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58:土守の里

二日連続更新です。この辺ちょっと書き溜めた。

 大岩が視界に入ってから、一夜を越して数時間。すっかり見上げられるまで近付いた大岩の背に、真っ赤な朝日が眩しく光る。


 辺りには神代の頃の遺跡であろう建物がちらほらと見え始め、だんだんと目的地に近付いているのだという実感が湧く。


 隆起した岩をくり抜いて作ったようなもので、遺跡、という割には小綺麗にも見える。ドアや窓もない原始的な建物ではあるが、雨露を凌ぐくらいの生活は出来そうである。


 目に入るその遺跡群をぼんやりと見ていると、何だか懐かしいような、不思議な気分になってくる。神樹様の上にあった遺跡とどこか似た雰囲気があるから、そういう所で懐かしく思っているのかもしれない。


 遺跡の間を歩き続けて、日がようやく高く昇りはじめたという頃に、俺たちは大岩の足元に辿り着いた。


 見上げる岩は、それこそ下手な高層ビルより高く、圧倒的な存在感を放っている。はー、ともあー、ともつかないため息を吐きながら見上げていると、ヴィスベルがふっと笑った声が聞こえる。そちらを向くと、ヴィスベルと目が合う。


「どうかしました?」


 何かじっと見られているような気がして聞くと、ヴィスベルは「いや、何でもない」と小さく首を振る。まぁ、本人が何もないというのならそうなんだろうが……。何かはぐらかされたような気もするが、ヴィスベルが言わなくていいと思ったのなら、別に大した事でもないんだろう。


「さて、まずは族長さんに挨拶に行かないとね。大神から加護を授かるにも、しばらくここに滞在することになるだろうし」


 ヴィスベルの言葉に、カウルが大きく頷いた。


「そうだな。ミラ、族長の家とかって分かるか?ここに来たことあるんだよな?」


「うん、分かるよ。こっち!」


 ミラはとびきりの笑みで頷いて、一方向を指差す。その指先は、天高く聳える大岩に向けられていた。



 これまで見かけた遺跡と同じ感じがする建物が並ぶ中を、まっすぐ大岩に向けて歩く。遺跡を再利用しているのか、ほかの遺跡と同じ時代からずっと住み続けているのか。ともかく、見かけた家々には、確かな人の生活の気配、息遣いとでも言おうか。そういうものが感じられる。


 もうじき昼に差し掛かろうという時間だからか、人通りはさほど多くはない。それでも、何か良いことでもあったのか、道中すれ違う住民たちは皆、一様にどこか浮ついた様子で、大岩に向けて歩くよそ者の俺たちには目もくれず、それぞれ何やら思い思いの場所に向かっているらしかった。


「何だか雰囲気のいい所ですね。すぐ近くの街は病魔に襲われてたのに」


 マルバスとの温度差に、何だか違和感。歩いて一日二日かかる距離とはいえ。いや、だからこそ、というべきか。いくら何でも明る過ぎる。そんな疑問に答えてくれたのはミラだった。


「ここ、ツチモリのサトは外とあんまり交流がないんだって。フカンショーチ?ってミカヅキと、レクターおじさんは言ってたよ。たまに貴族の人がお参りにくる以外は人が来ないんだって」


 フカンショーチ……。不干渉地、だろうか。何やら根深い理由がありそうだ。


「まぁ、結構歩くものね。馬車も元々あまり通ってないみたいだし……。舗装された道が全然なかったもの」


 道中の様子を思い出してか、フレアが言う。確かに、マルバスからここまでの道は、ほぼ荒野を突っ切るようなものだった。道らしきもの、といっても殆ど獣道のようなものだったが、とても馬車が定期的に通っているようには思えない。そう思っていると、「俺もあまり詳しくはないが」とカウルが口を開いた。


「聞いた話だと、何でも数代前の魔導王……この国の王だが、その魔導王が、この地に住む、土の大神に仕える民……土守の民と言ったか。詳しくは省くが、彼らと揉めて、以降『互いに尊重し合いながら適切な距離感で』付き合うことになった、らしいな」


「うわぁ、いかにもお役人様が好きそうな言葉」


 思わず、そんな感想。何があったかは知らないが、それで合点がいった。要するに、お互い痛いところには触りたくないということなんだろう。その結果が隣人の異常にも気付けない付き合い、というのは少し寂しい気もするけれど。


「適切な距離感、ていうのが最寄りの街の異変にも気付けないほど村八分っていうのは何だか寂しいですね」


「まぁ、な。しかし、神代なんてとっくの昔で今は人の世だ。神との接点なんざ、案外そんなもんでいいのかもしれん」


 カウルの言葉に、少し詰まる。(ミカエラ)は、ずっと神樹様で暮らしてきたし、神と共に在ることに違和感もなかった。だが、神なんて存在しない生活を知る(ミカヅキ)の記憶もある今、カウルの言葉に納得できる自分もいる。


