57:冒険再開
前回の更新から4カ月って?うーそーだー……。
光陰矢の如しとはよく言ったものです。ブクマしてくださった皆様には随分お待たせしました。またちまちま更新していきます。
マルバスの街を出て、俺たちはグランドカノンの大岩へと歩を進めていた。マルバスから大岩までは、一面の荒野である。
街の方まで心持ち踏み固められた道らしきものはあるが、それでもマルバスまでのしっかり舗装された道に比べれば歩きにくい。いや、大峡谷を抜けるのに比べたらまだマシではあるのだが。
「にしても、何でこう、聖地ってこんな僻地ばっか何ですかね?」
俺はこれまでなんとなく思っていた事を口にする。命の聖地であろう神樹様にしても、火の聖地のティンデル火山にしても、今回向かうグランドカノンの大岩にしても、おおよそ人の社会との関わりが妙に薄い僻地に偏っているような気がするのだ。普通に考えて、聖地なんていう霊験あらたかな土地、文化の中心になっていてもおかしくない。その疑問に答えたのは、意外にもカウルではなくヴィスベルだった。
「元々、大勢の人が住むには向いてないんだよ、聖地は」
「と、言いますと?」
「元々環境が過酷なんだ。それに、大神の力が色濃く残っている場所だから、人が手を加えてもすぐに元の状態に戻るっていうか……。大神の力に影響された環境過ぎて、人が過ごしやすい環境に変化させられないっていうか」
言われてみれば、神樹様周りの樹海にしても火山にしても、到底人が住むには難しい大自然のど真ん中過ぎる気はする。だが、それでも快適に過ごす方法がない訳ではないのだ。
「まぁ、それ以外にも歴史的な背景ってのも当然ある」
ようやくカウルが口を挟んできたので、俺とヴィスベルは揃ってカウルの顔を見た。先日倒れてから、毎晩のようにうなされて青い顔をしていたとは思えないくらいに快活とした表情だ。やはり、仲間は元気そうにしている方が嬉しい。
「神代の終わり、神々が姿を消した時のことだ。神々がいなくなったことで、人々は神々の住処に拘らなくてよくなった。
神代では神と人は共にあるもの、神無くして人は存在できないというくらいには人と神の距離が近かったからな。いなくなった神々に対する畏敬と、これまで神々が存在するがために移動できなかった不満。
これが絡み合った結果、人は聖地から離れた場所に人の、人による、人のための集落を作り始めた。それまで神の存在しない田舎だった場所が、人のための集落の基盤になったって事だな。
それで、聖地に住むのが避けられ始めて、今では当時の集落の中でも人が集まりやすかったり、移動しやすい場所に大都市や国の中心が作られるようになったのさ。今じゃ聖地は、その土地に住み続けてる人間か、そうじゃなきゃ敬虔な信仰者かしきたりに厳しい貴族でもなきゃ寄り付かん田舎になっちまったって訳だ」
へぇ、そんな背景があったのか。通りで、命の女神の聖地である神樹様にも誰も来ない訳だ。
「今向かってるグランドカノンの大岩の周りは、神代の頃の遺跡がいっぱい残ってるんだよ。岩のふもとで暮らしてる人たちも、残ってる遺跡とかに住んでるんだって!意外に綺麗に残ってるから、言われなきゃ遺跡だなんて思わないけど……」
「へぇ?それはちょっと楽しみですね」
神代の頃から残る遺跡、と聞いて思い浮かぶのは、神樹様の上にあった祠だ。ミカエラとしてはもはや見慣れたものでしかなかったけれど、ミカヅキとしての感性を思い出した今、遺跡とか祠とか聞くとロマンに胸が躍る。なんていうか、そういうのってカッコいいよね。
「あ、あとねぇ、フルーツがたくさんあって、しかもどれも美味しいんだぁ」
フルーツ。その言葉を耳にした瞬間、退屈そうに欠伸をしていたフレアの耳がぴくりと動く。
「ふぅん、フルーツがあるのね。ちなみに、どんなフルーツがあるのかしら?」
あくまで興味なさげに。しかしがっつりと話題に食いついたフレア。そのあからさまな態度に、思わず笑ってしまう。
「えっとねぇ、ロックグレフ……とっても甘い、硬い殻の小さい実が寄り集まった果物とか、綺麗な緑色の甘酸っぱい果実とか、美味しいジュースになる岩に生ってる果実とか色々だよ!」
「結構種類があるんだね?」
意外にも多いラインナップに、少し驚く。周囲はどんどん岩が多くなっていて、とても植物が豊富に育つ環境には思えない。その驚きに応えたのは、当然というか、いつも通りにカウルだった。
