19話「カルヴェルム帝国」
帝国壁門まで、まもなくの時。
俺は徒歩で、レイネは馬車を動かしていた。
遊園地の人気アトラクションのような長蛇の列。
ここまで並ぶ事になるとは、夕方が近いからか?
俺たちの他にも入国者は多いらしい。
検問をしているところまで列が進んだ。
その直前のことだった。
「……あの、落としましたよ」
前に並んでいた商人らしき男に、俺は静かに話しかけた。
彼が落とした一枚の板を拾い、それを手渡そうとする。
「ん? おお!? それは私の印章ではないか」
髭を蓄えた、小太りの男だった。
こっちを振り返って、すぐに笑顔になる。
「いやあ、君はいい男だなあ!」
「え?」
彼は大口を開け、笑いながら俺の肩を叩いてきた。
「目の前に落ちた宝物を、素直に拾って返すとは!」
「普通のことじゃないですか……?」
変な行動だったとは思わない。
偶然、目の前で落とした物を拾っただけだ。
盗むこともできたが、面倒な罪を作っても仕方ないだろう。
「その心、気に入ったよ。今度ウチのハルトライン商会に来るといい。少し贔屓してあげよう」
「はあ……」
「それでは、また会おう!」
よくわからないが、気に入られたらしい。
商人の男は、ガハガハと笑いながら去っていった。
「ハルトライン商会って?」
「世界屈指の商業組織ね。有名な商会よ」
レイネは馬車の上から教えてくれた。
世界屈指……彼の印章は確かにお宝か。
「機会があれば行ってみようかな」
「高いわよ」
「……それ以前に無一文でしたね」
会話しているうちに、俺たちの足は止まった。
やっと、帝国に入れる門まで辿り着いたのだ。
改めて見ても、迫力がある大きな門だ。
詰所があり、軍らしき兵士たちが立っている。
ここで入国審査をするのだろう。
さっきの商人の男がいた。
1人の女性兵士と、短いやり取りを交わしている。
兵士は頷き、微笑みを浮かべた。
「ようこそ帝国へ」
兵士が歓迎すると、商人の男は門を潜っていった。
アレを言わせれば、俺たちの勝ちとなる。
「次の方、前へお進みください」
俺とレイネは頷き合い、足を進ませた。
落ち着け、あくまで自然を装え。
怪しまれれば、疑いは一気に加速してしまう。
「ここに訪れた目的と、通行税を」
「私たちはセレスの商人です。新しい商品を仕入れるため、どうか通していただきたい」
レイネは冷静に、柔らかな表情で答えた。
すると兵士は、ゆっくりと馬車に近づいていく。
「ふむ……そちらの袋の中身を確認しても?」
「えぇ、どうぞ」
狼狽えることなく、レイネはそれを許可した。
ここまでは想定内だ。
中身のあるように見える、見せかけの袋。
あらかじめ、俺が偽装しておいた物を詰め込んである。
硬貨や香辛料、封筒やらを大量に生産しておいた。
空っぽの中身を補うため、契術は惜しまない。
特に体調も異常なかった。
偽装する対象によって、負荷が違うのかもしれない。
兵士は袋を確認する。
ひと通り見て、馬車の荷台から離れた。
「それでは、印章はお持ちですか?」
印章というのは、さっきの男に返した板か?
まずい。想定外だ。
レイネと兵士の間に、沈黙が数秒間流れる。
「……どうかしましたか?」
商人を偽る以上、確認証は必須だった!
懸念に入れなかったことを今更後悔する。
どうすればいい、黙り続けるのは不味いぞ。
俺は緊張で、ジャージのズボンを弄ってしまう。
ふと、あるものが手に触れた。
「……偽装」
もうこれしかない……!
後ろを向き、誰にも気づかれない程度の小声で唱えた。
「印章は──」
「これで、いいですか?」
訝しがる目の兵士に、俺は咄嗟に差し出した。
商人が持っていた物と似た、一枚の板。
その表面には、セレス商会らしき印章が刻まれている。
「拝見いたします」
兵士はカードを受け取った。
一瞬だけ見て記憶した、印章の形や文字列。
それを元に偽装した、苦し紛れの一品だ。
セレス商会の印章なんて知らない。
ただ「それっぽい」というだけなんだ。
イメージした文面と形が、そのまま投影されている。
「どうですかね……?」
兵士はカードをじっと見た。
彼女の審美眼、そして俺の偽装能力に賭ける……!