「……生まれてこの方神火の里で……火の大神の膝下で育った私からすると、ちょっと寂しいわね」


 感傷に浸っていると、フレアのそんな声。そういえば、フレアも聖地育ちだったな。「ですねぇ」と。俺はフレアの言葉に頷いた。


「まぁ、ウチもあんまり外との接点なかったので何も言えないんですけど」


 神樹様でのよその人との関わりと言えば、たまに生活必需品を買いに行くくらいなもので、神樹様の上で暮らす分には本当に誰も来ない。実際、ミカエラだってヴィスベル達とビアンカ婆さんの他に神樹様の外から来た人というのを知らないのだ。


 確か、ミカエラの曽祖父に外の人だった人がいたと思うが……残念ながら、ミカエラが生まれる頃には亡くなっていたので面識はない。アンリエッタの物心が付く頃にはギリギリ生きていたという話だが……。


「言われてみれば、神火の里も外から人が来るのって年に数回程度だったわね……。ほら、火山は立ち入り禁止になってから一気に人の足が遠のいたそうだから」


 ティンデル火山の盛衰は、カウルからも何回か聞いた話である。実際俺たちが行った時も、近くの街で行き先を告げた時に珍客呼ばわりされたっけ。あの時は、別になんとも思わなかったけど。


「確かに、僕の生まれ育った場所も光の大神の聖地だったけど……結構、人の行き来は少なかったっけ」


「……案外、どこの聖地もこんなものなのかも知れませんね」


 カウルが言った通り、今は人の時代で。神様っていうのは、どんどん影響が少なくなっているのかもしれない。ヴィスベルの情報も併せて、そんなことを考える。


 そうこうするうちに、俺たちは大岩の根本……からほど近い位置にある、大きな岩壁の前に辿り着いた。砦のように聳える壁は、大岩から見れば爪先ほどしかないが、近くで見ると見上げて首が痛くなりそうな高さを誇っている。


 ——これが、アニムス・アルスの岩砦。本来土の聖地とされるのは、この内側のみだが……。なに、旧き時代の老人の戯れ言と言ってくれて構わんよ。


 頭の中に、小さなノイズ。それと同時に、どこか体の奥の方で、締め付けられるような感覚。知らない誰かの見た景色が、ふっとフラッシュバックする。丁度、ここで。俺の隣には、全身を隠すローブの小さな人影。そして、眼前には顔の見えない黒い衣の——


「これが、アニムス・アルスの岩砦。昔は、土の聖地っていうとこの内側だけだったんだって!」


 ミラの元気な声に、意識が現実に引き戻される。


 ——今のは何だ。懐かしいような、苦しいような。それでいて、どこか楽しかったような、あの……


 ——それより、今は皆を追いかけないと!皆、もう砦の中だよ!


 ハッと気付いた時には、ヴィスベル達が、砦に大きく開いた亀裂のような通路に足を踏み入れている所だった。亀裂といっても、全体から見れば亀裂に見えるだけで、実際には人が数人横並びで大手を振ってもぶつからないくらいの広さはある。そんな広い道を、四、五メートルほども進むと、そこはもう砦の内側。眼前には、高く聳えるグランドカノンの大岩。その手前には日の光を反射して輝く泉が広がっており、陸地から大岩に向け、その泉を縦断する石橋が見える。砦は、大岩の端から伸びてぐるりと周囲を囲っているらしく、砦の中から見回した景色は岩壁と岩と、そして意外にも生い茂った緑の草々だった。


 よく見ると、草原の先には何かの畑らしいスペースも広がっていて、これがこんな荒野のど真ん中にぽつんとあるのは意外というか何というか。実に意外である。これだけ豊かな土地があるなら、それこそ外との繋がりはなくても生活する分にはいいのかもしれない。


 ミラの後に続いて、石橋の近くに建つ大きな建物に向かう。その建物は、これまでに見た辺りの遺跡とは少し違っている。大きな一本の石柱、とでも言おうか。もちろん、その奥に聳える大岩と比べればいくらか見劣りはする。だが、立派な風車小屋くらいの高さがある石柱は、もはや塔と言っても差し支えない威容を示している。ヴィスベルが塔の入り口にある木の扉に取り付けられた金具をトントンと鳴らすと、少しして中から「はぁい」と気の良さそうな声がして、扉が開く。