「土の大神、特に女神アニマ・フェテリは豊穣を司る神だ。そのお膝元ともなれば、それなりに肥沃な土地なんだろうさ。シルヴィアの所の、そこ出身のメイドの話じゃあ、岩石地帯の中心にある割には農業も盛んで、物流がなくてもなんとか生活できるくらいの収穫はあるそうだ」
「シルヴィアさんの家にそんな人がいたんですね」
「まぁ、アイツは物好きというか、ふらっと迷い込んで来た行く当てのない奴を拾っちまう所があるからな。そういう所もイイんだが……」
顎を撫でながら言い始めたカウルに、俺は話の流れが良くない方向に進み始めたことを悟る。いや、よくない、というか。俺の中の私が、神樹様で散々体験した流れだと警鐘を鳴らす。この話はここで止めるべきだ。俺は半分遠いところを見始めたカウルの腰あたりを肘で突いて(身長的にそこにしか届かなかった)、カウルの意識をこちら側に戻そうと試みる。
「はい、ノロケ話禁止ー」
「べ、別にノロケてねぇぞ!?」
「いーえ、あの流れは絶対ノロケ話に繋がるパターンだよ。うちのお父さんがそんなだったから分かるもん。カウルさんて、絶対ノロケると長いタイプだと思うんですよね。だからダメです」
両手で大きくバツマークを作ってやれば、カウルが珍しくうっと詰まる。図星だったのだろう。少し気分がいい。しかし、カウルはそれでも尚、往生際悪く「ちょっとくらいいいじゃねぇか」と言い始めるので、俺は断固という姿勢を崩さず、追撃する。
「大体、この中の何人が恋愛未経験者だと思ってるんです?延々自分にはいない恋人の話を聞かされて、独り身の人間が耐えられるはずないでしょうに」
ねぇ、と隣を歩くフレアとミラ、そして先頭に立つヴィスベルに呼びかける。
——そういうあなたは、そう言う話はなかったの?
ふと、そんな内言が頭を過ぎった。まぁ、無いとは言わない。人並みに片思いくらいは経験した覚えがある。けれど、それと人のノロケ話を笑顔で聞けるかどうかは別というものである。そうでなくとも、今の状態でその手の話は難しいのに。
——ふぅん。へぇ、そうなんだ。
何か、意味深な声が心の中に浮かんだ気がした。
「あたしは、別に構わないけど……。シルヴィアさんの話、ちょっと興味あるかも……」
ちょっと参考になるかもだし、とフレア。その、フレアのぽそりとした呟きに、意識が現実に戻される。いや、何の参考になるんだよ。
フレアの顔を見上げると、どこか少し顔を顔を赤らめながら、短い髪をいじっているのが見える。中々見えることのない、フレアの乙女乙女した雰囲気に、ガツンと頭を殴られるような衝撃。え、待って。これってそんな反応になる話なの?
「ミラ、ミラは別に興味ありませんよね?」
「え?わ、私は……。う、うん!全然キョーミないよ!ちょっとくらいしか……」
顔を赤らめるミラ。興味津々なのは明らかだった。
「ぐぬぬぬ……。ヴィスベルさん!ヴィスベルさんはどうなんです!?」
こうなるとヴィスベルだけが頼りだ。俺は藁にも縋る思いでヴィスベルに目をやる。目が合ったヴィスベルは、少し何かを考える風に目を泳がせて、やがて「あっ」とわざとらしい声を上げる。
「ほら、皆!あれを見て!」
「何を古典的な誤魔化し方を……って、あれ、本当に何かある……?」
ヴィスベルが指差した先に見えたのは、高く聳える塔のようなもの。よくよく目を凝らしてみると、それは人為的に作られたものではなくて、巨大な隆起した岩だとわかる。雲を突かんと屹立する大岩からは、これだけ離れていても、どこか神秘的な、確かな力強さが感じられた。
この感覚には覚えがある。この、とても人の力が及ばないような気配は、間違いなく神の気配。大神の力。遂に、土の大神が統べる聖地へと足を踏み入れたのだ。
「見えてきたか。あれが——」
カウルの言葉を遮って、ミラが駆け出す。
「——あれが、グランドカノンの大岩だよ!土の大神に仕える一族、大地の守り手達が暮らす、土の大神の聖地!」
とびきりの笑顔で言うミラには、この地の楽しい思い出でもあるのかもしれない。俺は心底楽しそうに笑うミラに微笑みかけて、遠くの大岩に目をやった。
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