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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第二章 軍学校と吸血鬼・前期
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奴隷、そして邂逅

 ヨハネスが立ち上がると、つられてラヴたちも立ち上がった。


 机に欠けてあった杖を手に取り床をコツコツと二回叩く。

 すると目の前に漆黒の影が浮かび上がり、ちょうど大人一人が通れるくらいの大きさで膨張が止まった。


「ゲート……!」

「ゲート?」

「……対象を瞬時に別空間に転移させる魔法だ。滅多にお目にかかれるものじゃないぞ」

「へぇー」


 確かに瞬間移動なんてものが安易に使えてしまえば公共交通機関の存在意義がなくなってしまう。

 それにきっと分からないけど難しい魔法なんだろう。知らないけど。


「さあ、行きましょうか。ラヴくん、お手をどうぞ」

「ありがとうございます」


 ヨハネスに手を引かれ、不安ながらもゲートを潜る。

 ゲートに入る際、一瞬だけ押し返されるような感覚が伝わるが、それもすぐに消えてなくなり進んでいく。


 そして最後に足まで入った直後――ラヴは薄暗い小屋の中にいた。


「飲み会をするのでしたらあまり時間がありません。手短に済ませましょう」


 そう言って渡されたのは漆黒のローブ。

 言わずもがなこれを着ろと言うことだろう。


 二人が着替え終わると小屋の扉を開け、新月の夜道をエスコートされる。


「今日が月のない日で良かった。あまり見られない方が良いでしょう」


 そう言って連れてこられたのは大きな建物。

 入り口の上にはルイスの仲介所と書かれた大きな看板が構えており、仲介所って何だろうと思いながらも入店する。


「へいらっしゃ――旦那ァ!」

「ご無沙汰ですね。ルイス。さっそくですが、例のオーダーは整っていますか?」

「へい! 特急で承りやしたんで! いつでもご覧頂けます!」


 ルイスとやらに促されて客室へと足を運ぶ。


 随分横に広い部屋だ。

 中は薄暗く、片面は硝子張り、それ以外は真っ黒に塗りつぶされ、唯一色があるのは数人掛けのできる大きな赤いソファー。


 硝子の向こうにはこちらと同じような広さの部屋があるが、対照的に目がくらむほど明るい。

 反射光でこれなのだから、直接光では凄まじい光なのだろう。


「おーい、持ってこい!」

『へーい!』


 ルイスが合図を出すと、向かいの部屋の扉が開く。

 するとずらずらと、全裸の女性が一人、二人、三人――何列にもなって入ってきた。


「えぇと、オーダーは初物幼若人間雌でやしたね。食用と伺ってたんで、技術の面は抜きにして筋肉質から肥満質まで集めやした。如何です?」

「ラヴ、どうでしょうか」

「……見ても?」

「どうぞどうぞ、あっ、お足元にはお気を付けくだせえ。一応、危ないんで白ラインから前には出んでくだせえよ」


 先ほどから妙に気になる少女がいる。

 後列で力なく項垂れている少女。しかし彼女からは異様なほどの殺気と魔力と、誰よりも甘い匂いが放たれていた。


 まるで甘い香りを放つ食虫植物だ。

 鼻の奥がつんざく、やみつきになる香り。その匂いを嗅いでしまったら、きっと抗えずには――


「あっ、お客様! それ以上は!」


 ルイスの制止が入るが、一歩遅かった。


『穿てぇェェッッ!! ホーリーライトニングッッ!!!』

「なっ、神聖魔法!?」


 少女が血を吐きながら放ったその魔法は、吸血鬼に致命傷を負わせる特別な魔法。


 神聖魔法は普通の魔人や人間に放ったところで大した威力にはならない。

 しかし吸血鬼や悪魔と言った闇の住人にのみ莫大な効力を発揮し、上級ともなればそれこそ不老不死の理さえも覆すほどの効果すら及ぼす。


「逃げ――」


 間に合わない。

 ノーマンが咄嗟に割り込もうとするが、確実に間に合う距離ではない。


 一瞬にして脳裏に後悔と想い出が浮かび上がる。

 この一年寝食を共にし、稽古を付け、弟子のように扱ってきたラヴ。それがこんな形で失われると思うと、今もなお飲み屋で待っている彼らに合わせる顔がない。


 刹那、ラヴは神聖魔法に飲み込まれた――








「あはっ――」

「な……にが……」


 飲み込まれたはずのラヴが嗤っている。


 恍惚とした笑みを以て、弱者を嬲る目を以て、獲物を狩る牙を以て。


「もったいなぁい」


 その言葉が耳に届いたその時には、もうラヴは目の前から消えていた。


「んんっ!?」

「じゅるっ……じゅるるるっ……」


 少女の首を持って、口から湧き出る血を啜る。

 じゅるじゅると、ぺろぺろと、執拗に舌を絡ませ、残り香の一つも残さないほどに。


「あはっ、もう出ないの? な、らぁ……」

「んんっー!? ガボッ!?」


 グサリ。

 長く伸びたラヴの爪が、少女の胸に突き刺さる。


 肺を貫き、食道を切ったその爪は、そのまま背中にまで到達していた。

 そして一気に引き抜くと、少女の口からは更なる吐血が溢れ出る。


「んくっ、んくっ、んくっ……ぷぁっ……」

「ア、ア、ア……」


 地に足も付けず、ビクビクと痙攣するだけとなった少女に、ラヴはさらに口付けをする。


 舌を絡ませ、唾液を飲ます。

 するといつしかポーションをかけられた彼らのように、身体から蒸気が溢れ出て、みるみるうちに少女の身体が修復されていく。


「こ、これは……」

「そんな……まさか……イザベラ……」


 幸いにも、ヨハネスのその声は誰の耳にも届かなかった。


 この場にいて唯一良いことがあったとすれば、それは神聖魔法が放たれた時点でルイスが驚き気絶していたことくらいだろう。


 ノーマンもヨハネスも、目を見開いてただその光景を眺めていることしかできなかった。


「ごちそうさま」

「…………」


 ドサリと床に捨てられた少女はビクビクと痙攣したまま反応がない。

 周りの奴隷も一様に気絶したままだ。


「校長先生。私、これがいいです」

「一先ず……ルイスを起こしましょうか」


 一部始終を見ていたヨハネスは、数百年ぶりに冷や汗をかいていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] イザベラさん。 誰だろうか きっとこの先出てくるんだろうな。 ワクワクしてきた!
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