エピソード5:だから、素直に仲直り。③
扉が開き、紙袋を片手に持った政宗が無言で入ってくる。
必然的に彼と2人きりになったユカは、自分の席に腰を下ろして……衝立の隣までやって来たけどここからどうしようかと思案している彼に、統治の椅子――自分の正面を指さした。
「とりあえず、そこに座ればいいっちゃなかと? 政宗の席だと距離があって話しづらかよ」
「あ、ああ……」
言われるままに統治の椅子へ座った政宗。刹那、ユカが椅子に座ったまま床を蹴って、椅子ごと移動する。椅子の足に付いたローラーをガタガタいわせながら政宗の隣にやってきた彼女は、驚いた表情の彼を数秒見つめて……。
「本当に、ごめんなさい。あたしは、政宗に最低のことを言った」
こう言ってから、深く頭を下げた。
「政宗は全体を見とったとに、あたしはいつの間にか、自分しか見とらんかった。政宗がこう言ったら絶対に傷つくって分かっとったのに……全部分かってて、最低のことを言った」
言い合いをしながら、心のどこかはひどく冷静で……政宗を確実に傷つける言葉を探していた。
そして、分かっていた。こう言えば彼がどんな反応を示すのか、全て分かった上で……口から吐き出したのだ。
「あたしから、過去のことは気にするなって言ったくせに……政宗に、過去を思い出させて悲しくなるような暴言を吐いた。こう言えば、絶対に言い返せなくなるって、自分が一番分かっとったとに……」
ユカは政宗に対して圧倒的なアドバンテージがある。それを理解した上で、彼をサンドバッグに八つ当たりした。
それが自分でもよく分かっているから……自分で自分を許すことが出来ない。
俯いたまま言葉を絞り出すユカに、政宗は「顔を上げてくれ」と声をかけてから、顔を上げた彼女を正面から見据え、首を横に振った。
「悪いのはケッカだけじゃない。俺の方こそ、来て早々に大きな仕事を任せたくせに、それに必要な情報を伝え損ねていたから……やり辛かっただろう? 申し訳ないと思ってる」
今度は政宗が深く頭を下げる。今回のことで、彼はそこまで悪くないはずなのに……そして、そんな様子をごく最近、見たような気がして……ユカは思わず、プッと吹き出してしまった。
「……頭、上げんね。あたしが脅してるみたいやん……」
その言葉に聞き覚えがあった政宗も、顔を上げて……互いに苦笑いで見つめ合う。
そして数秒後、政宗が机上に置いた紙袋から手のひらサイズのお菓子を取り出し、ユカに手渡した。
1つずつ梱包されているので中身は見えない。袋には緑の文字で『喜久福』と印刷されており、てっきり洋菓子かと思ったのだが……無言で袋を開いたユカは、予想外の中身に目を丸くした。
「大福……?」
中から出てきたのは、ひんやした白い大福。中に何か入っているのか、ずっしりした重量感がある。
紙袋から自分の分を取り出した政宗が包装を破り、しげしげとそれを眺めるユカを、ニヤニヤした表情で見つめた。
「俺の最終兵器だ。とりあえず食べてみて欲しい。んで、気に入ったら仲直りだ」
「最終兵器? ハードル上げるねー……じゃあ、遠慮無くいただきます」
自信満々の政宗に見つめられたまま、ユカは手元の大福を半分ほど食べて……。
「なっ……んぐっ、な、ななな何これ!? 美味しすぎるっちゃけど……!!」
予想以上の美味しさに、慌てて自分の食べかけを凝視する。
中に入っていたのはずんだ餡と、生クリーム。一口食べればなめらかな食感と、甘すぎず、しつこくもないけどしっかり主張するずんだの味が口の中に広がる。
半解凍のままで食べるのが最高の和菓子、それが、お茶の井ヶ田の喜久福。お茶の井ヶ田は、毎年1月2日に実施される仙台初売りの茶箱でも有名な老舗。
