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エピソード5:だから、素直に仲直り。④

「ただいま戻ってきたっすー! ケッカさん、仙台と言えばこれっすよー!!」

「をを、やっと食べれる萩の月!」

 笑顔で戻ってきた里穂から両手に乗るサイズの箱を渡されたユカは、そこに書かれた銘菓の名前を確認して、思わず感嘆の声を上げた。

 萩の月。仙台のお土産といえばコレだろう、という、定番オブ定番のお菓子。

 ふんわりとしたカステラ生地の中に、たっぷりのカスタードクリーム。やわらかい黄色の外見をしているそれを、壊れないようにそっと持ち上げて一口かじると、トロトロのクリームが溢れだしてくる。当然のように美味しい。宮城県の県花がミヤギノハギであることにちなんで名付けられた、宮城を代表する一品だ。

 余談だが、萩の月のCMは、宮城出身の宝塚歌劇の女優さんがキリッとした笑顔でダンスを踊ったりしていたのだが……最近は県出身の他のタレントさんを起用したりして、割と普通になってしまった。あの謎ダンスCMがちょっと恋しい今日この頃。あと、萩の月を作っている菓匠三全のお菓子は、伊達絵巻とパイ倶楽部もオススメだよ!!(全て個人の感想です)


 ……それはさておき。

 箱から取り出して萩の月をかじるユカに、「レンジでちょっと温めても美味しいらしいっすよー」という豆知識を披露した里穂が、部屋の奥へ移動して政宗へも萩の月を手渡す。

「はい、政さんもどうぞー」

「ありがとう。さっきは里穂ちゃんにもみっともない姿を見せちゃったな」

 受け取って開封しつつ、里穂へ苦笑いを浮かべる政宗に……彼女はニヤニヤした眼差しを向けて言葉を返した。

「いえいえ、政さんは、ケッカさんのことが大好きですからねー。そりゃあ、やっと会えたケッカさんと喧嘩しちゃったら落ち込みますよ」

「んぐへっ!?」

 刹那、政宗が口の中に入れた萩の月(半分)を喉につまらせ、慌ててコーヒーで流し込む。

 慌てて周囲を確認するが、ユカと統治は少し離れた場所で話をしていたので、里穂の言葉は聞こえていなかったようだ。

 しかし……目の前の里穂(と、いつの間にか彼女の背後に浮かぶ分町ママ)が、「全部分かってるっすー♪」と言わんばかりのドヤ顔で政宗を見つめている。政宗はとっ散らかった口の中と思考を整理しつつ、何とか引きつった笑いを浮かべながら、必死で言葉を取り繕った。

「いや、あの、なん……り、里穂ちゃん、いきなり変なことを言わないでくれよ。確かにケッカと言い争いになって、自分の力の無さを痛感して落ち込んだりしたけど、でも、それはあくまでも……」

 政宗の言い訳を遮り、里穂は意地悪な笑みで言葉を挟む。

「えー? だって、私やジンにケッカさんのことを話してくれる政さん、すっごく嬉しそうっすよ。あー、これは惚れてるわーと、2人して生暖かい目で見つめているっす」

「現在進行形……いや、あのね里穂ちゃん、同期の活躍は嬉しいものだから、つい……」

「いやいやいや、あの喜び方はただの恋する乙女っすよ!? 写真があれば政さんに見て欲しいくらいっす!!」

 力説する里穂にウンウンと頷く分町ママ、政宗は無言で残りの萩の月を口に入れて飲み込み……一度、長い溜息をついた。

「……俺、そんなに嬉しそうだった?」

 彼の問いかけに、里穂は全力で首肯する。

「ええ、それはもう。だから私も、ケッカさんにお会いしてみたかったっす。政さんとうち兄を手玉に取る女性は、一体どんな人なんだろうって」

 そう言った里穂は、政宗の席からゴミを回収しつつ……チラリと横目でユカを見やり、小声で尋ねる。

「……告白、しないっすか?」

「はあっ!? こっ……!」

 刹那、政宗の声が部屋中に響いた。雑談をしていたユカと統治の視線が政宗に注がれる。

「こ……? 政宗、いきなりどげんしたとね?」

「佐藤、どうかしたのか?」

 キョトンとした表情の2人から察するに、先ほどの里穂の言葉は届かなかったようだ。

 背中を嫌な汗が流れる感覚に襲われながら、目を泳がせつつ、何とか必死に言葉を取り繕う政宗。

「へはっ!? あ、いや、何でもない! こ……今後に関するミーティングは10分後に始めるから、それまで各々の作業を続けてくれ!!」

 そう言って、パソコンで顔を隠すのが精一杯だった。ユカと統治は揃って訝しげな視線を向けていたが……「じゃあ、トイレにでも行ってこよー」と、ユカが部屋から退室。扉が閉まる音を確認した政宗が、安堵の息をつく。

