貴族、そして平民
路地裏に向かって少女が走る。
背後から迫る魔の手に追い付かれないように――
「あなたたち! 私が誰だかわかってるの!?」
少女が叫ぶ。
袋小路に追い詰めた男共が一瞬だけきょとんと呆け、その後すぐに下品に笑って腹を抱えた。
「この期に及んで脅したぁ、さっすがお姫様だぜ」
「どうせこのまま生きてたってお前らに搾取されるだけなんだ。なら一回くらいお前らの大事なもん奪っても良いよなぁ?」
刹那主義者は今後を考えない。
故に法の盾は効かず、そこにあるのは自分たちの欲望のみだ。
「あ、あなたたち……スラムの住人ね? お父様が仰っていたわ! 税金を払わないのに主張だけは人一倍大きいゴミだって!」
「ほお?」
少女は威勢を奮ったつもりだが、それが逆に男たちの神経を逆なでしていることに気付いていない。
「な、何よあなたたち……酷い臭いで近寄らないでよね!」
「ガキてめぇ……」
「ぎゃっ!?」
大男に髪を掴まれた少女は重力に逆らい地面から脚を離す。
もがけばもがくほど髪が引っ張られ苦しくなるが、少しでも動いていないとあまりの痛みに泣き出しそうだった。
痛い痛いと喚き散らすも彼らは一向に手を離さない。
それどころか少女を取り囲んでいた男共は誰からともなくベルトに手をかけパンツを下ろす。
「ヒッ!?」
昨日の記憶が蘇る。
不遜にも貴族の乗った馬車を襲い、女以外は皆殺し。
捕えた女は犯し、嬲り、捨てる。
少女が犯されていなかったのはただただ子ども過ぎただけで、お付きのメイドは殴られながら犯されていた。
全身があざになって美しかった髪は邪魔だと切られ、鼻と歯が拉げるまで何度も何度も殴り続けられる。
何を言ってもやめて貰えず、周りの者も暴力の対象になるのが嫌でただ泣きながら見ていることしかできなかった。
それが、今度は自分の番だというのか。
少女の力ではどうやったって振りほどけない。本能的にそれを感じ取った彼女は恥も外聞も無く叫び続ける。
「誰か! 誰か助けて!」
「るっせぇ!」
「おごっ!?」
髪を引っ張られる痛みから逃れるために両腕を挙げていたのが運の尽き。
空いた腹部に渾身の力で殴られ、今夕食べた雑炊が少女の口や鼻から逆流する。
「ぼっごっ……うげえぇ……」
「うっわ、きたねぇ」
「ははっ、こりゃおもしれぇ。おい、貸せ」
別の男が少女の髪を力任せに奪い取って我が物にせんと乱暴に扱うものだから、ブチブチと鈍い音を立てて男の手に絡まった髪が抜ける。
少女は引き裂くような痛みと腹の鈍い痛みで正気を保っていられなかった。
「おら、せっかく飯食ったんだろ? 残さず食えや」
「ごっ……がっ……」
今度は顔を地面に押さえつけられ、自らの嘔吐物に口付けさせられる。
スラムの糞尿が混じった土と今し方吐き出したばかりの胃液混じりの雑炊が混ざり合い、この世のものとは思えないほどの耐え難い悪臭へと変わっていく。
頭を脚で踏みつけられ、痛みから逃れるために男たちの言いなりになる。
嗚咽を出しながら一度吐いたものをペロペロと舐め始める少女を見ると、男たちは余程気分が良いのかゲラゲラ笑って腹を抱える。
「はー、おもしろ。……おい、ケツ向けろ」
「ヒッ……」
汚物を出した男が這いつくばる少女の腰を持って自身の腰と位置を合わせる。
「嫌! 嫌! やめて! 誰か! 誰か助けて!!」
「へっ、ここには誰も来ねぇよ」
後ろを振り向くとそこには男の下卑たる顔と視界に入れることすら悍ましいモノ。
メイドを犯したソレと今まさに自らを犯さんとするソレが重なって、少女の瞳からぽろぽろと大粒の涙が流れ落ちる。
「……まったく、やんちゃが過ぎますよ」
「あ――?」
今まさに少女の純潔が散らされようかと言うとき、少女の耳にひどく透き通った声が入ってくる。
「え――?」
何が起こったのか分からない。
目を離したわけでもない。瞬きしたわけでもない。
それなのに、少女の背後で腰を動かす男の首がなくなっていた。
それは幻覚でも何でもなく、切り落とされた首の断面からは噴水のように鮮血が吹き出している。
ゴトリ。
男たちの足下に不穏な音が響く。
誰かが首だけ足下に向けると、そこには今まさに少女を犯そうとしていた男の首がその時の表情のまま転がっていた。
「うわああぁぁぁ!?」
「な、何だよ! 何なんだよぉ!!」
理解できない恐怖。
仲間の突然の死。
あまりにも非日常的な光景に、男たちは正気を失いナイフを抜いて振り回す。
敵が居ることは間違いないのだ。でなければこんなことにはなっていない。
しかし敵の姿は見ていない。ならば魔法か何かで姿を隠しているに違いない。
確かに彼らの予想は当たっていた。
しかし彼らは決定的な間違いを犯す。
気配を把握できない時点で圧倒的な力量差に気付くべきだったのだ。
一人、また一人。
首を切られ、逃げても切られ、かがんでも切られ、腕で守ると腕ごと切られる。
「な、何だよぉ……どこに居るんだよぉ……」
そして最後に一人。
その男だけは未だに無事で、傷一つ付いていなかった。
「ごきげんよう」
再び透き通った声が頭に響く。
しかし今度は姿がしっかり見えた。
軍人が着るような戦闘服を身に纏い、飾り気らしいものはたなびく黒髪に添えられたネオンブルーの輝きを放つ髪留めくらいだ。
しかしそれでも絶世の美女と言えるほどの美貌の持ち主。
確実に、男が見てきた中で一番の美女だった。
命が狙われているというのに、その頭の中は彼女を犯す妄想でいっぱいだった。
先ほどまで恐怖のあまり失禁していたモノが、今度は精を出そうと躍起になっている。
「……きも」
「……うわぁ」
いつの間にか居たもう一人の少女。
その二人に蔑まれるも、男の興奮は収まるところを知らない。
「とりあえず、こいつで良いでしょ」
「……不本意だけど」
彼女たちが何を言っているのか分からない。
しかし、今自分がやるべきことは明確だ。
男は自ずから膝立ちになり、ベルトを外してズボンを下げる。
右手で股に付いているモノを握り、呼吸を荒くし擦り――
「……ふんっ」
「ギャ――」
男が行為をする前に、ラヴは死なない程度に蹴り上げる。
ある意味自分の手で防御されていたとは言え、その防御力は紙切れ程度。
あらゆる生物の急所に当たった一撃は、脳天目掛けて強烈な痛みを叩き出し、男を一瞬にして失神させた。
「姫」
「うぅ……ぐずっ……おそい、わよぉ……」
「申し訳ございません」
黒髪の美女は自身が汚れることも厭わずに、ひょいと少女を抱えて跳躍する。
一瞬で家の屋根に飛び乗り、紅月の光が少女を照らすと――
まるで、お伽噺に出てくる王子様のように、優しく少女に微笑みかけていた。




