王都、そして面接
紫の森を抜けると、そこには広大な荒れ地が広がっていた。
「あ゛―、ようやぐづいだー……」
「まだこっから十キロはあるがな」
「あ゛―……」
とても年頃の乙女とは思えない溜め息をつくメルラ。
しかし今日中に着いて貰わないとラヴは非常に困ってしまう。
「ほら、夜明けまであと六時間もないぞ。飲み会するんだろ。キビキビ歩け」
「はひぃー」
太陽光を苦手とする夜行性種族は数多くいるが、その中でも類を見ないほどの致命傷を負いかねないのがラヴ――吸血鬼だ。
それはもう衣服でどうにか出来るレベルではなく、太陽光で温められた大気を吸うだけで肺が焼き焦げるかのような激痛を感じる。
そのため睡眠の際は太陽光の熱が届かないほど深い地中で過ごすか、熱を遮断し空気を通さないような密閉空間で寝なければ、目を閉じたらそのままお陀仏になっていることもあり得てしまう。
そこで入隊時に貰ったプレゼント。安眠棺桶だ。
外は鋼鉄、中は木造。間は魔法瓶のような仕組みなのか、熱が殆ど伝わらず、空気が漏れない、頑丈と言った三拍子。
欠点として常人じゃ開けられないくらい扉が堅いのと、常人じゃ持ち上げられないくらい重量があることなのだが、どちらもラヴにとっては些細なことだ。
使い心地は快適の一言に尽き、吸血鬼の性か暗くて狭いところが妙に落ち着くのだ。
「もうすぐ研修も終わりですね」
「そうだな」
彼ら魔王軍候補生第一部隊と旅を続けて十ヶ月が経とうとしていた。
第一部隊とは様々な場所を旅した。
山中で迷い、盗賊に襲われ、雪山で遭難し、雨で力が出ず、魔法は暴発し、川は怖くて一人じゃ渡れず、日の出前には必ず寝る。
食肉衝動が抑えられず暴漢の腕を食い千切り、ワイバーンの尻尾にかじりついたときは隊長がガチギレした。全部懐かしい想い出だ。
「ほんと、お前を連れてきたのを何度後悔したか」
「でも私がいて助かったこともありましたよね」
土石流で塞がれた道を一発で吹き飛ばし、間に合いそうにないときは皆を簡易的な橇に乗せて全力疾走したり、半日友だち――もとい魔眼の力で行く先々の事件を解決したりして、第一部隊は地方で有名な部隊となっていた。
「いやお前の恩恵より苦労の方がでかいから」
そんな軽口を叩きつつ、最後の行軍をしていると、ついに城門前へと辿り着く。
近くには疲れ果てたのか、何部隊もの隊員が地面に突っ伏しており、その光景はまるで戦後の戦場だ。
「ほらな、普段から馬車を使ってるとああなるんだ」
「ほ、ほんとですね……」
昔歩き疲れたバートが尋ねた。どうして馬車を使わないんですかと。
その理由は至って簡単。乗り物を使った旅などただの旅行で訓練ではないからだ。
戦地へ赴く際は余程の重鎮じゃない限り徒歩だし、戦場に着いてからは重鎮だって歩いて作戦行動に移る。
戦場で歩けないから降参しますと言っても、人間は容赦しない。
本物の戦場を知っているからこその考えだった。
「さて、とっとと中へ入るぞ」
「はい!」
だらしなく項垂れている者の隣を悠々と歩いていると、何とも言いがたい優越感に浸れる。それだけで今まで苦労した回があったと思えるのは単純だが良いことだろう。
「おーう、第一部隊だ」
「うわ出た」
例の第一部隊だと門兵たちがざわめき出す。
ワイバーンの尻尾を食べようとした部隊なんて空前絶後にも程がある。それに加えて色々問題を起こす部隊と言う噂が広まっており、同時にそれ以上の功績を残している部隊としても噂が流れているらしい。
当然全ての物流が集う王都にもその噂は広まっていて、尾びれが付いてさらに面白おかしく伝わっているようだ。
「……今後のキャリア、大丈夫かなぁ」
それは切実な願いだった。
若気の至りは就職後にも響く場合がある。
それはどの世界でも同じようだ。
「まあ、どうにでもなるさ。ほら軍学校へ行くぞ」
都の中央から少し逸れた先。
魔王城のお膝元に、その学校はあった。
煉瓦仕立ての洋館が立ち並ぶ大きな敷地。
中学校の修学旅行で行った江田島の幹部候補生学校を彷彿させる建築物だ。どの世界も軍の学校とはああいったデザインなのだろうか。
「失礼します」
「これはこれはノーマン先生。帰っていらしたのですか」
「校長。ご無沙汰しております」
校長室へ入り、促されるまま腰掛ける。
校長への挨拶は候補生の通過儀礼のようなものらしく、毎年必ず校長自ら学生たちと対面し、成長のほどを見守っているのだとか。