 そんな様子を観察している里穂は、笑いを噛み殺すのに忙しそうだった。

「ふひひっ……お、面白いくらい分かりやすいっすね、政さん。私なんかに遊ばれちゃ……ぐふふ、ダメっすよ……ひひっ……」

 口の端から笑いを駄々漏れさせながら、里穂が非常に意地悪な表情を向ける。彼女の後ろにいる分町ママに至っては、笑いをこらえきれずに消えてしまうという始末だ。

 年上と年下に弄ばれている政宗は、引きつらせた顔で何とか笑顔を作る。泣きそうな顔に見えるのは、多分、気のせいではないだろう。

「里穂ちゃん……いきなり、変なことをぶっこまないでくれ。おじさんは純情で奥手だから、そういう耐性がないんだよ」

 2つ目の萩の月を頬張った里穂が、それを飲み込んで再び政宗を見やる。

「女子高生の大好物である恋バナを堂々とぶら下げてる政さんが悪いっす。んで、どうするっすか? まさか、うち兄と三角関係に発展しちゃうっすか!?」

「いや、それは……」

 ない。そう言いかけて、政宗は統治を見つめた。

 萩の月を食べながらキーボードを叩く横顔は、相変わらず、感情を悟らせないポーカーフェイス。

 統治とはそういう話をしたことがなかった。今までが忙しかったことも理由の1つだが、もしも、統治と自分がライバルになってしまったら、この関係が崩れるかもしれない……という、テンプレならばヒロインが悩みそうな悩みを、何となく感じていたから。

 そんな政宗の繊細な乙女心(?)に気付いていないのか、すべてを悟ってあえて気付かないフリをしているのか……恐らく後者だと思われる里穂は、すすすと統治に近づいた。

「ねぇねぇうち兄、ケッカさんのこと、どう思ってるっすか?」

「……?」

 統治が手を止めて、斜め後ろにいる里穂を見やる。そして、真顔で首を傾げた。

「どう思っているか? 山本は優秀な『縁故』だ」

「いや、そんなこと分かってるっすよ……」

 思わずズッコケそうになる自分を頑張って制した里穂は、これは自分の聞き方が悪かったと反省しつつ、それを踏まえて聞き方を変えることにした。

「私が聞きたいのは、何と言いますか、そのー……そう、女性としてっす!」

 これなら大丈夫だろうと自信満々の里穂に、統治は真顔で首を傾げつつ、何か思案して……。

「女性として? 身長は体年齢を考えると標準だと思うが、体重が軽い気がするな」

 刹那、里穂が目を見開いて統治を見つめた。

「えぇっ!? うち兄、ケッカさんの体重を把握してるっすか!?」

「把握も何も……『良縁協会』の『縁故』のデータベースに登録されてるぞ。里穂、当然お前の4月1日時点の最新データも」

「なっ何ですと!?」

 刹那、里穂が頭を抱えて絶望した。

「だ、誰がそんな情報を……まさか、ジン!? 裏切り者は家の中にいたっすー!!」

 そんな彼女を放っておいて、統治は再びパソコンに向き直る。

 肩を落として政宗のところに戻ってきた里穂は、涙目で政宗に訴えた。

「政さん! 年頃の乙女の体重を本人の許可なく衆目に晒すのはどうかと思うっす! 個人情報保護に違反してるんじゃないっすか!? 断固抗議するっす!!」

「ま、まぁ……『特級縁故』以上じゃないとアクセス出来ないようになってるし、『良縁協会』に入る時に、書面で確認を取っているはずだから、違法じゃないんだよね。あと、里穂ちゃんもスポーツやってるから、体重は問題な……」