ユカが食べたのはずんだ生クリーム大福だが、他にも3種類味があり、どれも冗談抜きに美味しい。雑誌やテレビで紹介されたこともある、有名な一品だ。
政宗はその中の1つである抹茶クリーム大福(こし餡の中に抹茶クリームが入っている・筆者はコレが一番好き)を一口でペロリと平らげると、残り半分をチマチマ食べるユカにドヤ顔を向けた。
「どうだ、美味いだろう? 他の味もあるぞ」
「もらってよかと?」
政宗の答えを確認する前に、ユカは手元のミネラルウォーターで口の中をリセットする。
「ああ。ケッカと食べようと思って買ってきたんだからな」
そう言ってもう一つ差し出した政宗の手から、ユカは遠慮無く奪いとった。
そして、包装を破って半分かじる。今度はほうじ茶生クリーム大福。ほうじ茶餡とほうじ茶生クリームが挟まれた、少し大人向けの味だ。
至福の表情で堪能するユカの表情を見つめる政宗は、自分ももう一つ食べようと、袋の中に手を伸ばす。
口の中の物をゆっくり飲み込んでから、ユカは……政宗を見つめた。
「……ねぇ、政宗」
「ん?」
「1つ、お願いがあるっちゃけど……」
静かに話を切り出したユカに、政宗はジト目を向けて首を横に振った。
「残念ながらケッカの分はあと1つだぞ? 俺のはやらん」
「違うよ!? でもくれるなら喜んで食べるよありがとう!!」
「やらねーよ!!」
ずいっと差し出されたユカの手を政宗が軽く振り払う。彼女は頬を膨らませて不機嫌な表情を作りつつ……気を取り直して、話を続けた。
「あの……統治から聞いたっちゃけど、政宗が、あたしとどんな距離感で接したらいいのか悩んどるって」
「……あー」
思い当たるフシがある政宗は、ユカから視線を逸らしてため息を付いた。
「統治のヤツ、余計なことを言うなって言っといたんだがな……」
「余計なことじゃなかよ!! あたしは……正直、前と変わらんと思って接してきた。それは今までもだし、これからもそうしたいって思っとる。でも、政宗は……それが、辛い?」
「それは……」
一瞬答えに詰まる。そんな彼の表情を見たユカは、口元を引き締め、一語一語区切るように言葉を続けた。
「もしも政宗が辛いんやったら、正直、あたしはここにおらんほうがいいと思う。麻里子様に事情を説明して、別の人を応援に派遣してもらうよ。『仙台支局』のトップは政宗だから、政宗が遠慮無く仕事を任せて情報を共有できる、それでいて、一定の距離感で接する……ビジネスライクな付き合い方が出来る人の方がいいっていうなら、あたしは不向きだ。どうしても、どこかで友達として接してしまうけんね。でも……」
でも、それでも……。
たった数日、でも、この数日、ユカはあの時と同じような高揚感を感じていた。
また、この3人で……今度こそ、目の前の課題を最後まで遂行する。
あの時は上手く行かなかったけれど、でも、今ならば、きっと……。
「もしも、政宗にとって辛いんじゃなかったら……あたしを、もっと、頼って欲しい。一応、政宗と同等程度の能力は持ってるつもりやし、外見はこんなのだけど経験はあるし……いや、えぇっと、そういうことじゃなくて……ね……」
ユカは一度深呼吸をしてから、改めて、政宗に一度頭を下げた。
そして、顔を上げて……真っ直ぐ彼を見据え、飾らない言葉をぶつけた。
「……あたしは、ここにおりたい。ここで、政宗や統治ともう少し一緒に仕事がしたいと思ってる。あの時は最後まで一緒におられんかったし……ここで離脱するようなことはしたくなかよ。今度こそ、一緒に成し遂げたい」
これまで黙ってユカの言葉を聞いていた政宗が、中身の無い包装紙を握りしめ、ポツリと呟く。
「これからケッカに頼むことは、正直、どう転がるのか分からない案件だ。下手をすれば俺だけじゃなくて、ケッカも、名杙家から切られるかもしれない。それでも……俺に協力してくれるか?」
