村、そして到着
念話を会得してからというもの、行軍は至極順調に進んだ。
非常に便利な魔法だ。
何故第一部隊の面々はこの魔法を教えてくれなかったのだろう。
それほどまでに有能な魔法だが、一つだけ難点、と言うかセキュリティ上の問題を見つけてしまった。
『ラヴっちだーいすき』
『ラヴっちしゅきしゅき』
『ラヴっち愛してる』
『やばラヴっちめっちゃ可愛い』
『今日もラヴっちマヂラブ……』
と、このようにカティの心の声がことあるごとに聞こえてくるのだ。
念話は滅多なことでは勝手に漏れ出すことはない。
つまりこれはカティが意識的に送ってくる物であり、ラヴに伝えたいことと認識しているはずなのだ。
問題はそこではなく、これでは現代日本で起きたあの悪夢のような所業――エアドロ痴漢の再来になりかねないのではないだろうか。
『カティ好きだよ』
『愛してる』
『可愛い』
『今日もきれい』
『一生好き』
いちいち送り返すと見事に赤面して撃退されるカティ。
ラヴのLINEで鍛えたリプ力を舐めて貰っては困る。
そんなほのぼのとした会話ならまだしも、これが例えばエアドロ痴漢のように突然卑猥な単語を言われたら誰だって驚くだろう。
何せ急に頭の中に卑猥な単語が伝わってくるのだから。
一応魔力結界を張れば念話を遮れるのだが、ラヴやカティのように諸事情により全域に結界を張れない場合は相手を特定してその人またはその方向からの念話を遮断するしかないので割と厄介なのだ。
『前方に村視認』
『村視認了解』
念話によって今まで以上に洗練された行軍が可能となり、幸いにも今までの遅れを巻き返して何とか予定通り目的の村に着く。
その頃には吹雪も止んで綺麗な紅月が夜空に浮かんでいた。
『村に着いたら村長さんの家に向かいます』
『了解』
もう吹雪も止んでいるので念話を使う必要はないのだが、ラヴの念話の練習と言うことで皆嫌な顔一つせずに付き合ってくれている。
傍から見たら誰一人喋らず雪山行軍を行う怪しい集団なのだが、それに気付く者はいなかった。
村に入ると人の気配はなく、皆家に入っているようだった。
「こんばんは」
「……こおんな夜更けに、おめえさんら誰さね」
とりあえず明かりが付いている民家へお邪魔し第一村人と接触を試みる。
どうやら村民の殆どが昼行性らしい。
夜行性の魔人は彼らにとって珍しいらしく、彼らからしてみたら真夜中の雪の中で出歩いているよそ者だ。
きっとこの上なく怪しく映っていることだろう。
「魔王軍学校夜行部本科候補生のラヴと申します。村長のお家へ伺いたいのですが、場所を教えて頂けないでしょうか」
「あぁ、おめえさんらが……ウデらの村長ん家ばあれだで」
そう言って指さす方向へ視線を向けると少し離れたところに似たような民家が一軒あった。
注視すれば他の民家よりも少し大きな気もしないでもないが、その程度の違いでしかない。
「ありがとうございます。こちら、お礼です」
そう言ってラヴが差し出したのは先日狩ったウォーベアの肉だった。
この地域では他の村ともあまり交流がないため貨幣が流通していない。
つまりは物の取り引きは全て物々交換。
ならば冷凍した肉を一部持っていって交渉の材料として用いられないかと考えたのだ。
「こりゃ……何の肉だ?」
「魔物のお肉です。王都では好んで食べられているそうなので、よかったら召し上がってください」
好んで食べられているというのはマリーとカティ調べである。
第一村人と別れたラヴたち一〇一班は村長の家と思しき民家へと辿り着く。
ぱっと見普通の家なのだが、普通地主の家というのは他より目立つ物ではないのだろうか。
そんなラヴの疑問はさておき、ここの村長に課題達成の何かを貰えば残りは時間までに帰るのみ。
今までの苦労もあってか皆の足取りはとても軽かった。
「ごめんくださーい」
『はいはい。待ってくださいね』
そう言って出てきたのは一人のうら若き乙女。
「うわっ別嬪さんだ」
「ありがとうございます」
ラヴを見た第一声がそれだった。
ラヴは常々自分のことを美しいと自覚しているが、それでも他人に言われたらなお嬉しい。
それが第一声ともなれば本心であることは間違いない。
「魔王軍士官学校夜行部本科のラヴと申します。こちらを村長宅と伺ったのですがお間違いございませんか?」
「えっあっはいっ! 例のじっちゃのお客様ですね。遠路遥々お疲れ様です」
どうぞこちらにと家に招かれ民家へ入る。
奥には不揃いの椅子に形の違うテーブルが三つ。如何にも付け足した感のある空間が広がっていた。
「おもてなしできず申し訳ございません」
「いえいえ、とんでもございません。こちらつまらないものですが」
「あ、どうもどうも」
出発前はお土産にどの程度の物を持っていくか計りかねていたラヴだったが、ウォーベアの冷凍肉をお土産に渡せば実費無料で得られると考えた。
これが現地調達の精神である。
「お客さんかい」
「じっちゃ!」
奥からのそのそと出てきた老人。
先ほどの話からきっとこの老人が村長だろう。
「おやまぁ……げほっ……この子のお友だちかい」
「私たちは――」
「ダメだよ寝てなきゃ!」
ラヴの言葉を遮って咳き込む老人を介抱しながら奥へと送り届ける少女。
――あの人、あんまり長くない。
あの老人は保って一年、もしかしたら数ヶ月後かもしれない。
血を介して人の命を吸う吸血鬼だからだろうか、ラヴは人の残りの生命がだいたい分かるのだ。
未来が見えるわけではないので事故死や病死を予知できるわけではないが、このまま健康に過ごせばこれくらいは生きていられそうと言うのは直感的に分かってしまう。
「ごめんなさいね。じっちゃ、おとんとおかんが死んでからずっとこの調子で」
「お父様とお母様が?」
「去年。咳が治まらなくてね。ここらだと冬は薬草もないから……」
「……辛いお話をさせてしまい申し訳ございません」
村長は二人を何とか助けようと隣村から薬を貰ってきたが、時既に遅し。
二人の最期を看取れず息子夫婦に先立たれた悲しみに、次第に物忘れが酷くなっていった。
今では村長の決め事も行えず、実質的に業務を行っているのは孫娘だった。
「つまらない話をしてすみません。それで、確かどこかにサインするんでしたよね?」
「はい。こちらの書類にお願いします」
覚束ない手つきで書類に署名を記していく。
それも仕方のないことだ。
何せこんな山奥の小さな村。文字を使う機会なんて滅多になく、使うとしても一年に一回候補生のために自分の名前を書くだけだ。
それでも識字率が低い世界で読み書きできるのはある種の権威を見せつけるようなものだ。
村長一族が読み書きできるのは村を治める権利を主張するためでもあった。
「良い名前ですね」
「はい。両親が付けてくれた、大切な名前です」
少女はにこりと微笑むとおもむろに席を立った。
「長旅でお疲れでしょう。寝所に案内しますので、着いてきてください」
少女自身も眠そうに目を擦っている。
彼女の負担を和らげるためにも、一同は特に意見もせずに寝室へと案内して貰った。




