13話「切り札」
俺は確信している。
今の俺に敵なしだと。
恐怖は微塵もない。
ただ、吸血鬼の方へ歩みを進めている。
「なぜだ……なぜ立っている? 起き上がれないほどのパワーだったはずだ!」
吸血鬼が声を荒げて言った。
いや、そんなパワーはなかっただろ。
「は、ははは! 俺は倒せぬ、殺せぬ! お前には神聖を感じない!」
大声で笑い出して、どうしたんだ?
神聖っていうのはあるあるだな。吸血鬼には太陽の光とか、十字架みたいなものしか効かない説。
「ガアアアアアアアアッ!!」
夜の村に雄叫びが響き渡った。
すると、吸血鬼の姿が掻き消える。
俺は無造作に剣を振った。
振り下ろされた剛腕から身を守る。
「無駄ムダァ!」
吸血鬼の追撃は止まらない。
なかなか素早いし、さっきよりもパワーがあるな。
「所詮貴様ら人間は、我々の食事に過ぎないのだ。血を味見した後、貴様も屍人形に変えてやるッ!」
高い俊敏性と、圧倒的な暴力。
それでこの村の人たちを一掃したのだろう。
吸血鬼にとっては、俺も標的というわけか。
「おかしい……なぜだ、ありえないっ!」
「どうした?」
吸血鬼の顔から、徐々に笑みが消えていく。
攻撃の全てを捌くと、こんな顔になるんだな。
傷は吸血鬼に増える一方だ。
俺は向かってくる吸血鬼を、難なく躱した。
「これ、いつまで続くんだ?」
「黙れ……お前が死ぬまでだァッ!」
「そうか」
俺は目を瞑った。
彼は吸血鬼の剛腕を避ける。
剣を逆手に持ち、その関節を絶ち斬った。
今度こそ、流れるような美しい回し蹴りを披露する。
それは吸血鬼に直撃し、強制的に後退させた。
「ぐっ……この程度で──」
「そろそろおわりにするが、言い残すことは?」
俺は剣を下ろして宣言した。
おわりにする。
彼にそう言ったのだ。
「ふ、ふは、はははははははは! 無駄なんだよバカが。俺にお前の攻撃は効かない!」
吸血鬼は嘲笑っている。
どうやら絶対の自信があるらしいな。
攻撃が効かない?
「じゃあこれを受けた後に、もう一度同じことを言ってみてくれ」
俺は剣を体の前に持ってきた。
手に力を込め、強く握りしめる。
ある可能性を期待していた。
偽装が自分の思考で働く力であるのなら。
かつて愛用した、あの武器。
あれを、呼び出すことはできるのかと。
「ああ? 何を……」
「偽装──叢雲」
かつての名を呼んだ。
黒い霧が、剣に立ち込める。
その霧が晴れると、剣は新しい姿を獲得していた。
「……できた。ははっ、やっぱできんじゃん!」
細長い刀身の武器。
GKOで多くのモンスターを屠ってきた、あの妖刀に。
「魔天モード」
ガチャン。
そんな音が鳴った。
慣れた手つきで刀を抜く。
いつも通り刃は錆び付いていて、欠けている。
「な、なんだ……何を」
吸血鬼は呆然と突っ立っていた。
俺の持つ妖刀に警戒している。
「その薄汚い剣で、何をしようというのだァッ!!」
「いいからこいよ。試し斬りだ」
わかりやすい挑発に、吸血鬼の瞳孔が開いた。
躊躇うことなく駆け出している。
魔力らしきオーラを巨腕に集中させ、吸血鬼は迷うことなく振り上げた。
その自信、斬り伏せてやる。
俺は静かに刀を構えた。
腰を低くして、動かない。
「死ねぇッ!!」
振り下ろされたその剛腕は、俺の頭をすり抜けた。
「な、に……っ!?」
吸血鬼は面食らっていた。
当然だ。奴の拳は空振りし、地面に到達したのだから。
妖刀叢雲。
効果は、相手の攻撃を一度だけ無効化し、強力なカウンター攻撃を生み出せるというもの。
今の俺は、いわゆる完全無敵状態。
霧状に体が変化して、どんな攻撃もすり抜ける。
「どうなって──」
吸血鬼が混乱している刹那。
散らばった霧は収束していく。
元の形へ急速に戻り始めたのだ。
その拍子に、吸血鬼の剛腕は勢いよく外へ弾かれ。
再び──俺は現界した。
「どこが偽装だよ、完全再現じゃねぇか……!」
「な、なんなのだ……貴様ァ!!!!」
手には、莫大なエネルギーを内包した刀がある。
体を紫紺の色に染め──振り抜くと同時、叫ぶ。
「『魔天の──叢雲』ッ!!」
輝きが夜に訪れた。
刀から藍紫の極光が放出される。
吸血鬼に向かって、突き進む。
衝撃が夜に訪れた。
木々は揺れ、風は切り裂かれた。
吸血鬼が声を上げる暇も与えない。
極光は吸血鬼を飲み込み、激しい音を奏でた。
「これが……俺の始まりだ」
吸血鬼は消滅していた。
エネルギーの放出に耐えられなかったのか?