政宗は既に、ある程度の事情を察しているらしい。敵ではないと思っていた名杙の家の中に、裏切り者がいるかもしれないのだ。上手く事を運ばなければ、大スポンサーを敵に回してしまうことになる。
ユカも、今は所属が西日本とはいえ、彼女の状態を維持していくためには、名杙家の協力が不可欠だった。ユカの『生命縁』を守る帽子だけではなく、彼女を現在の立場へ推薦した、大事な証人の1人が、名杙家の現頭首なのだから。
『特級縁故』の資格を取得する場合は、『良縁協会』の幹部クラスからの推薦が必要になる。その人物が自身の能力を問題なく使うということの証人……と、言われているが、実際は、その人物が何か不祥事を起こした場合に一緒に責任を取る、もしくは、推薦人がその人物を『切る』ことで不祥事の沈静化を図るため、とも言われている。
政宗もユカも、共に名杙家の現当主から推薦されていた。特に政宗は、更に上の『統括縁故』という立場にいるため、あまり、名杙家との間にトラブルを抱えたくはないのも事実。
ただし……今は、そんなことを言っていられない。自分たちの大切な仲間であり友人の1人である統治が大ピンチなのだから。
表情を引き締めて尋ねる政宗に、ユカは、自分の右手を拳にして、政宗の方へ突き出した。
そして笑顔で、こう、言葉を返す。
「大丈夫、名杙家に嫌われたら……福岡に来んしゃい。政宗1人くらい……ううん、統治が一緒でもよかよ、まとめて面倒みちゃるけんね」
「……おう、再就職は任せたぞ」
政宗もまた、自身の右手を拳にして、ユカの手と軽くぶつけ合った。
残りの喜久福を無言で平らげた2人は、政宗の席に移動。パソコンを起動して、仁義からのメールを探す。
政宗は自分の椅子に座り、その隣に自席の椅子ごと移動してきたユカが陣取った。
「政宗、コーヒー飲みたい」
「飲みたい奴が率先して用意すればいいだろ!?」
というやり取りとジャンケン勝負を経て、二人分のコーヒーを用意した政宗が、無言でユカの前にカップを置いた。
「そうか、里穂ちゃんがそんなことを……」
ユカが先ほどの里穂の言葉を政宗に伝えると、メーラーを立ち上げた彼が、読み込み中にコーヒーを一口すすり、画面を見つめたままため息を付く。
「俺の方は、昨日の夜、仁義君から連絡が入ったんだ。詳細は今日のメールに送るが、片倉さんと桂樹さんに接点がある可能性が高いから、彼女の言動に気をつけて欲しいって」
政宗のため息を横で聞いたユカが、膨れた表情で愚痴を呟いた。
「どうして教えてくれんかったと? それを知っとったら、あたしだって……」
「まだ、詳細を確認していなかったからだ。不確定な情報を伝えて、ケッカや統治にまで彼女に対する警戒心を抱かせたくなかった。それを片倉さんに察知されたり、心愛ちゃんに不審がられてしまったら、事態が余計に面倒なことになると思ったんだ。それに……正直、午前中に何も起こらないだろうと俺が高をくくっていた。まさか、あんなに感情をむき出しにした片倉さんを見ることになるとは、思わなかったけどな」
政宗の言い分も最もで……自分の行動を振り返ったユカはガクリと肩を落とす。
「それは……何かもう、色々ゴメン」
「いや、俺も悪かった。今度からは些細な事も共有するようにするよ。さて……」
問題のメールに添付されたファイルを開くと、そこには、華蓮の身辺調査をした途中経過が記載されていた。
その内容は詳細で、どう考えても、一介の高校生には調べられないだろうと思ってしまう。
「……1つ聞きたいんやけど、仁義君って何者? 里穂ちゃんの1つ上の許婚って聞いたけど、まだ高校生やろ?」
