姫、そして悩み
翌夜。
何故か知らないがラヴたち五人――ではなくラヴ一人だけが領主の娘に呼び出されていた。
「来たわね」
「姫様。お身体は如何ですか」
「はうっ……」
急に胸を抑えてベッドに倒れる姫ことマーガレット。
彼女はこの地、子爵領パイスセーロを治める領主の娘だ。
町民曰く気まぐれでお転婆だが、町民には優しく親しみを持って接してくださる愛され系お嬢様なのだとか。
彼女はいつも笑顔で食べ物をあげると小さい口で目一杯頬張って子リスのように食べるため、町民たちもついつい甘やかしてしまうのだとか。
ラヴ視点ではこうしてみると子リスと言うより陸に揚げられた魚のようにのたうち回っている気がするのだが、まあ感性の違いという奴なのだろう。
「してお姫様。私を呼び出した理由を伺ってもよろしいでしょうか」
『そ、そうね……』
何故か目を合わせてくれないマーガレット。
それどころか枕で顔全体を隠してある意味完全なポーカーフェイスを決め込んでいるため彼女の表情どころか意図すら読めない。
『あなたに依頼を頼みたいの』
「依頼?」
そうしてマーガレットはどうして昨日あの場所に居たのか語り出す。
メルクス商隊に助けられたとき、マーガレットのメイドは乱暴を受けていた。
そしてそれ以降、そのメイドは精神を病み、塞ぎ込んでしまったらしい。
「そうは言ってもまだ一昨昨日の出来事でしょう。しばらくはそっとしておいた方が良いと思われますが」
『……何もしないで、もっと塞ぎ込んじゃったら嫌だもの……』
そうして渡されたのは一枚のメモ紙。
そこにはお菓子やフルーツといった食べ物がずらりと並んでいた。
マーガレット曰く、そこに書いてあるのは全てメイドの好物らしく、春になるといつも中庭で二人仲良くお茶会をしていたらしい。
「二人は仲が良かったのですか?」
『親友よ』
一瞬の躊躇いもなくそう言える存在というのは中々いない。
それが貴族の令嬢ともなれば、余程親しい人にしか言ったりしないだろう。
無二の親友が自分を守って暴漢に襲われたとなれば居ても立っても居られない。
そんな少女の焦りは仕方のないことだった。
「ではここに書かれているものを買ってくれば良いのですか?」
『違うわよ』
そうしてラヴは依頼内容を聞かされる。
「私をお屋敷から連れ出して」
その要望にラヴは頭痛を催した。
◆
宿。
最初こそ断固として断っていたラヴもマーガレットに「親友のために」泣き付かれては折れるしかなかった。
「連れ出してしまったのですの!?」
「ごめん……」
「もー、ラヴっちったら優しいんだからぁ」
にへらと笑うカティとは対象に、マリーは随分と深刻そうな顔をしている。
それはそうだ。
子爵と言えども貴族の一員。
特権階級であることには変わらず平民が連れ出したとなれば大きな問題となる。
それがたとえ令嬢の方からの誘いであっても一方的に悪者にされるのはいつだって平民だ。
「大丈夫。ちゃんと子爵とは話をしてきたから」
「え?」
もちろん魔眼の力を使ってある程度思考の誘導はさせて貰った。
結果、ラヴたち一〇一班が同行することで合意し、正々堂々正門から出て行ったのだ。
「わたくしたちが信用されているにしても、あまりに不用意ではありませんこと?」
しかし貴族の常識に精通しているマリーはこの状況に違和感を持っているようだ。
無理もない。ラヴだって魔眼の存在を知らなければ色々とおかしいと思っていただろう。
「そんなことはどうでも良いの! ラヴのお付きが口を出さないで」
「ぷっ」
ケイトとカティが思わず吹き出す。
マリーはマーガレットと同じく貴族の令嬢であるが、その格式は天と地ほどの差がある――はずである。
それをあろう事か下の者からお付きと勘違いされるとは。
マリーは自分の中にも貴族としてのプライドがあるのだと、今ここで生まれて初めて思い知った。
「貴女……良い度胸していますわね……」
「まーま、いーんちょ、抑えて抑えて」
カティが窘めるとようやくマリーも落ち着いた。
わたくしとしたことがと何だか気落ちしているが、良い子良い子と頭を撫でるとすっかりいつものマリーに戻っていった。
「マーガレットちゃんも、もーちょっと相手のことを考えよーね」
「うるさい。あなたも付き人なら黙ってて」
「んー、アタシはラヴっちの付き人かも知れないけど、マーガレットちゃんの付き人じゃなーいよ」
カティは余裕そうに受け答えをするが、それがマーガレットの癪に障ったのか、彼女も彼女で反撃する。
「ラヴは私の従者になるんだもん。つまりラヴの持ち物であるあなたは私のものでも――」
そう言いかけたとき、マーガレットの頬を白銀の羽根が横切った。
後ろ髪の一部がパラパラ落ちて、掠めた頬からはつーっと血が流れ出る。
「どうどうどうどうカティ、カティ落ち着いてカティ」
「アルジサマどいて。あいつコロセナイ」
「翼出ちゃってるから。あーもう輪っかも出ちゃうよ」
聖職者であるカティがここまで殺意をまき散らして感情的になるなんて今まで見たことがない。
二人の地雷を見事踏み抜き渾身の殺気を浴びせられたマーガレットは頬を抑えて部屋の隅でガタガタ震えている。
普段気配なんて意識していない相手にすら強制的に理解させるほどの圧倒的な殺意。
殺意を向けられていないラヴですら余波で肌がピリピリ痛いのだ。それを真っ正面から向けられたのなら本能で屈してしまってもおかしくない。
「んー、じゃあ今日はボクとローラで付いていくよ」
「マリーとカティ、お留守番」
「……付いていきたいですけれど、ふとしたときに手を汚してしまいそうなので素直にお留守番しておきますわ」
「……どーかん」
怯えるマーガレットの首根っこを掴み、逃げるようにして宿を出る。
一時はどうなるかと思ったが、二人が踏み止まってくれたおかげで何とか依頼は遂行できそうだ。
ラヴはほっと胸をなで下ろし、お転婆娘を連れて買い出しに出発した。




