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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第三章 軍学校と吸血鬼・後期
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中間、そして雪中

 ノーマンの予想通り中間試験は雪の中の進軍になった。

 一時は中間試験の延期も検討されたらしいが、後期のカリキュラムに影響することを恐れた一部の軍上層部が例年通りに行なうよう指示したらしい。


 つまり、最悪死人が出かねない試験となったというわけだ。


「一組一同、良く聞け。この試験で最も評価が落ちることは行動不能になって離脱することではない」


 一呼吸置き、ノーマンが皆に伝える。


「最低の評価は死者が出ることだ。誰一人欠けることなく戻ってこい」

「はっ!」


 そうして中間試験は始まった。


 中間試験は一週間の行軍演習だ。

 チェックポイントを通過して最終目的地にまで行くのは今までの行軍と変わらない。

 しかしその距離が今までとは比べものにならないほど長いのだ。


「えぇと、イエルディアという村に行って村長から署名を頂いたら良いんですわよね」

「期間はギリギリ。さっさと行っちゃおう!」


 当初目的地を聞かされたとき、イエルディアと言う地名を知る者は誰もいなかった。


 イエルディアは王都から北に三日ほど行った場所にある小さな村だ。

 山々に囲まれた秘境で総人口は百もなく、外部との交流が滅多にないため魔王国が使用している通貨すら流通していない。


 そこから取れる税など微々たるもの。

 むしろ徴税官を派遣し物資を運ぶ費用の方が嵩むと言うことで近年は税金を免除しているらしい。


「と言うわけで、隊長、先生、普段よりペースを速めて行軍しますが、よろしいですか?」

「構わない。基本我々は口出しをしないからな」


 同行者はノーマンとモニカ。

 今回の行軍は特に危険なため、いつもは一人の監督官も二人同行することになった。


「いくら私が可愛いからと言って採点甘くしたらダメですよ」


 ラヴは自身の美貌に絶対的な自信を持っている。

 実際前世も今世も可愛い綺麗だと耳に穴が空くほど聞かされてきた。実際自分も自分のことを最高の美女だと思っているので自他共に共通する価値観なのだ。


「安心しろ。他の班よりも数倍キツく採点する」

「ふえー」


 おかしい。

 一体何がいけなかったんだ。


 自分が可愛いラヴは分からない。

 本心で言っているつもりが、相手には茶化しに聞こえると言うことに。


「ラヴー! 余計なことしないで!!」

「余計なこと!?」


 ケイトに一喝されてしょぼくれるラヴ。

 仕方がないのでノーマンからはいったん離れてマリーたちと合流する。


 皆立派な防寒具を着込んだ完全武装だ。


 ラヴたちは先週の教訓から色々と装備品を買い集めた。

 その一つが――


「間に合って、良かった」

「ねー」


 靴に合わせて作ったスノーシュー。

 先週から急に雪が降ったせいでスノーシューの注文が殺到し、正直一週間で間に合うかどうか分からないとまで言われてしまった。


 しかし今後も使う予定はあるので中間試験に間に合わずとも必ず買うから作ってくれと頼んだら、ギリギリになったが取りに来て欲しいと連絡があった。


「無理をさせてしまったかしら」

「だねー、次からはもっと早く行こうね」


 お喋りをしながら進んでいくと王都最寄りの村へと到着する。

 ここはあくまで中継地。

 今日はここからさらに北東へ行った村まで進む予定だ。


「ここでも依頼の経験が役に立ったねぇ」

「ま、でも私たちも村に泊まるのは初めてだけどね」


 ラヴたちが受ける依頼はどれも貴族だったり豪族だったりの依頼ばかり。

 そのためクライアントから潤沢な資金を頂けることが殆どで、基本的に町の一等宿場に泊まるか野宿するかという二極化になっていた。


 しかし雪原で野宿をしたら死ぬ。

 いや、このメンバーなら死なないかもしれないが、確実に監督官――ノーマンからダメ出しされるだろう。


「もっしー。おにーさん! ちょっと食べ物くださいな!」

「ん、旅人さんか。何が欲しいんだ?」

「生肉」

「ちょっと待て」


 せめて干肉にしなさいと怒られてしまう。


 理由は分かっている。

 この世界にはまだ合成樹脂などの高分子化合物を作る技術はない。

 生肉を貰ったところで入れる袋がないのだ。

 いつもなら布に包んで持ち帰るのだが、さすがに数日も経つと血で水浸しになってしまう。


 寝るときに棺桶を開けたら血だまりができていたというのは心躍るが、ラヴは腐肉を食べる趣味はないし衣類を血で汚したままというのもみっともない。


「んー、ちょっと喉渇いたかも」

「だ……」


 ノーマンが開いた口を噛みしめる。

 試験監督が個人の感情で肩入れするわけにはいかないとは分かっている。


 が、ラヴを心配しなければラヴの周りにいる者たちが危険に曝されるのだ。


「隊長、今、大丈夫かって言おうとしました?」

「くっ……聞かれていたか」


 ラヴの耳は常人の力を遙かに凌駕する。

 今になってその能力が恨めしいと感じるノーマンであった。


「ふふん。何だかんだ言って私のこと心配なんですね。隊長」

「……茶化すな」


 心配じゃないといえば嘘になるがそれはラヴの命を思ってのことではない。

 しかしこれ以上口を出しては調子に乗るにしても落ち込むにしても教官が候補生に影響を与えてしまうのはよろしくない。


「大丈夫ですよ。ストックたくさん持ってきてるので」


 そう言って血液が入った試験管を何本も取り出した。

 しかし取りだしたものが一部なのだとしたら奴隷の生命が危ぶまれるのだが。


「……行軍についても考えんとな」


 ぽつりと呟くノーマンの言葉に、ラヴは意味も分からず首をかしげた。



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