「メルラくん。君は以前、軍学校では張り合える者がいないと言っていましたね。今でもその気持ちは変わりませんか?」
「いいえ! 私、外の広い世界を知りました! 私以上に強い人や頭のいい人、巧みな技術を持つ人、それに成長する人……そんな人たちが世界にはたくさん、たくさんいて、まだまだ切磋琢磨できると感じました!」
「貴女には確かに天賦の才がある。しかし、戦火に見舞われたとき、それだけでは生きてはいけません。これからもその心を忘れずに、仲間を思い、さらに自分を磨きなさい」
「はい!!」
一人一人の個性や特徴を捉え、過去に会話した記憶も一言一句覚えている。
候補生の至らぬ所を優しく指摘し正しき結果へと導く。まさに教師の鑑とも言える姿に、彼らは感涙の雫を零す。
全員の話を一通り聞くと、校長の前に五つの契約書が現れた。
そこには卒業証書と大きく書かれ、校長が一人ずつ、丁寧に名前を書いていく。
最後に角印を押し、候補生それぞれに手渡しをする。
「これで晴れて魔王軍士官候補生学校を卒業となります。本科一年、研修一年、本当にお疲れ様でした。士官らの行く道に、紅月の導があらんことを」
一同起立し、敬礼する。
それを以て彼らの二年間に及ぶ士官教育は幕を閉じた。
「ラヴくん、ノーマン先生。この際ですので、入学の手続きもここで済ませてしまいましょう」
一行が退室しようと扉を開けると、校長がそんな提案を持ちかけた。
今にしろ後にしろ入学手続きの書類には校長のサインが必要だ。面倒を省くためにも断る理由は無いだろう。
「んじゃ、先に飲み屋の席取ってますねー」
「あぁ、よろしく頼む」
メルラたちが外に出て、話し声が完全に聞こえなくなったところを見計らい、校長がラヴに語りかける。
「改めて、魔王軍士官候補生学校、通称軍学校の校長を務めているヨハネスです。これからよろしくお願いしますね」
「魔王軍士官候補生第一部隊にて候補生見習いとして従軍しておりました、ラヴと申します。至らぬ点も多々ありますが、以後、何卒ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
ヨハネスの目が微かに動く。
今まで何十万という候補生を送り出してきたが、ここまで礼儀正しい子は貴族の中にもそういなかった。
むしろ貴族の子は最初からある程度教育を受けているため、ヨハネスの正体も知っていることが多く、逆に緊張で上手く言葉が紡げないこともしばしばある。
「良くできた子だ。先生が教えたのですか?」
「いえ、こいつは最初から身につけていました」
「そうですか。その処世術は卒業後大いに役に立つでしょう。これからも大切にしなさい」
ラヴも人の子だ。
褒められたら嬉しいし、認められたら頑張りたくもなる。
生徒をその気にさせること。
それが教育への最短ルートなのかもしれない。
「さて、実は貴女の素性はある程度ノーマン先生から報告を受けているのです。だから面接は今のだけで十分。それより今日はお買い物に付き合って貰えますか」
「お買い物、ですか」
貴女は吸血鬼だ。
ヨハネスの話はその言葉から始まった。
吸血鬼は生命の生き血を吸う。
吸われた相手は否応なく脱力し、量によっては生死に関わる。
それは血液量といった問題ではなく、言葉通り相手の命を吸っているからだ。
相手が強靱な精神と肉体を兼ね備えているのなら日常的に吸っても影響は出ないかもしれない。
しかし、精神が欠けているとその快楽に依存し、肉体が欠けていると命を落とす。
「ではメルラは……」
「安心しなさい。彼女はサキュバスとのハーフでね。精神的支配には強い抵抗を持っているのです」
「……初耳です」
混血だというのは知っていた。
酒の席になると大抵は酔っ払って口走るからだ。
書類上、彼女の種族はベルフェゴールということになっている。
しかしヨハネスは長く生きた分、魔力で相手の種族を見極めるくらいはでき、彼女には紛れもなくベルフェゴールとサキュバスの魔力が流れている。
しかし古の悪魔は混血を嫌う。
隠せているかはともかくとして――本人が隠すのも無理のない話だった。
「しかしこのまま彼女にばかり負担を強いるわけにはいかないでしょう。そこで……」
奴隷を買いに行きましょう――
その言葉に、ラヴは今までにないほどときめいた。




