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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第二章 軍学校と吸血鬼・前期
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お酒、そしてお誘い

 ジョンとマイケルから相談を受けた次の日。

 ラヴは夕日が沈んで少しした辺りにキースオススメのバーへと足を運んだ。


「いらっしゃいませ」


 落ち着いた雰囲気の良い店だ。

 カウンター席に座り、適当に酒を頼んで時間を潰す。


「コニャックロック」


 特定の誰かを待っているわけではないが、誰かを待っているのは確かだった。


 ――何で私がこんなことを……。


 先日、悩める彼らにバーをオススメしたは良いものの、彼らは酒も知らなければ女の子と会話すらあまりしたことがないのだという。

 チャラい格好をして何言っているんだと思ったが、マリーに予科生時代の二人の似顔絵を描かせてみたところ、本当に今とはまったく容姿が違った。


 何というか、教室の隅でいつもスマホを弄っているオタクくん、と言う表現が非常にしっくりくるスタイルだった。

 方や前髪すら伸ばして目が隠れるようなロン毛のっぽ。方やダサいシャツにジーンズの太っちょ。

 どちらも今の姿からは想像できない。


「いらっしゃいませ」

「えっと……」


 そんな彼らはラヴに女の子への話しかけ方、そして会話、お酒選びととことん質問してきた。

 真剣なのは伝わったが、いちいち説明するのは些か面倒くさい。


 故にラヴは見て学べと言って、休日にこうしてバーに足を運んだ。


「いらっしゃいませ。二名様ですね。カウンターとデーブル席がございます」


 このお店は意外と客の出入りが多い。

 ラヴはあまり好んで酒を飲んだりしないのだが、今度人脈形成もかけてパブにでも行ってみようか。


「ねーねー、お姉さん、今夜暇?」

「良かったら俺らと遊ばねー?」

「あ、あの、その……私には、主人が……」


 そんなことを考えていると、ラヴの後に入ってきた女性客が男たちに絡まれている。

 彼女は何とか男たちを追い払おうと頑張っているが、気が弱いのか、凄みのない声は何の牽制にもならず、男たちには無意味だった。


「まーまー、いいじゃん、いいじゃん」

「やっ……離、して、くださいっ……!」


 マスターは客のトラブルには不干渉なのか、目の前で客が強引に連れ去られようとしているのにそれを横目にグラスを拭いている。

 ここでは日常茶飯事なのか、それともただ面倒ごとを避けているだけなのか。


 呆れながらも騒動を肴に氷を揺らしていると、不意に、絡まれている女性と目が合った。


『助けて』


 瞳で必死に訴える彼女に、少しばかりの罪悪感を覚える。

 仕方が無い。自身の目的もあることだし、しばらくは彼女に付き合って貰うことにしよう。


 ラヴはポーチから校章を取り出して、ナンパたちに近付いた。


「ねぇ、お兄さんたち。ちょっと静かにしててくれませんか?」

「あぁん? 何だおま――」

「お、おいっ!」


 男の一人がラヴの校章に気付く。


 軍学校の候補生は将来高官になることが多い。

 そうでなくとも何かしらのポストに就くことが約束されており、いわばエリートの卵だ。


 そんな彼らの目に止まったら、今後何をされるか分からない。

 一般人や野心ある商人ならまだ良いが、法律ギリギリのことをしていると自覚のある者は避けるのが無難なのだ。


「咎めようと言っているわけじゃないの。ただ、私がいる間は静かにしていてくれますか?」

「は、はい。すみません」


 結局男たちは金を払って退店する。


「隣、良いですか?」

「え、あ、はい……」


 彼女の隣にグラスを置き、腰掛ける。


 三十代だろうか。

 物静かな性格は容姿からも良く伝わり、今の騒動がなくとも彼女の第一印象はおっとりとした大人の女性と思っていただろう。


「魔王軍士官候補生学校本科のラヴです」

「え、と、アンナ、です」

「誰かと待ち合わせですか?」

「い、いえ……今日は、一人で飲もうと」

「一緒ですね。私が隣にいれば絡まれることもないでしょうし、良ければ一緒に飲みましょう」


 普段はこういう店に入らず、勝手が分からないと言うアンナ。

 ラヴの飲んでいるものに興味があるようだが、これは中々度数が高いのでお勧めできない。


「あまりお酒は飲まないんです?」

「わ、ワインとか、なら、たまに……」

「じゃあ、お勧めのお酒選んで上げましょうか。飲みやすい奴を選ぶので、どうですか?」

「それなら」


 アンナに色々と好みを聞いて、最初に注文したのはカルーアミルクだ。

 甘いものが好きな人にはたいてい合うカクテル。度数は低く、高くても八パーセント程度で飲みやすい。


「……美味しい」

