お使い、そして生贄
「綺麗よ、ファースト」
「あ、り、がとう、ございます……ご主人様」
白銀の髪にシミ一つない綺麗な肌。
そんな彼女を彩るのはとても楽しかった。
鏡を見せるとファースト自身も驚いたのか、無意識に鏡に手を触れ食い入るように自分を見る。
衣装も普段の給仕服ではなく、ラヴが外出するときに着用するものから一つ貸し出した。
ファーストからすれば少し大きく感じるが、それを加味してそう言うファッションだと言えるようなラフ系を選んだから問題ない。
このお買い物が成功したら、今度は二人でブティック巡りに行くのも良いかもしれない。
可愛い子は可愛い服を着なくてはいけない義務があるのだ。
「そう言えば、貴女はどうやってこの街に来たの?」
「……分かりません。戦線で捉えられてから、ご主人様に会うまでの記憶が曖昧で」
「へぇ、じゃあ一月くらい昏睡してたの?」
「……え?」
王都から最前線まではどんなに急いだって一週間はかかる。
それが荷物の運搬ともなれば馬をこまめに休ませ、奴隷の体調を考え、早めに宿を取りと言ったところで四倍は軽く掛かるだろう。
一度に運ばれた奴隷が何人かは知らないが、まさか一人一人丁寧に運べるほど儲かってはいないだろう。
「あの、ここ、戦線基地じゃ……?」
どうやらファーストは自分がまだ前線に近い所にいると思っているようだ。
しかし現実は違う。
この国、及び人間の国は大きな大陸の中にある。
四方は海に囲まれていて、大陸をちょうど二分割するように人間の国と魔人の国に分かれていると習った。
人間の住む国が人間界。魔人が住む国が魔界と呼ばれ、西が人間、東が魔人で棲み分けている。
しかし大陸の極西も極東も、どちらも活火山の山脈があり、海に近いほど魔物の力が強い傾向がある。
そのため非力な人間は大陸の中央を獲得するため魔界に侵攻をしているのだとか。
戦争の背景はそんなところだ。
ではその大陸のどこに魔王国首都があるのかというと、魔王国全体の少し東。中部と呼ばれている地域の最東に位置する場所だ。
「お、王都……?」
「まあ、ずっと屋内にいたもんね」
「じゃあ、もう……」
「助けは来ないでしょう」
魔人の中にはラヴのように鼻がきく種族が多くいる。
人間が紛れ込んでいたら分かる魔人にはすぐに分かるし、憲兵などは率先してそう言う人材を多く抱えているためスパイの警備は非常に厳重だ。
もし彼女を救うというのであれば、正規の外交手続きで彼女を取り戻すか、軍を王都付近まで派遣させる――つまり魔王国を全面降伏にまで追い込むくらい頑張らないといけない。
「逃げようと思ってた?」
「……前までは、きっと誰かが助けてくれるって。でも、もう良いです。……私は、ご主人様のものですから」
「良い子ね。ファースト」
何かが吹っ切れたのか、彼女はすっかり抵抗しなくなっていた。
本当に可愛い子だ。
「ファースト。手を出して」
「え……は、はい……」
怯えるファーストに笑いかけ、何とか安心させようと試みる。
奴隷とは言えファーストも可愛い女の子。さらにそれが自分の持ち物となれば、転んで傷ついてしまっては頂けない。
「エスコートするよ。足下、気を付けて」
「は、はい……」
二人で手を繋いでしばらく歩くと、いつもの看板が目に入る。
仕事で足を運んでいるとは言え、王都で最も良く入るお店が奴隷商の店舗というのは嫌な気分になる。
尤も、なんと言い訳しようと今日は客として入るのだ。
「ここは……」
「奴隷商だよ」
「ッ! じゃあ!?」
「そう。今日買うのは新しい奴隷。貴女の代わりとなる、新しい奴隷」
ファーストの顔が青ざめる。
気付いてしまった。知ってしまった。
自分が今からすることは、生け贄を捧げる行為だ。
「さあ、ファースト。この中から、好きなモノを選びなさい」
「そっ、そんな……」
目の前には無数の女。
下は八歳から、上は一七歳まで。髪の色や目の色はバラバラだ。
「貴女の選んだ人間が、これから貴女の代わりになるの」
師匠の言葉を思い出す。
『聖女は人を助け、人を導くの。決して魔人に屈しちゃいけないし、間違ったこともしちゃいけない。そうすれば、きっと神様は貴女を守ってくださるわ』
勇者の言葉を思い出す。
『もし困ったことがあったらいつでも僕を頼って。どんな時でも、絶対助けに行くから!』
何もかも、嘘じゃないか。
人を助けた。導いた。屈しなかった。間違えなかった。でも神様は助けてくれなかったじゃないか。セージは来てくれなかったじゃないか。
「……この人」
指したのは一七歳の女性。
一番年上を選んだのは、せめて未来ある子どもを選びたくなかった偽善によるものだ。
「あはっ……そう。良いわ。この子を買いましょう」
反対されるかと思っていたが、ラヴはすんなり彼女を買い取る。
ファーストの見立てでは、ラヴは幼い子の方が良いのかと思っていた。
そうして違うものを選べと「命令」されたら、それだけでいくらか心は救われると、そう思っていたのに。
寮へ帰るとさっそくご飯とラヴは言い出す。
その言葉を聞いた瞬間、条件反射で服を脱ぐ。カタカタと足が震えているせいで、脱いでいるうちに尻餅をついてしまった。
「あはっ……ファーストは良い子だね。でも、今日は貴女じゃないの」
「え……あ……」
「もう口を利いて良いよ」
「はい。ご主人様」
この子はファーストと違って最初から大人しい。
ルイス曰く、大半の奴隷がある程度調教すれば従順になるらしく、むしろファーストのように何時までも反抗的な奴隷は珍しいらしい。
理由は簡単。廃棄処分されるのが怖いからだ。
「君、服を脱いで?」
「畏まりました」
シュルシュルと音を立てて裸体を露わにする少女。
健康的なその四肢はキュッと程よく引き締まっている。
発育も随分と良いようで、立派に実る二つの果実はラヴの食欲を刺激した。
「それじゃ、いただきます」
これから訪れる地獄のような時間。
このときの少女はまだ、考えもしていなかった。




