なく安全に進んでいる。
レイネによれば、帝国まであと半日程度とのこと。
地図もないのによくわかるものだと感心した。
「ほら、いつものパンよ」
「ありがとう」
目が覚めてから数分後。
焚き火の前に腰を下ろしていた俺に、レイネはパンを持ってきてくれた。
俺とレイネにあった距離感の壁。
それは段々と薄くなっていった。
お互いの話し方も、多少の変化がある。
ぎこちない言葉選びが消えたことだ。
「相変わらず、かったいな」
「食べれるだけマシでしょう」
村から頂戴したパンをかじる。
いや、かじるのではない。砕く。
保存用だから仕方ないのだが、よく食べていたスーパーの菓子パンが恋しい。
「どう、契術は使えこなせそうかしら?」
「……わからないってことがわかったよ」
俺は昨日の進捗を振り返る。
契術を極めろ。
レイネにそう言われたので、何度か試してみた。
俺の契術の能力は偽装。
頭に思い描いた人物を、そのまま自己へ投影する力。
前にそう仮定した。
偽装を使う際の手順は簡単だ。
魔力を込め、「偽装」と声に出し、偽装したい対象の名称を後に続かせる。
簡単なのだが……問題は細かい部分だ。
まず、魔力を思うように引き出せない。
魔力を込める。この工程がいまいち理解できなかった。
魔力よ体に漲れ! と自分に念じても、アルタ戦の時のような感覚が訪れてくれないのだ。
次に契術の発動条件について。
俺は昨日、レイネの姿に偽装しようとした。
だが、不発した。契術は反応を示さなかった。
つまり、何でもかんでも偽装できるわけではない。
俺が想定していたより、詳細な条件が設定されているらしい。
もしくは……仮定した能力とはまた別の――
「少し席を外すわ」
「ん、どこ行くんだ?」
「燃えかすにされたいの?」
「なんで!?」
レイネは俺を睨みつけて、茂みの奥へ歩いていった。
朝から鋭いものをもらったな。
安易に聞いちゃいけないことだったのか?
もっと気をつける必要があるようだ。
「……まあとにかく、何事も試行錯誤あるのみだな」
俺は立ち上がって、凝った体を伸ばしてほぐす。
そして顔を両手でパチンと叩いた。
魔神と戦うと決めたんだ。
日和っているようじゃ、サクっと殺されるぞ。
悪魔との物騒な契約だけが気がかりだが……。
「……この木の枝とか、焼き鳥になったりしないかな」
足元に落ちていた枝を拾い上げる。
手で待ち、まるで剣のように構えた。
「いや、カッコいい剣がいいか。切れ味があって、敵をバッタバタ倒せる剣――」
脳裏にアルタの剣がよぎった。
嫌なものを思い出した。あのギラリと光る刃。
……俺の体にトラウマ残してくれやがって。
「偽装、剣」
頭に思い浮かべ、つぶやいてみる。
黒い霧が出てきた。
「え」
枝は霧に包み込まれる。
再び姿を現した時には、俺が想像した剣になっていた。
「で、できた……」
両手に重さが乗っかってくる。
この柄、それに星形の紋様。
間違いなくアルタが持っていた剣だった。
「うおおおおっ! 偽装できた、俺自身だけじゃなくて物にもできるんだ!」
俺は剣を掲げて喜んだ。
偽装だから、これも本物ではなく偽物なのだろう。
それでも本物に見間違うほどの出来に見える。
契術の一端をまた知れた。
これは物に違う物を被せる能力なんだ。
木の枝だろうと、こんな立派な剣に早変わり。
俺を斬った剣とはいえ、見惚れるほど美しい造形だな。
思わずポーズを取ってしまう。
「レイネにも、帰ってきたら見せてやろ」
きっと驚くぞ。
役に立てることも多いはずだ。
ゲーマーとして、能力の新しい一端が垣間見えるとテンションが上がる。
俺なりの戦闘スタイルを開発し、オーバーキャスターをもしもの手段として温存すればいい。
そうすれば、魔力切れで体調不良にもならずに済む!
これだ!
やっと、曇雨晴が活躍できる!
俺の中で小さな俺がガッツポーズをした。
「……遅い」
俺は丸太に腰掛け、彼女を待っていた。
30分は経過した気がする。
さっきまでの興奮も冷めてきた。
「もしかして、何かあったとか?」
この異世界だ。
ありえない話じゃない。
俺は腹を決めて、彼女を探しにいくことにした。
早朝の肌寒さが木々の向こうから流れてくる。
林を掻き分け、やがて空間が開けた。
「湖があったの、か――」
広い湖があったとは知れず。
水面が太陽光で輝き、小鳥のさえずりが鳴る中で。
俺の視線は、湖のある一点に釘付けになった。
燃える炎をおもわせる、鮮烈の赤。
その絹のような細かな髪は、艶やかに濡れていた。
背を向けた彼女のしなやかな曲線美。
完璧なプロポーションと、白くなめらかな肌を湖の水面に映していた。
優美な所作は、小さな波の揺れを起こさせる。
俺の脳内は美のスタンにかかった。
目線を離せるものか。
マズイと考えたときには、もう遅い。
そうして見惚れている間に、彼女がこっちへ振り返ってしまった。
無防備で、ありのままのレイネ。
彼女は俺を見て、目を見開いた。
「わ、悪気はない! 一切……断じて! レイネの帰りがあまりに遅いから、心配で、それで……」
スタンが解けた第一声。
咄嗟の言い訳を捲し立てることに。
レイネは両手で、自分の体を無理やり隠した。
下を俯き、掠れた声を発する。
「……いいから」
「へ?」
レイネの顔は耳まで赤くなっていた。
その羞恥の心境を一気に爆発させんと、
「いいから、はやくきえなさいよぉ――ッ!」
「は、はいぃぃっ!」
彼女の怒声が、この清々しい朝に響き渡った。