聞いている情報が断片的であり、しかも、そのどれもがあまり現実的ではないのだ。
本当に存在する人物なのかどうかから疑っているユカに、政宗は机上のスマートフォンを操作しながら話を続ける。
「仁義君はご両親を事故で亡くしてから、名倉さんの家に引き取られている。今は単位制の高校に通っていて、割と時間の融通がきくらしいんだ。彼自身も『縁故』として、中学1年生の時に俺が研修を担当した。彼は外見がちょっと特徴的で、人脈が広い。悪そうな奴はだいたい友達……らしいぞ」
そう言って、政宗がスマートフォンの画面に1枚の写真を出した。海を背景に、今より少し幼い里穂と、笑顔だけど生真面目な印象の少年が並んで写っている。
正直、驚いてしまった。その少年の髪の色と瞳の色は、どう見ても純粋な日本人ではないから。
「銀髪……? 外国の子なん?」
「確か、父方のお祖母さんが外国の方だったと思う。隔世遺伝ってやつだな」
確かに外見は特徴的だが、それ以外はどこからどう見ても『普通』の少年で……ユカは眉をひそめて、念を押すように尋ねた。
「本当に大丈夫なんやろうね、彼の情報……」
スマートフォンの画面を消した政宗が、眉をひそめて訝しげなユカに苦笑いを向ける。
「問題ないからそんなに疑うなって。新規クライアントの身辺調査なんかで今までにも何度も助けてもらっているんだ。ただ、今回は調べる相手が名杙家にも及びそうだから、慎重になっているんだろう。名倉さんのところと名杙家は、あまり仲が良くないからな」
「へ? あれ……確か、統治と里穂ちゃんは親戚だよね。さっきも仲が良さそうに話しとったけど……」
「俺もあまり詳しくは知らないんだが、名杙家の一部が、当主の妹……里穂ちゃんのお母さんの結婚に反対したことが今でも遺恨になっているらしい。当主は本人に任せればいいという考え方だが、当主の妹を妻にして名杙家の中心に近づこうとした連中には、都合の悪い結婚だったみたいだな」
その辺の詳細はさすがの政宗でも知らされていないが、現時点でも名倉家が名杙家の本家から少し離れた場所に住居を構えているので、まだ、遺恨は残っているのだろう。
「統治も里穂ちゃんたちとまともに会うのは『仙台支局』を開設した時が久しぶりだったみたいで、最初こそ警戒していたんだが……里穂ちゃんがあの調子だし、仁義君はコンピュータにも明るいから、すぐに今の調子になった。ただ、心愛ちゃんはどうかは分からないな」
「ふーん……」
相槌を打ちながら、ユカは、里穂の笑顔に思いを馳せる。
あっけらかんとした笑顔を自分や統治に向けていた彼女は……どんな思いで、今まで生きてきたのだろうか。
今度じっくり聞いてみたいと思った。出来るならば、仁義も一緒に。
手土産を持って政宗に石巻まで連れて行ってもらおう……頭のなかでそんなことを考えながら、画面の資料にひと通り目を通して……。
「……え? いやちょっと、どういうこと? 片倉さん、今年の4月から仙台に住んでるって……」
記載されていた報告内容に、思わず、顔をしかめて正直な感想を吐き捨てた。
お茶の井ヶ田の「喜久福」(http://www.ocha-igeta.co.jp/products/sweets.html)は、私が宮城で食べてナンバーワンくらいに感動したスイーツです。いやもう本当にコレは絶対食べて欲しい!!
そして、ユカと政宗は仲直り。ユカは自分が悪いと思ったら素直に謝れる大人なので、あまりグダグダ仲違いすることは今後もないと思います。
そしてそして、唐突に仁義の外見が登場しました。唐突なクオーター設定は、決して私が「賢い可愛いエリー○カ!」が好きだというわけではなくて、外見による偏見で苦労した仁義と里穂が絆を築く物語を書きたいからです。本当ですよ!!




