敗北、そして決心
巨大な力を浴びせられ、五感がまともに機能しなくなったクラスメートたち。
あまりの音と光で平衡感覚を失い、立っている外野は誰もない。
いや、一人だけ、眉間に皺を寄せて候補生たちを介抱しているノーマンがいる。
事前に覚悟を決めていたせいか、魔法を発した張本人であるローラとカティ。
自身の出した防壁で直撃を避けたマリーとケイト。
この四人の回復は早く、意識を立て直すと急いでラヴがいるであろう牢獄を注視する。
莫大なエネルギーを至近距離で受けた鉄の牢獄は風と共にボロボロと崩れ去り、その中身が露わになる。
「けほっ、けほっ……」
「……マヂかよ」
「嘘……無傷……?」
立ち込める土煙を鬱陶しそうに払い、咳き込みながら出てきたのは無傷の少女。
しかしその体操服はところどころ破けており、綺麗な黒い長髪は埃にまみれている。
しかし服の隙間から覗く素肌には傷の一つもなく、その肌は未だ美しさを保ったまま紅月の光に照らされていた。
「……いや、私の負けだよ」
「えっ?」
魔法を使った時点でラヴは負けだ。
「マリー。良く連撃を耐えきったね。自分で言うのもなんだけど、あれを真っ向から受けきったのはマリーが初めてだよ」
「え、あ、ありがとうございますわ……?」
急に褒められて頬を染めるマリー。
普段マリーならこれくらい当然と思われているせいか、あまり褒められ慣れていない彼女は、こういう所で可愛い反応をしてくれる。
「ケイト。隠密魔法、凄かったよ。発動から攻撃までまったくわかんなかった。常にどこから攻撃されるか分からないから、単純なフェイントにもかなり警戒しちゃったよ」
「へへへっ、まあ、ボクにはそれくらいしか取り柄ないからね」
隠密魔法は非常に扱いが難しい魔法だ。
音を消しても光が残る。光を隠しても音が残る。両方隠せば魔力を大きく使い、居場所がバレてしまう。
ケイトの魔法は光のみを隠し、足音や魔力の気配は持ち前の技術によるものだ。
故に索敵が非常に難しく、ラヴですら中々気付けない。
「カティ。戦況把握と的確な指示出し。ローラを軸にし魔法によるサポート。ちゃんとメンバーのことを考えて行動できていてほんと凄いよ」
「マヂ面映ゆき」
さすが優等生と言うべきか。
彼女はノーマンの教えを短時間で習得し、次の訓練には取り入れるようにしていた。
また、他のメンバーの弱点を見つけ、それを補うようにサポートする。指揮官に必要な考え方を、候補生の内に身につけられているのはカティくらいだろう。
「ローラ。魔法の安定性がさらに増したし、発動速度も日に日に速くなって行ってる。カティやケイトが突破できない守りを壊すチームの主火力として、立派に成長してるよ」
「う、うん……」
事実、最後のダブルエクスプロージョンは直撃すればラヴとて無事では済まなかっただろう。
敵を袋小路に追い込み、満を期して最大火力の一撃を打ち込むことこそ強大な敵を屠る王道と言って良い。
カティのサポートもあり、ローラの判断に迷いがなくなったことは、このチームにとっての一番の成長だ。
「ラヴも! ラヴも凄かったですわよ!」
「ほんとだよ。なんで首筋にナイフ当てた状態から躱せるのさ」
「ラヴっちのムービング鬼速だしメチャ当てらんなかった!」
「ふ、二人、盾に取られて、魔法、撃てなかった……」
互いに褒め称え、お返しをするように次々とラヴの良いところを言っていく。
そこにはラヴが四人対策で取り入れた戦法も入っていて、それが実際に危なかったと言われると、少し照れくささもある。
「隊長。……ちょっと、お風呂入ってきて、良いですか?」
「お前……。分かった。今日の授業はここまでにしよう。俺もこいつらの面倒見ないといかんしな」
「ありがとう、ございます」
「帰ったら反省文が待ってるからな」
そう言ってラヴたち五人は旧舎にある温泉に向かう。
その間。ラヴは四人に合わせて楽しげに会話をしていたが、どこかぎこちなさがあった。
それには四人も気付いていただろう。
だから、温泉に浸かると、誰からともなくラヴに聞く。
「ラヴ、さっきから、どうしたの?」
「え?」
「やっぱりどこか痛むんですの?」
「ま、まさか最後の魔法で!?」
「ほ、保健室……」
口々に心配する彼女たちに、ラヴは不意に後ろめたさを感じ始める。
そして胸の内から、じんわりと温かいものが溢れ出し――
「う、うぅ……」
「ラヴ!?」
意識したら止まらなくなった。
唇を強く噛みしめる。完璧であると言うプライドが、みっともない姿を見せたくないと言う羞恥心が、必死に涙を抑えようとした。
「悔しい……悔しい……」
ラヴの達成すべき目標は、あの状態へ持ち込まれる前に敵を制圧すること。
圧倒的な肉体を持つが故の慢心で、最初から全力は出していなかった。
もちろん本気では戦っていたが、死に物狂いとは到底言えない。自分が教える立場なのだという優越感から、無意識に彼女らを見下していたのだ。
魔法があれば勝てた。魔眼を使えば戦闘にすら陥らない。
それは確かにそうだ。しかし、そんな言い訳を頭のどこかで考えている自分自身が一番恥ずかしい。
「ごめ、ん、なさい……きっと私、どこかで、皆のこと、見下してた……」
「ラヴ……」
前世と比べると、この世界は後進国も良いところだ。
未開の地と呼ばれてもおかしくない文明レベルで、さらに自分は完璧な力も手に入れた。
この世の住人を見下すなという方が無理な話だ。
そしてそれは、きっと今後も考えてしまう。
前の世界だったらできただろうと。
私だったらできただろうと。
「ごめん、なさいっ……ごめん、なさいっ……」
「っ! ラヴさん……!」
ローラがラヴに抱きついた。
見ると彼女も瞳に大きな雫を溜め、肩を震わせている。
「絶対っ、追いつく!」
「そうですわよ! 追いついて、追い越すんですもの!」
「ラヴっち! BIG LOVE……!」
「あはは。ま、五人組の円陣ってことで」
皆でラヴを囲み、抱き合った。
絶対離さない。これ以上、絶対先に行かせない。そう心に決めて。
「目指せ! 個人で打倒ラヴ! ですわ!」
「それ……本人の前で言うの?」
「五人揃って第一部隊入りより難しいだろうねぇ」
「俄然ガチ気出るし」
「遠距離、なら……負けない……」
抱き合って、温め合って、いつしか涙は涸れていた。
前世の人間たちは凄い凄いと褒められるだけで、誰もラヴの隣には立とうとしなかった。
今世の魔人たちも、きっと同じだろうと諦めていた。
しかし、彼女たちは違う。
ラヴを追い越す。ラヴを倒すと約束してくれた。
ようやく、ようやく、敗北を味わった。
苦しかった。悲しかった。怖かった。けれど、それ以上に、嬉しかった。
ラヴは願う。
どうか、私を超えてくれるようにと。
ラヴは願う。
どうか、私に殺されないでおくれと。