 刹那、里穂が絶望に満ちた眼差しで政宗を見つめた。

「政さんも見たっすか!? 見たっすね!?」

 半泣きの顔で問い詰める里穂に、政宗は苦笑いで首肯する。

「い、一応……俺、(所属違うけど)責任者だし。任務中に事故が発生した場合、『縁故』の体格に応じた処置が必要になる場合もあr」

「ヒドいっすー!!」

 ひときわ大きな声を出して、里穂が扉の方へ走りだした。

 そして、トイレから戻ってきたユカと鉢合わせになる。

「うわっ!? り、里穂ちゃん? どげんしたとね……?」

 泣きそうな表情で自分にすがりつく彼女に驚きを隠せないでいると、里穂が涙目でユカに訴えた。

「けっ……ケッカさん! うち兄と政さんが、私の個人情報を勝手に閲覧してニヤニヤしていたっすー!!」

「どういうこと!?」

 その後、ユカの誤解を解くまでの数分間……政宗と統治は、ユカからゴミを見るような目で睨まれていた。


「……と、いうわけで、今後の打ち合わせを始めるぞ」

 数分後、3人が自分の席に付き、分町ママは統治の後ろに浮かび、里穂はパイプ椅子を持ってきて、ユカの隣に腰を下ろす。

 全員が揃っていることを見渡した政宗が、呼吸を整えて今後の方針を話し始めた。

「正直、今は統治の『因縁』を探すことに集中したいんだが……そうも言っていられなくなった。書面に残したくないから口頭で説明するが、片倉さんの素性が色々と疑わしいことが分かってきている。そして、彼女と桂樹さんに何らかのつながりがある可能性も浮上してきた。俺の個人的な見解になるが、このことと、統治の件と……無関係だとは思えない。何か、俺達が掴みきれていない思惑を感じるんだ」

「……」

 統治は無言で、手元のミネラルウォーターを飲み干す。

「とはいえ、情報が少ない以上、今は仁義君の調査結果を待つしかない。勿論、俺も出来る範囲で調べてみるが、動きすぎて相手に警戒されるのは厄介だ。だから、しばらくは現状維持とする。分町ママや里穂ちゃんも、もしも、ここ以外のどこかで片倉さんを見かけたら……早めに報告して欲しい」

「分かったわ」

「了解っす」

 2人が頷いたことを確認した政宗は、次に、改めて統治を見つめた。

「あと、統治……やっぱりお前はしばらく俺の部屋で仕事をしてくれ。ここに来ないと『良縁協会』のサーバーにアクセス出来ないから、やり辛いとは思うが……」

「やむを得ないな。了解した」

 統治の了承を確認した政宗は、次はユカに視線を移す。

「そしてケッカは、引き続き心愛ちゃんの修行と片倉さんの研修を頼む。俺が後から2人に連絡して、来週の来れそうな日付や時間を聞いておく」

「分かった。仁義君の調査はあとどれくらいかかると?」

「早くても来週の火曜日以降になってしまうそうだ。逐一報告を受ける予定だが……少なくとも、来週の1週間はこちらから目立った動きをするつもりはない。粛々と仕事をこなすだけだ」

「了解、っと……」

 机の小脇にある卓上カレンダーで来週の日付を確認したユカは、さて、研修内容はどうしようかと思案して……統治の後ろにいる分町ママと目があった。

 そして、どうしてもっと早くこの方法を思い浮かばなかったのか、と、自分の発想力のなさをぶん殴りたくなってくる。

 いつの間にかユカに凝視されていることに気がついた分町ママが、首を傾げて彼女へ近づいた。そして。

「ん? ケッカちゃん、どうかしたの?」

「あのね、分町ママ……1つ、お願いしたいことがあるっちゃけど……」

 ユカの提案に、分町ママは笑顔で一度頷いた。

 萩の月(http://www.sanzen.co.jp/brand/haginotsuki.html)……宮城オブ宮城のお土産、福岡で言う「博多通りもん」的な位置づけだと勝手に思っています。

 メジャーになりすぎて、「萩の月以外のお土産をくれ」と言われることもありますが(苦笑)……美味しいよ! 見つけたら食べてね!!

 そして、里穂は感が鋭い子なので……というか、政宗の好意があからさますぎるので突っ込まざるを得なかった彼の恋心。10年愛ですよ、私が書いたキャラクターの中でのダントツに長いです、長すぎです、ロリコンじゃありません、でも若干引きます。(ヲイ)

 ユカは他人から向けられる自分への感情に無関心なので、よほどの何かがない限りは気付くことはないでしょう。

 今後、この恋心を散々いじられる政宗ですが……そんな様子を書いているのが非常に楽しいので、しばらく彼の恋に決着がつくことはないでしょうね。(ひでぇ)

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