魔法、そして享受
三人が洞窟の奥へ探索に行っている頃、一方ラヴはローラに念話の魔法を教わっていた。
「念話は最も単純な魔法とも呼ばれてるから、ラヴなら簡単」
「それは期待できるね」
種族の中には生後数ヶ月で念話を扱うこともあり、もはや念話は魔法と言うより器官の一つともされているらしい。
「喉を使って声を出すように、魔力を使って声を出す。これが念話」
「ふむ」
とはいえラヴは念話においては今まで難聴者と言っても過言ではなく、魔力で言葉を発すると言っても程度が分からない。
とりあえず危なそうなのでローラに試すのはやめておこう。
「隊長」
「なんだ」
入り口付近に動物の痕跡がないか探っていたノーマンを呼び寄せて、念話の練習に付き合わせる。
「ちょっと念話送りますねー」
「は?」
分かっている。
今のラヴはメールを送って良いかと電話で聞いてくるお年寄りのようなもの。ノーマンがそんなふうに思ってしまうのは仕方のないことだ。
「んんん……そいっ!」
「ばっ!?」
こめかみを押さえてビビッと魔力を送るラヴ。
しかしそれを察知したノーマンは咄嗟に跳躍して自身も魔力を放ち相殺する。
「何するんですか隊長!」
「それはこっちのセリフだ! 昏倒させる気か!!」
ノーマン曰く、今飛んできたのは念話ではなく衝撃波だったらしい。
音は空気を振動させているのだから同じだろうと呆れるが、程度の差だと反論されてしまった。
「じゃあもっと小さくすれば良いんですね?」
「……あぁ、あとちゃんと意味のある言葉を送れ」
確かに先ほどは発声練習程度に考えていたため意味のある言葉ではなかったかもしれない。
ノーマンになんて聞こえていたのかこちらには何も分からないのだから念話は事故が起きやすそうだ。
「優しく、優しく……」
そうしてしばらく魔法の習得に専念していると、ふとラヴの瞳から一粒の雫が流れ出た。
「ど、どうしたの?」
「え……?」
それを歯切りにぽろぽろと大粒の涙が止めどなく溢れてくる。
異常を察知した教師陣がラヴへと駆け寄るが、ラヴ自身原因が分からないので上手く言語化できない。
「何か自分では思っていないのに時折凄い感情の起伏があるんですよ」
「それは……大丈夫なのか?」
「大丈夫です。まあ見ててください」
そう言って座禅を組むラヴ。
未だ両目からは涙が溢れ、三人は心配そうに見守っている。
「ふぅ……」
何度か深呼吸を繰り返して身体の魔力を練り上げる。
イメージするのは絶縁体シート。見た目は変わらず特定の影響だけを遮断する魔法の皮膜。
「……よし」
「確かに止まったようだが……」
今までの涙が嘘のように止まり、いつものような微笑みを取り戻していた。
「原因は分かっているのか?」
「それがさっぱり。集中したいときにはこうして薄い結界みたいなのを張って遮断しているので特に問題は起こってはいません」
「聞いたことのない現象ね。何か予兆だったり周期のようなものはあるのかしら?」
あまり気にしていなかったが周期的なものではないはずだ。
しかし傾向としては学校にいるくらいの時間帯では基本的に正の感情が大半を占めている。
放課後から朝にかけてもほとんどの日が正の感情で埋まっているのだが、何日かに一回は負の感情が流れてくるときがあるのだ。
「常に遮断するわけにはいかないの?」
「いやぁ、それでも良いんですけど。何だか可愛くて」
人の感情が表に出るのを見るのが好きなのだ。
ラヴに送られてくる感情はコロコロと変わって感じていて楽しく、もしそんな人がいるのなら非常に好みのタイプと言えるだろう。
それに負の感情も誰かが憎いとかではなく寂しいとか苦しいとか受動的な感情ばかりで見ていて飽きることがない。
「それに結界を解いたときにぶわっと来る喜びの感情が飼い犬みたいで」
うっとりと話すラヴにモニカは絶句する。
悪霊や精神汚染系の魔法がかけられている可能性があるのにそれを愛しいというラヴの忍耐力は強靱を通り越して狂人の域だ。
「ラヴ」
「ん、どうしたのローラ」
その後もしばらく訓練を繰り返し、なんとかモノにし始めた頃。
ローラがラヴの服を引っ張り何かを伝えようとしていた。
「マリー。帰ってきた」
洞窟の奥を指さすと、そこからマリーとケイトが現れる。
思ったよりも早い帰還だと安堵した野も束の間、マリーに担がれているカティを見た途端心臓が跳ね上がったかのように強く脈動する。
「カティ! 大丈夫!?」
気絶するカティを共に抱えて暖かい場所へと移動させる。
カティすら伸すほどの強大な魔物が潜んでいるとなれば一大事だ。
ローラとノーマンもその異常を察知したのか先ほどまでの緩い雰囲気は消えて一気に緊張が走り抜ける。
「敵は?」
「あー。これはね、その、違うんだよ」
歯切れの悪いケイトに代わってマリーが説明する。
まず、カティが気絶した理由はマリーの頭突きによるものらしい。
しかしそれ以前に前後不覚になるほど彼女は錯乱していて混乱を止めるためにも一度こちらに運ぶべきだと考えたようだ。
「一体何があったの?」
「カティ、だいぶ抱え込んじゃってたみたいで」
ことの顛末を伝えるケイト。
このところ主人であるラヴとの繋がりが断続的に途絶えていて、他の守護天使たちに聞いてもそんな現象聞いたことがないと口を揃えて言われてしまい、自分だけが守護天使として不出来なのだと自責の念に苛まれていた。
繋がりを求めて日中眠ることなく祈り続けた日もあるらしく、それでも改善しないせいで日に日に自己嫌悪と疑心暗鬼が強くなっていったのだ。
「おいラヴ……」
「皆まで言わずとも分かっています」
まあ十中八九結界のせいだろう。
しかしいくら魔法初心者のラヴといえどもカティとの繋がりが切れたら分かるはずだ。
現に今も結界を解いていないがラヴとカティの間にはしっかりと強い繋がりを感じられる。
「もしかして……その結界って防御というより隠密に近いんじゃない?」
ケイト曰く、透過の魔法は使ったところで術者の視界が真っ暗になるわけではないらしい。
当然と思うだろうか。
ではなぜ網膜に光が届かず貫通しているはずなのに、術者は周りの光を認知できるのか。
どういう構造でそんな現象が起こっているのかは分からないが、ラヴの張った結界がそれに類似するものであればラヴが感じられてカティが感じられないのにも説明が付く。
「ラヴ。ちょっとそこに直りなさい?」
「うぅ……ごめんなさいマリー。ごめんなさいカティ」
知らなかったとは言えラヴの起こした失態は紛れもない背任行為。
一方的に守護天使との繋がりを切るなんて言語道断。どんな罵倒を浴びせられても仕方がない。
しかし言い訳をして良いのならラヴは授業中スマホをしっかりサイレントマナーモードにして映画館では機内モードにするタイプなのだ。
――まあ、全面的に私が悪いから言わないけど。
「カティと二人で話をさせてください。容態を見て行けそうなら出発します」
そうしてラヴはカティを抱えて洞窟の奥へと入っていった。




