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10話「雷が落ちた山道にて」


 雷が地面に落ちる。

 この身をもって、それを体験した。

 なかなかできることじゃないな。


「いたい」


 雷鳴が轟いた後だ。

 俺は土の上を盛大に転がった。

 その勢いが止まって目を開ける。


 夜の星空が無限に広がっていた。

 と、その星空に人影が差し込まれる。


「成功してよかった。

 2人での転移は不安だったから」


 レイネだ。

 大の字で寝転がる俺を見下ろしてきた。

 失敗していたらどうなっていたか?

 今は聞かないでおく。


「初めて会った姿に戻ってる。

 それがあなたの素顔ってことでいいのかしら?」


「え? あ――」


 元の、俺だ。

 自分の服装はジャージになっていた。

 アルタからもらった鉄靴を履いている。


 オーバーキャスターの変身が解けた?

 おそらく、いつも通り曇雨晴。


 さっき力は一体……。


「急いでここを移動するわ。

 ついてくるなら好きにして」


「ちょ、ちょっと!?」

 

 レイネは先に歩き出してしまった。

 

 俺は体を起こし、辺りを見渡す。

 

 夜の森だ。

 木々が立ち並ぶ山道。

 ここに大の字で寝ていたようだ。

 アスタフィア王国を囲む山のどこかだろうか。


 レイネの背中が離れていく。

 俺は迷う。

 彼女に、ついていくべきか。


 レイネは知っている様子だった。

 フェイルノートや、あの国の事情を。


 結果的に助けられた。

 今この場にいるのはレイネのおかげだ。


 ……レイネは、信用していいよな?

 

「待ってくれ!」


 意を決した。

 ジャージについた土汚れを払う。

 

 信用以前の問題、彼女しか今は頼れないんだ。

 俺は小走りして、レイネに追いついた。


「教えてほしい、何が起こったのか。

 ……なんで殺されかけたのか!」

 

 レイネは立ち止まり、振り返った。


「それはこっちのセリフ。

 私からすれば、あなたが正気を保ってあそこにいたことが異常だわ」


 レイネは俺を観察してくる。

 目を細めて、見定めるように。

 最近ジロジロ見られることが多いな……。

 

「つい助けてしまったけど、怪しいわね。

 まずあなたが何者かを教えなさい。それから話すかどうか決める」


「俺が何者か?」


 人畜無害のひ弱な異世界人だよ。


 なんて、ふざけてるのかと怒られそうだ。

 隠すこともない。

 正直に話して、信用を勝ち取るのが手っ取り早いか。


「俺は曇雨晴。17歳だ。

 出身は日本で、大好物は寿司。

 曇家3人兄妹の次男にして、高校3年生――」


「下手くそな自己紹介ね、まあいいわ」


 必死に伝えたつもりなんだが。

 レイネは呆れたような顔をした。


「17歳ってことは、私より年下じゃない。

 これからは私を命の恩人として、敬いながら喋ること。いい?」


「……俺も君を助けたよ?」


「それは、あの女に少し遅れをとっただけよ。

 私のおかげで逃げられたんだから、もっと感謝なさい」


 態度でかいな。

 事実だから文句は言わないさ。

 謙虚さを持ち合わせていれば、最高だっただけだ。


「アメハル、あなたはどうしてあそこにいたの」


 俺はここまでの経緯を簡潔にまとめた。

 そして二言で話す。


「フェイルノートって美少女に、あの国で召喚された。

 そしたら、訳のわからないまま殺されかけた」


 夕日を背にした、あのアルタの姿。

 思い出すだけで恐怖する。

 背筋に寒気が走るトラウマを、あの騎士に残された。


「理不尽にもほどがある。どうしてこんな目に――」


「魔神フェイルノートがそういう奴だから。

 簡単なことよ」


 レイネは拳を握り締めた。

 フェイルノートのことを魔神と、そう呼んだ。


「ま、魔神?」


 繰り返すと、レイネは答える。


「知らない? 人類を脅かす敵よ。

 人の心に漬け込んで支配する、姑息で卑怯な奴」


「なんだそりゃ……」


 この評価からするに、ろくでもない人物らしい。

 

 魔神とは、とんでもなく危険な響きだ。

 確かに「神」と名乗ってはいた。

 善性とは言えない類いだったというわけか……。

 

 レイネはその魔神と、何か因縁が?

 今度はレイネが何者なのかを聞こう。

 そう声をかけようとする。

 

 だが突然、体がドッと重くなる感じがした。


「ぐっ……なんだか、急に疲れがきたような……?」


 頭が少しクラつく。

 膝をついて呼吸をせざるを得ない。


 レイネは「あぁ」と答えた。


「魔力切れ? やっぱりあの“契術”は、強力な分消費が激しい能力だったのね」


 言われたことが半分くらい理解できなかった。

 魔力切れ? けいじゅつ?

 前者はなんとなくわかる気もするが、後者は初耳だ。


「生き返ったのは契約したからか。

 その理由なら納得」


「け、けいじゅつ? 契約ってなんの話?」


 勝手に納得されては困る。

 当事者が置いてけぼりですよ?


 呆れと疑念。

 レイネはその両方が入り混じった表情をした。


「はあ?」


「……なんだよ」


 なんで俺を睨むんだ。

 そんな「ふざけているのか」みたいな顔をされても。


「もう契約内容を忘れたの?

 悪魔と契約を交わす、それを忘れることは自殺行為に等しい。勝手に破棄すると死ぬって噂の代物でしょう?」


「なにそれ。本当に知らないから怖いんだけど!?」


 悪魔と、契約だって?

 物騒な内容に胃もたれしそうだった。

 そんなものにチェックした覚えはないんだが!?


 いや、待てよ……?

 もしかして、死にかけたあの時に聞こえた謎の声か?

 契約がなんたらと言っていた気が――


「ふーん……覚えてないのね、まあいいわ。

 せいぜい些細なミスで死なないよう心がけることね」


「軽く片付けていい話じゃないよ! 些細なミスで死ぬことがあるの!?」


 命懸けのNGワードゲーム。

 知らぬ間にそれに参加してしまった気分だ。

 あの力を使うたび精神がすり減るとか、そういうデメリットがあるパターンだろ。


 焦る俺とは裏腹に、レイネは平然と駆け足になる。


「無駄話してる暇はないわ。この近くに村があるはずよ、ひとまずそこに身を隠しましょ」


「全然無駄じゃないって!

 あっ、ちょっと置いてかないで!」


 俺の声は届いていないのか。

 レイネの足は速くなっていった。

 

 乗り物酔い。

 あと立ちくらみが混ざったみたいな体調だ。

 それでも、レイネについていかないといけない。


 いくらなんでも酷だと思う。


「……魔力切れ、か。

 それってつまり、俺にも魔力があるって意味じゃ?」


 あの時、体に湧き上がった感覚。

 あれが魔力というやつか。

 

 ついに、俺も念願の魔力持ちになったわけだ。

 ここまで流れはすごく悪い。

 でもこれで、夢だった魔法も使えるようになる!


 ……どうして急に魔力が?

 

 俺の魔力量はゼロだと聞いた。

 斬られる前まで予兆め何もなかったはず。

 死に際で急に覚醒した、とか?

 

「クソ、何事も十分な説明が要る性格だってのに!」


 半病人が行くには、険しい山道。

 多くの理不尽に苛つきつつ、ふらふらと登っていった。

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