「それは良かった」


 コニャックを飲み干して、新しくウイスキーを注文する。


 ラヴは吸血鬼のせいか、アルコールによって酔うことがない。

 正確にはお腹が空いた状態でお腹いっぱいになるまでウイスキーを飲んでもまったく酔う気配がなかったため諦めたというのが正しいが。


 そのためわざわざ酒税を払ってただ苦い酒を飲むよりかは、牛乳やジュースをそのまま飲んだ方が建設的だと思っている。

 しかし、現代社会ではアルハラが問題視されているとはいえ、無理のない飲みニケーションは重要な交流の一つだ。


 故に付き合いと言うことでアルコールを取ることは否定しない。


「それで二人が組んじゃって、私いきなり知らない人と組むことになったんですよ」

「ふふっ……初日から、大変、でしたね」

「まったくですよ。予科組なら友だちも多いでしょうに」


 軍学校での体験を面白おかしく語り出す。

 学校での生活は外部にあまり知られないため話題は尽きない。ラヴにとっては日常的な光景でも、部外者にとっては新鮮な話題となって面白くなるのだ。


「お酒、なくなりましたね。次は何を頼みましょうか」

「えっと、また、お願いします」


 また任せてくれるらしい。

 そうして頼んだのはホワイト・レディ。


 ベースはジンで、甘さと爽やかさの調和が取れたとても口当たりの良いカクテルとなっている。


「……とってもおいしい」

「良かった」


 酔いが回ってきたのだろうか。

 彼女の頬は仄かに赤く、心做しか先ほどよりも物腰が柔らかい。

 しかしどうやら美味しいことには変わらないらしく、グラスから手を離さずずっとちまちま飲んでいた。


「私の話だけじゃなくて、アンナさんのお話も聞かせてください」

「わたしの?」

「えぇ。どうして今日は飲む気になったんですか?」


 アンナが口ごもる。

 それは人に言えないことなのか。


 彼女と話しているうちにだんだんと彼女のことを気に入ってきたラヴは、既に彼女を捕食対象としてみていた。

 それならば少しでも気持ち良く食べるために、できうる限り彼女の憂いは取っておきたい。


 吸血はただ血を吸っても良いのだが、被吸血者の精神状態によって味が変わっていく。

 ラヴに好意を持っていたら甘くなり、嫌っていたら炭酸のような弾けた味に、吸血行為を嫌がっていたら辛くなり、快楽を覚えていたら粘ついたような食感になる。


 どれも美味しく、ラヴがファーストを虐めているのはもっぱらそれが理由だった。

 ラヴにとって、それは所詮美味しい食べ物に調味料を振りかける程度の感覚だ。


 ――この人は、一体どんな味がするんだろう。


 それはある意味ラヴの好意だった。


「その、主人の商いが拡大して……」

「寂しいんだ?」

「そんなっ……そ、そうかも、しれません」


 結婚して十年になるも、彼女と夫の間に関係はなかった。


 彼女の夫はそこそこ大きな商会の跡取りらしく、最近正式に商会を引き継いだらしい。

 今までは幹部層たちを取り込むまで浮ついた話が出ないよう配慮していて、結婚したのも政略的な面が強かった。


 しかし会長職を世襲しても夫がアンナを愛す様子はなく、更なる事業拡大に今も街と街を渡り歩いている。


「それで今日、ついに飛び出しちゃったんですね」

「は、はい……」

「そうですか……なら、寂しい思いをしないように、私がついていてあげますね」


 アンナの手を取り身体を寄せる。

 甘えるように身体を預けるラヴに、アンナの母性がくすぐられた。


「お酒、最後にとっても美味しいの頼みましょうか」


 そう言って頼んだのは強めのアレキサンダー。

 カカオと生クリームの甘さがチョコのような風味を引き立てて、非常に飲みやすいカクテルだ。


「ん……おいひ」

「おっとと、大丈夫ですか」

「らいひょふれふ……」


 一気にかなりの量を飲んだせいか、彼女の呂律は怪しくなり、うつらうつらとしていた。


「マスター。ここら辺で休憩できる場所ありますか?」

「店の裏の路地を進むと一泊金貨一枚のホテルがございます」


 考える間もなく案内される。

 どうやら普段から潰れるお客は多いようで、その介抱という名目で休憩しに行くことは頻繁にあるようだ。


「ありがとうございます。お会計を」

「畏まりました」

「らふ、はん……」

「大丈夫。安心してください」


 頬に口付けをして安心させると、彼女は嬉しそうに目を細めた。


 チップを弾みお会計を済ませると、一部始終を見ているであろう外野たちに、ハンドサインを送る。


 こちらの意図を理解してくれたかどうかは定かではないが、今は目の前にあるご馳走に集中したい気分なのだ。


 彼女の肩に手を貸して、ラヴは裏道へと進んでいく。

 その先には、魔法灯で彩られた綺麗なホテルがぽつんとあった。



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