20話「ランチ・ハプニング」
「魔神、フェイルノートと同じ……」
俺たちはカルヴェルム帝国に到着した。
ここでアスタフィアに戻るための準備や、情報収集がメインできたつもりだったが……。
「帝国に魔神がいるって、なんでわかるんだ?」
レイネが魔神の存在を感じ取ったという。
帝国外郭門にある道の端で、緊急作戦会議が始まった。
「私が勇者の末裔だからよ。言わなかったかしら」
「……え、初耳」
勇者の末裔?
魔王を倒したっていう、あの?
「そういう大事なことは共有してくれないと……」
「私は魔神の反応を探知することができる。正確な位置までは特定できないけれど、なんとなくわかるの」
「な、なるほど?」
その曖昧な説明に首を傾げるしかなかった。
勇者の受け継がれてきた能力みたいな?
どうしよう、レイネが主人公に見えてきた。
「この国のどこかに潜んでいるのは、間違いないわ」
「じゃあ……本当に魔神がいるんだな」
3体いるとされる魔神。
フェイルノートとは別のもう一体、か。
「これからどうすればいいんだ?」
魔神から逃げてきたつもりが、新しい魔神とは。
世界に3体しかいないのに距離が近すぎる。
この帝国も、アスタフィアと同じってことはないよな?
そう思うと怖くなってきた。
俺は帝国の通りを歩く人たちを見渡す。
また住民たちが襲ってきたらたまらないぞ……。
「アメハル。あそこのご飯屋さんで待ってて」
レイネは近くにあった建物を指差した。
スパゲッティのような絵が描かれた看板がある。
「私は馬車を預けてくるわ。席を取っておいてちょうだい」
「あー……了解」
返事をすると、彼女は馬車を走らせた。
見知らぬ地でさっそく昼飯タイムだ。
オーバーキャスターや魔神の件で混乱したが、とりあえず自分の腹を満たしてから考えよう。
初めての店には若干の抵抗がある。
でも頼まれてしまったからな。
おとなしく建物へ向かうとする。
帝国の通りは人が多い。
今は多分昼時なのだろう。
俺は人の横流れを直進し、建物の扉を開けた。
「いらっしゃいませ〜。おひとりですかぁ?」
「えっと、あとからもうひとり来るんですけど……」
「ではあそこの席にどうぞ〜」
俺は可愛らしい店員に案内され、空いていたテーブルに座る。
「ご注文お決まりになったら呼んでくださいね〜」
店内はよくある木造で、庶民向けの飲食店らしい造りだ。
旅人や街の連中が気軽に立ち寄る、肩肘張らずに済む空気が漂っていた。
料理の絵がある、これがメニューだろう。
レイネが来る前に、なにを頼むか決めちゃうか。
「──おう兄ちゃん。見ねえ顔だな?」
「はい?」
と、近くにいた男グループに声をかけられた。
4人組の全員が、顔をニヤニヤとさせて俺を見ていた。
あの黒い服、フラメアが着ていたものと同じ──。
「変な格好だしよ、それに弱そうな体してるぜぇ?」
「おいおいやめてやれよ! お前と比べるのは可哀想がすぎるぜギャハハ!」
マジかよ。
典型的な輩だ。人生で初めて邂逅した。
彼らは手にジョッキを持って、顔が赤い。
「俺になにか……?」
「お前みたいな奴はな、巷で噂の『剣士斬り』のいい的なのさ。夜道は気をつけろよぉ?」
「は、はは……」
顔を近づけられ、肩を掴まれた。
酒臭い。
こんなお約束のターゲットにされるとは……。
正直、殴ってでも遠ざけたい気持ちに駆られている。
度胸があれば、即実行していただろう。
だが彼らはおそらく帝国軍だ。
無闇にストレスを解放する必要はない。
愛想よく笑って、見過ごしてやるとしよう。
「なーに笑ってんだおめぇ? ああ……俺たちを嘲笑ってんだろ、なあ」
「え?」
俺の肩を掴んでいた男は、今度はジャージの襟を持ち上げて恫喝してきた。
「ちょっとこっち来いや。気晴らしに遊んでやる」
「ま、待って、暴力はやめましょう!!」
なんでこの人たち怒ってんの!?
路地裏に連れていかれてボコられるパターンだ、これ!
治安悪くないですか皇帝様?
俺は服を無理やり引っ張られて──
「ハハハハ! ──グエッ!?」
テーブル席で高笑いしていた男の椅子が、何者かに蹴り飛ばされた。
不意を突かれた男は体勢を崩し、大きな音を立てて床に転がる。
「な、何すんだテメェ!」
蹴り飛ばした張本人。
それは、つい最近会った人物だった。
男たちはその顔を見て、驚愕する。
「ふ、フラメア……!」
「うるさい声が聞こえたから、黙らせようとおもって」
フラメアだ。
淡い金髪の少女が、俺の方に歩いてくる。
彼女は俺をじっと見て、襟足を掴む男に言う。
「その手を離しな。あたしはそいつに用がある」
ずいぶん早い再会だ。
助けてくれるのはありがたい。
でも、俺に用だって?
「お前は、大掃討にいってたんじゃ──」
「もうおわった。次の周期は2週間後だ、忘れないように教えといてやるよ」
「ぐっ……!」
彼女は笑いながら言い放った。
急に態度を変えた男たち。
逆らえないとばかりに、口をつぐんでいる。
「このことは黙っておいてやる。さっさと帰れ」
「ちっ──おい、いくぞ」
俺は襟から手を離され、解放された。
帝国軍の男たちは逃げるように店から出ていった。
一連の流れを見ていた店員たちもよそよそと働きなおす。
危機は去り、俺はホッと息をついた。
「あ、ありが」
ドンッ。
テーブルが叩かれた。
フラメアの手によって。
「お礼を言う前に、あたしの言うこと聞いてくれる?」
あれ。
彼女の顔が怖いぞ?
フラメアが俺のテーブルの席に座った。
敵を見るような目で俺を睨んでくる。
お前も早く座れ。
そう言われた気がしたので、俺は静かに席についた。
「名前は?」
「……アメハル、です」
男たちと彼女がスイッチしただけだ。
皇帝さん、改めて治安悪いっすよ。
「数時間前に餓狼の森で会ったよな?」
餓狼たちから助けてくれた時か。
そのお礼もまだ言えていない。
そんな空気じゃないから、とても言い出せないが。
「あれ、誰にも言わないと約束しろ。用はそれだけ」
「……はい」
理由を訊ねることはせず、了解した。
だって怖いもん。
威圧感半端ないし、なにより目が鋭すぎる。
「これは約束料だ。好きなもんを食べな」
フラメアは銀色の硬貨を数枚、テーブルの上に置いた。
席を立ち、身を翻す。
「それじゃあな」
短いやり取りだけして、彼女は去ってしまった。
一体なんだったんだよ。
森でのことを公言するな?
俺的には、感謝しきれないのに……。
「ねぇ、なにかあったの? あのフラメアって人とすれ違ったのだけど」
呆然としている俺のところに、レイネが帰ってきた。
馬車を預け終えたらしい。
「ん、この銀貨は?」
「……親切な人がくれただけだ。気にしなくていい」
とりあえず、フラメアの言うことを守る。
あとになにが起こるのか気がしれない。
レイネには申し訳ないが、黙っておこう。
ビビり散らかしたこともついでに。
それはそうとお腹が空いたな。
俺は気を取り直して、この店の看板メニューを拝見した。




