一章 幕間
アメハルたちが2体の吸血鬼を撃退した。
その数時間後のことだ。
アスタフィア王国にそびえ立つ城。
その玉座の間。
月夜の光だけが、その空間を照らしている。
アスタフィアは星を崇拝する国だ。
今日のような星の運河が流れる日には、国民を総動員して祭り事をする。
子どもから老人に至るまで。
星々に美しさを見出し、未知なる輝きを皆で共有する。
本来であれば、王都はそんな希望の光に満ち溢れているはずだった――
「はあ」
置かれた玉座に座っているのは、黒ドレスの少女。
フェイルノートは頬杖を突く。
前方を、退屈そうに眺めていた。
城の内装は装飾兼備だ。
汚点を述べるのであれば、それは錆びた鉄のような臭いだろう。
他にも、刃の折れた剣。
転がっている鎧を着た肉。
傷つけられた床や壁……。
ここはすでに戦いの終えた場所であった。
「それで、どうなったんだい?」
フェイルノートは暗い中で足を組み、隣に立つアルタに訊ねる。
「偵察騎士によりますと、彼らは北にある村に訪れたのち、配置された吸血鬼と交戦したようです。
結果は圧勝とのこと」
「予想はしていたけど、やっぱり低位の吸血鬼じゃダメか」
フェイルノートは残念そうに目を細めた。
「吸血鬼とはいえ、中途半端にやさぐれたんじゃ何の役にも立たないね」
「追跡を続けますか?」
「いいや、もういいよ。彼らにはこのまま行かせよう」
フェイルノートは王の玉座から離れた。
血溜まりを気にせず、正面に歩いていく。
「彼は僕の、唯一の成功例だ。特別な力を確認できたんだろう?
なら、彼の成長を応援せずにはいられない。僕は先を見据えているからね」
ポタポタ。
水滴が落ちる音がする。
王城の上の方。
人の呼吸が聞こえてくるようだ。
人影が微かに動き、またポタポタと音が鳴る。
フェイルノートは、人影に向かって話しかけた。
「君もそう思うよね? アスタフィア国王さん」
「……」
吊し上げられた男。
国王と呼ばれて、その顔をあげた。
そして、ギロリと彼女を睨んだ。
「ああ、ごめん。元国王だったね」
フェイルノートはその様子を嘲笑う。
「……ア、アルタ、目を覚ませ……!」
男は必死に、アルタへ声をかけた。
変わり果てた彼女を憐れむように。
この悪夢を消し去ってほしいと願って。
「おやおや、まだ彼女が自分の配下だと思っているのかい?」
フェイルノートは「呆れた」と、ため息をついた。
彼女はアルタに近寄り、その肩を抱き寄せる。
「アルタ? 君は誰の騎士なのか言ってごらん」
「はい! 私はフェイルノート様の騎士でございます! 主様こそ、至高にして最優の王にふさわしいです!」
アルタは犬のように擦り寄った。
自分の主が、フェイルノートだと信じてやまなかった。
「だ、そうだよ。残念だったね」
男は、憎悪と怒りを孕んだ眼差しを向けた。
「この……クソ魔神が――!」
縛られた手足をギリギリと音を立てる。
強固に縛られていた。
脱出することは不可能だ。
それでも彼は、血が垂れ流れた口を精一杯開く。
「……いつか、貴様の支配を打ち破る者が現れる。
そして、その時こそが……貴様の最後だ……!」
「ふーん」
「がっ……!?」
フェイルノートが指を向けた。
どこからか、糸が発射された。
切り味が恐ろしく研ぎ澄まされた糸だ。
男は糸に体を何箇所も貫かれ、苦悶の声を上げる。
フェイルノートは男に宣告した。
「その前に僕は術式を完成させる。
それで、君たち人類は詰みだ」
人の形をした、人ではない生物の言葉。
城の中で鮮明に聞こえた。
彼女はある種の自信に満ちていた。
今度こそ、誰にも邪魔されることなく目的を果たす。
その確固たる執念がフェイルノートを駆り立てる。
「僕はね、ずっと耐えてきたんだ。君にわかるかい?」
彼女は下を俯いた。
そして忘れもしない過去の記憶に想いを馳せる。
「200年だ……あの勇者くんに邪魔をされて、ずいぶんと時間がかかってしまった。
けれどやっと、君たちを救済できる」
救済。
それが何を意味するのか。
真意は言わなかった。
「むしろ感謝してほしいね、それで済ましていることに」
フェイルノートは、吊るされた男を放置した。
そしてパチンと両手を合わせた。
何かを思いついたかのように。
「アルタ。帝国の眷属に伝令を送って」
「承知しました。どのような伝令でしょうか?」
彼女はアルタにある企みを伝えた。
アルタは部下にそれを実行するよう連絡する。
「ふふ、アメハルくんにはもっと楽しんでもらおうと思ってね」
フェイルノートの脳裏に浮かんだ。
それは2つの人影だった。
黒髪で弱気。
無機質なクモリアメハル。
白髪で強気。
アルタに引けを取らない強さの、オーバーキャスター。
異世界から呼び出した実験の賜物。
彼がこの先に与える自分の利益を想像して、彼女の顔に微笑みが生まれる。
フェイルノートはドレスを翻した。
どうやら玉座の間を後にするようだ。
アルタはその後ろについていく。
空間に散乱した者たちは、彼女らの眼中になかった。
「さて、また作業に戻ろうかな。
それじゃあ元国王さん、おやすみ――」
バタン、と城の扉は閉じられた。
静かになった玉座の間。
今もまだ、ポタポタという音が鳴り続けている。




