17話「夢/旅」
目を開ける。
知らない場所にいた。
横に視線を向けてみると、みんなが啜り泣いていた。
俺は黒い制服に身を包んでいる。
中学の時の学ランだ。
なぜ今これを着ている?
ポン、ポンとリズム良い音が聞こえてきた。
何の音だ?
聞いたことがあるが、すぐに思い出せない。
俺は下を俯いていた。
そして椅子に座っている。
これは――
正面を見ようとして、場所が変わった。
気づけば、細長い廊下に立っていた。
「ねぇ……アメハル」
俺は呼ばれて、振り返る。
そこには妹がいた。
懐かしいな。
まだ小学生の頃の雪菜だ。
そんなに暗い顔してどうしたんだ?
目に、涙なんか浮かべて……。
「怖くないの?」
怖い?
何が?
俺は問い返そうとした。
「怖いよね、そうだよね」
雪菜はそう言って、俺の手を握ってきた。
俺の右手と、雪菜の左手。
温かさが伝わってくる。
自然と落ち着く。
ずっとこうしていたい。
怖さが緩和されていくんだ。
……俺はやっぱり、怖いのか?
「アメハル」
また、後ろから声をかけられた。
今度は男の声だ。
聞いたことはあるけど、久しぶりな気がする。
俺はさっきと同じように振り返ろうとして――
「起きなさい。アメハル」
その囁きが、妙に頭に響いた。
――――
「……なさい。起きなさい」
目を覚ます。
茶色の天井が目に入ってきた。
背中には硬くて、寝心地の悪い感触。
鳥のさえずりが外から聞こえてくる。
ここは宿屋の中だ。
俺は寝るためだけのベッドに横たわっている。
体はゴワゴワの毛布を被っていた。
吸血鬼と戦って勝利を納めた後。
俺とレイネはそれぞれ別の空き部屋に移動して、そのまま眠りについたのだ。
昨日は長い1日だったな……。
それにしても、肌寒い。
毛布でも防げていない冷気だ。
俺は体を丸めるため、寝返りを打とうとした。
「……ん?」
ふと、右手に違和感があった。
それにぬくもりを感じる。
ひんやりとはしているが、指と指の間に確かな温かさがあった。
これは……手を握られている?
感触からしてそうだ。
簡単に離れてしまいそうなほど軽い。
繊細で、優しい力加減で握ってきている。
俺は目線をすっと落とした。
「――あ」
レイネがいた。
俺の手を握っていたのはレイネだった。
彼女は椅子に座っていた。
パチクリとまばたきして、こっちを見ている。
「……っ! いきなり、起きないでよ」
数秒目が合ってから、レイネは俺の指を離した。
強気で冷静。
俺がよからぬ考えを抱けば、燃えかすにすると言っていたのは彼女。
その彼女が……俺の手を握っていた?
レイネはらしからぬ恥じらいを見せた。
「え、えっと? なんで俺の手を……」
当然、俺は彼女に問う。
場合によっては強引に詰め寄る所存だ。
「それは」
レイネは言い淀んだ。
レイネの頬を見ると、少し赤かった。
見られたくないものを見られた。そう言いたげな顔だ。
なんだこの可愛らしい反応は。
目を泳がせてどうしたんだ。
朝起きて、こんな状況に鉢合わせるとは。
「はっ!? まさか、昨日の俺の勇姿に惚れたとか――」
「な、なんでそうなるのよ!」
ついに思い至ったと口にしてみたが、読みが外れた。
レイネは否定したあと、俺の方を見ずに答える。
「起こしにきたら、あなたが苦しそうにうなされてたの!
何度も呼んだのに起きないから、それで……」
彼女は段々と口籠っていく。
じゃあ、手を握っていたのは俺を案じて?