それとも、神聖な力に酷似していたからか?
理由はわからない。
まぁ、なんにせよ。
俺は勝利を収めた。
「……すげぇ疲れた。しばらくバトルは休憩で──」
なんだか、ふらつくな。
体の重心を保てない。
そのまま、ドサッと大の字で倒れてしまった。
視界にまた黒い霧が現れている。
内にあった力が、スルリと抜けていく感覚。
「……疲れた」
星の見える夜空。
それを見て、脳は勝手に呟いた。
自分で戦った気がしなかったな。
まるでオート戦闘。
オーバーキャスターが、一人でに動いていたような感覚だった。
「偽装ってなんなんだよ。俺にどうしろってんだ」
悪魔との契約で得た力。
俺自身は、契約した覚えがない。
この力で何を成すべきなのか、思い至れない。
生き残れた安堵。
知らないうちに、代価を払っているのではないかという不安が交差していた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
しばらくして。
俺のもとに誰かがやってきた。
「あ……生きてた」
「生きてた、じゃない。危うく死にかけたんだぞ」
レイネだった。
倒れている俺を、またも見下ろしている。
そっちの吸血鬼は……なんとかなったみたいだな。
「それはなにより。あなたやっぱり強いのね」
「強いというか、契術が意味不明というか」
苦笑いがついこぼれてしまう。
おかげで助かったが、後遺症とかないだろうな?
これだけすごい力はデメリットが付きものだろう?
「まぁ……どこかの悪魔さんとやらには、一応? 感謝しておくよ」
星を眺めながらつぶやく。
今のところ、汗が大量に噴き出してくるだけだから、大丈夫だと勝手に判断しよう。
「これからどうするんだ?」
「村の端に馬車があったの。それでもっと北に向かう」
体を起こし、レイネを見る。
「帝国に寄れば色々買い揃えられるわ。魔神の情報収集も兼ねてまずは下準備を……って、聞いてる?」
「あぁ、悪い」
「……魔神殺し。本当に手伝ってくれるのよね?」
すぐに、「はい」とは応えなかった。
色々な考えが頭を駆け巡っていく。
なぜあの時、積極的にレイネを助けると豪語したのか。
命を賭けてまで戦おうとする理由はなんだ。
わからない。
俺は、どうして──
「手伝うよ。やらなきゃいけない、そんな気がするから」
面倒な思考は、全て切り捨てた。
答えはもう出た。
じゃあ、それに従う他ないんじゃないか?
とにかく魔神を倒す。
どうしてだとか、考えなくていい。
「フェイルノートたちに一泡吹かせて、足りない説明を強制させてやれればそれでいい」
感情論は実に単純だ。
代わりに、強い原動力に足り得る。
「……そう、期待してるわ」
レイネはそれ以上なにも言わなかった。
異世界にきてからの1日。
この瞬間。ようやく気が抜けた。