「あらあら、旅の方?」


 中から出てきたのは、ほっそりとした、柔和な顔付きの女性である。二十代に差し掛かっているかどうか、というくらいに見える。この世界では少し珍しい黒目黒髪で、おっとりした垂れ目の右下には泣き黒子。白いシャツと若草色のエプロンドレスという村娘風の服に身を包んだ、「綺麗」と表現されそうな女性の登場に、男性陣が小さく息を呑んだのがわかる。俺が一番近くにいたカウルのスネに蹴りを入れると、小さくカウルの呻き声。スネの蹴り方は順調に上達しているらしい。丁度隣では、ヴィスベルがフレアに尻を抓られているのが目に入る。


「っ、はい。旅の者です。ええと、しばらく滞在や……大神に用があるので、族長様とお話しできればと思うのですが……」


「まぁ、そうでしたの!」


 女性は、小さく手を叩いてにこりと笑った。同性ながら——中身は違うが——俺も、少しどきりとしてしまう。素朴な感じというかなんというか、所作がいちいち可愛らしい感じがする。女性は服の裾を軽く摘んで小さなお辞儀をした。


「私、族長トマの娘でキーニと申します。大神様に御用、ということは…… 。光の御子の縁者の方かしら?」


 にこにこと笑ったままで言う女性、キーニの言葉に、俺は少し驚いた。いや、そういえば、フレアもヴィスベルを一目見て気付いていたような。確か、神樹様でも、アンリエッタとクリスは気付いてたっけ。俺は全く気付かなかったが……。大神の加護がある今なら、意識さえすればヴィスベルが他の人とちょっと違う感じは分かるから、これも大神の加護のなせる事なんだろうか。


「ええ、よく分りましたね」


「あら、本当にそうだったんですか?いやだ、ただの当てずっぽうでしたのに」


 微かに驚いた風に目を見開いて、キーニが言う。当てずっぽう、の割には結構な確信を持って言った風に聞こえたのだが。そんな事を考えながらキーニの顔を見ていると、彼女はくすりと笑って手を振った。先程と変わらない可愛らしい所作。しかし、先ほどまでの素朴な感じは鳴りを潜め、どこかアステラに似た知的な雰囲気を感じる。


「僕はヴィスベル。当代の、光の御子だ。こっちは仲間の……」


 ヴィスベルの言葉の後に、真っ先に言葉を繋げたのはフレアだった。


「フレアよ。神火の担い手の一人として、仲間として、ヴィスの旅に同行してるわ」


 フレアは半端前に出てよろしく、と握手を求めて自分の手を差し出す。キーニは「どうも」と小さく返して、出された手を優しく包み込む。続いて、キーニの視線がカウルに向いた。


「あー、俺はカウルだ。まぁ、多少経験豊富なんで、旅の引率みたいなもんだな」


 引率。まぁ、確かにそうか。実際、カウルの冒険講座がなかったら厳しい旅程になったような気がしないでもないし、カウルから学んだ知識は雑学実学問わず多い。続いて、キーニの視線が俺に向く。すっかり部外者のつもりでいたけど、確かにこの流れだと俺も自己紹介しなきゃだよね。


「ミカエラです。えーと……」


 と、自己紹介を始めたはいいものの。何を言えば良いんだろう。ヴィスベルやフレアのような肩書きもなければ、カウルが言ったみたいな明確な役割も何だか思い付かない。いや、だってみんな怪我しないから回復魔法の出番もないし、攻撃に参加しても手際の良さで皆に負けてるし……。雑用?俺もしかしてニートやってる?


「……回復役やってます」


 散々悩んだ挙句それだけ答える。このパーティーでの自分の役割とか、もう少し考えた方がいいのかもしれない。そんな風に思っていると、とん、と背中に小さな衝撃。ちょっと慣れてきたこの感触は、きっとミラが人見知りを発揮して俺の背中に隠れようとした感触に違いない。そんな俺の仮説を裏付けるように、背後からおどおどした声が聞こえてくる。


「えっと、ミラ、です。その、はい。ミラです」


 言い終えると、ミラが完全に俺の後ろに隠れようとしたらしく、頭の後ろあたりに頭が押しつけられる感覚。体格的に俺の方が小さいから、きっとうまく隠れられてはいないんだろうなぁ、とぼんやり思う。キーニは何かを察したのか、生暖かい目で俺と、背後のミラを見る。かわいいでしょ、この生き物。これ、俺の仲間なんすよ。まぁ、そんなこと突然言い出したらただの変な人なので言わないが。


「中で父が……族長が待っていますから、案内しますね。どうぞ、お入りください」


 そのキーニの招きに誘われるまま、俺達は石塔の中に足を踏み入れた。

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