「──ようこそ帝国へ」
勝った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
俺たちは清々しい顔で、帝国の門を潜った。
「まさか上手くいくとは」
「アメハル……いつの間にあれを?」
「あぁ。人を騙してホッとするのって、中々ないよ」
偽装した印章をヒラヒラと見せつける。
効果が切れたのか、印章は元のスマホに戻ってしまった。
偽装は実に便利だ。
口にすれさえすれば、どんなに小声でも発動できる。
戦い以外でも俺の契術は、かなり使い勝手がいい。
相変わらず魔力の感覚は掴めないが、些細なことだ。
多く込める、少なく込める。意識することはそれだけ。
そのうち、魔力を使いこなせればいい。
とにかく、やり遂げた。
今は達成感で溢れている。
拳を振り上げたガッツポーズを取ってしまいたい。
「これで、本当の意味で帝国に到着、し……た……?」
待ちに待った帝国の景色を、上機嫌で眺めようとした。
──アレが、目に入らなければ。
「は?」
目を疑った。
無意識に足も止まり、一点を凝視してしまう。
帝国兵が利用している門の詰め所。
そこには掲示板のようなものも建てられていた。
多くの張り紙が載せられている。
その中に、一際目立つ張り紙があった。
最近貼られたのか、新しい質でできている。
「どうしたの?」
俺は掲示板へ歩いていった。
目を擦って、改めて見てみる。
どうやら、幻覚じゃないらしい。
紙に描かれた人物の顔。
明らかに……見覚えがあった。
「──オーバーキャスター?」
そう、俺だ。
いや、正確には白い彼の方だ。
真剣な面持ちの似顔絵が、なぜか紙媒体にされていた。
「ちょ、は!? なんでアイツがここに飾られてんの!?」
掲示板をバンッと叩いてしまう。
異世界で二次元化されるやつがあるか!
紙に書かれた異世界語は読めない。
読めないが……刺々しい字面な気がする。
この構成と色、まるで指名手配書みたいな──
「……フェイルノートね。根回しされたんだわ」
馬車から降りたレイネが、張り紙を見て眉をひそめた。
「これ、なんて書いてあるんだ」
荒々しい文面に指を差した。
似顔絵の下に書かれているそれを、レイネが読み上げる。
「『本人物は極めて危険かつ凶暴。己の容姿と力を誇示するため、理由なき殺傷を行う外道である』」
「げ、外道!?」
さっそく、身に覚えのない罪状を言い渡された。
容姿と力を誇示? 理由なき殺傷?
「『その行動は各国の秩序を著しく乱すものと判断され、本日付をもって大陸共通の要注意人物として登録された』」
各国って、他の国にもこの紙があるのか?
ほ、本当に指名手配されているって?
「『よって、当該人物を発見した場合は、不用意に接触することなく、直ちに最寄りの衛兵詰所または領主に通報せよ。なお生死は問わず、本人物を確保した者には、各国連名により多額の報奨金と、相応の爵位または恩赦を与えるものとする』──」
レイネの長い読み上げは終わった。
なんという、鮮やかな理不尽コンボ。
アウトラインはとうに超えている。
オーバーキャスターの、不当な犯罪者扱い。
「お、おかしいだろ! なんだよこれ!」
「迂闊に変身すると、通報されかねないわね」
オーバーキャスターは最後の手段だった。
アイツになると体調が悪くなるし、俺という存在も薄れる。
異世界に来てからは、変に毛嫌いしてしまっていた。
だから、いざという時の切り札にしていた。
でも使うと、通報されて面倒になるらしい。
「なんでこんなことを……」
フェイルノートの策略と、レイネは言った。
追手が来なかったのは、指名手配をしたから?
自分の国以外にも、こんな手回しができるなんて、
「──悪い知らせは、他にもあるわ」
突然、レイネが険しい顔でそう告げた。
彼女の頬に、一滴の汗粒が流れる。
「え、なんだよ……」
恐る恐る聞いてみる。
息を呑むと、答えはすぐに返ってきた。
「この国のどこかに──魔神がいる」
これがカルヴェルム帝国での、戦いの幕開けとなった。