下心ではなく、優しさからの行動だったのか。
夢を見ていたような気がする。
だが具体的な内容は思い出せない。
思い出せずとも、レイネの優しさは伝わってきた。
「とにかく、今のは忘れなさい。私もどうかしてたから……」
レイネはそう言ってなかったことにしようとする。
想像していた以上に、思いやりがあった。
根っからのお人好しと言い換えてもいい。
もし目の前にうなされている人がいるとする。
俺なら、手を握ってやるなんてしてやれない。
呼びかけだけで終わるだろう。
彼女の人間性を少しだけ知れた気がした。
無愛想なのは、変わらないが。
「いや、ありがとう。多分変な夢見てたんだ、おかげで和らいだと思うよ」
「……問題ないのならいいわ」
お礼を言うと、レイネは少し照れたようにまた視線を逸らした。
俺も、必死に冷静さを保った。
正直……少し高揚している。
大丈夫だ。
こういうやり取りを恥じることはない。
キザなお礼も、心を込めれば普通なのだ。
レイネはため息をつきながら、椅子を立った。
「ほら、早く支度しなさい。村を出るわよ」
「え、もう?」
俺は窓の外を見た。
うっすらと明るい程度の景色だ。
経験からして朝4時くらいだろうか。
「フェイルノートの手先は来なかった。今のところ村は安全だけど、念のため」
ここまでグースカできたことが幸運。
追手はないが、万が一というわけだ。
「馬車を宿屋の前に止めておいたわ。まだ寝たいならその中でにしなさい」
「お、おお……」
レイネはスピーディーに部屋を出て行った。
やけに用意がいい。
この抜かりなさは、彼女がしてきたという旅の積み重ねがあるからかもしれない。
俺はベッドから降りる。
「う……あったま痛い……」
また、魔力切れの影響か。
毎回これが来ると思うと滅入ってしまう。
気分が優れないまま部屋を出る。
元々手ぶらみたいなものだ。用意も何もない。
宿屋の廊下に昨夜の恐怖はなかった。
無人で、肌寒いだけだ。
一階に降りて、外へ続く扉を開けた。
「……静かだな」
早朝特有の雰囲気だ。
だが決して、心地よいものではない。
村人たちの犠牲。その結果が目の前にある。
「ふふ、寝癖が面白いことになってるわよ?」
レイネに横から声をかけられた。
彼女の後ろには、荷台付きの馬車があった。
村の馬小屋から引っ張り出してきたらしい馬は、ブルルと音を鳴らす。
「……俺、村の人たちを――」
「悲観しない方がいいわ。腐肉化した時点で、彼らの自我は消えていたもの」
昨日の戦いを思い出す。
ここはゲームじゃない、現実だ。
あの時の俺はどうかしていた。
殺戮を楽しみながら、戦うなんて。
「大体悪いのは魔神よ。今の自分が憐れみを抱いているのなら、それでいいんじゃないかしら」
レイネは慰めの言葉をくれた。
そういうものと、区切りをつけてもいいのか……?
「さあ、はやく馬車に乗りなさい。出発するわ」
「……あぁ」
せめてもの弔いとして、手を合わせる。
俺は壊滅した村の景色を目に焼き付けて、馬車の荷台に乗った。
「目的地は帝国、だっけ?」
「ええ。ここからだと……4日くらいね」
レイネは馬の手綱を握った。
馬はそれに反応して足踏みしている。
「運転できるのか?」
「心配ないわ、御者の真似くらい簡単よ」
「一気に不安になったけど、まあ任せた」
馬の声が鳴り、馬車は動き出す。
村をあとにするため、ガタガタと道を進み始めた。
魔神退治の旅だ。
帝国か、一体どんな国なのだろう。
未知なる地に思いを馳せ、俺は荷台の壁に寄りかかった。
「ふぅ……」
この異世界に召喚されて、災難な目に遭ったな。
それでも……心は今落ち着いている。
奇跡的に生き延びられてホッとしているのだ。
レイネの背中を眺める。
結局、彼女の素性はよくわからない。
目的はわかったが、色々と知らないことだらけだ。
俺とレイネとの間には壁がある。
知り合ったのはつい昨日だ、当たり前ではあるが。
お互いのことを共有し合えば、このぎこちなさも少しは解消されるだろうか?
でも、まずは。
この旅が無事にハッピーエンドを迎えられるよう、祈るとする。




