対策録002_公園の子供
管理室のドアをノックすると、静かな返事が返ってくる。
「どうぞ。」
中では、いつも通り蓮見理子が席に座り端末と書類に囲まれている。机には開封されていないカップ麺と冷めた缶コーヒー。
「先輩でしたか。今日の任務はまだ決まっていません。もう少し待っていてくださいますか?」
そういいながら目は画面を見つめ手は止まらない。矢代はそんな蓮見に声をかける。
「蓮見、お前そういって朝からずっとこもっていると聞いたぞ。これ、コンビニで買ってきた。食え。管理官が現場より先に倒れたなんてことがあれば笑いものだ。」
クリームたっぷりとかかれた、フルーツが挟まれたサンドイッチを差し出す。
「・・・先輩。ありがとうございます。」
蓮見は後ろめたそうに自分の机のカップ麺を見る。明らかに食事を後回しにしていたことを、指摘されてはじめて自分で認識したようだ。
「わかりました。いただきます。」
そういって蓮見は包装を開け、サンドイッチを一口、一口と食べる。
「美味しいです、ありがとうございます。でも、昼食としてこの甘さのサンドイッチは。」
「そうか?頭を使うんだ、糖分の補給は大事だろう?それに、お前くらいの女は大体甘いものが好きだろ?それくらい、俺でも知ってる。」
この差し入れは矢代なりの蓮見への感謝だった。先日の任務では適切なサポートをしてもらった、それを自覚しているからこその気遣い。気恥ずかしさから言葉にはしないが、二人の間では確かに伝わったようだ。
「気にかけていただいて、ありがとうございます。先輩。本日のブリーフィングですが、あと1時間ほどあとになります。もう少し先輩は休んでいてください。」
蓮見は少しデスクトップの画面を見つめてから、それと、と言って続ける。
「先日の任務ですが、先輩の調査報告のおかげで現場に警察が直接介入するようです。もし遺体が見つかれば、30年間未解決の事件も解決となりますね。遺族の方にも、真実が伝わるでしょう。」
そして、机から小さなお菓子を取り出して矢代へ渡す。
「私からの先日の任務の報酬です。それと今日私の食事を気にかけてくれたことも。甘いものは確かに頭を働かせます。それは現場でも必要でしょう?侵食にも効果があると思います。科学的根拠はありませんが―――経験則として。」
ブリーフィングの時間となり、矢代は再度蓮見のいる管理室へと向かう。管理室の端末の光が、蓮見の白い髪を淡く照らしている。
「それでは、先輩。本日の任務の話をする前に確認です。怪異からの先輩の侵食状況ですが、ほぼ影響なし、ですね。しっかりと回復しているようです。悪夢や幻聴もありませんでしたね?」
「あぁ、問題はない。今日の任務を提示してくれ。」
蓮見はうなずき、端末を操作する。机の端末に表示されるのは夕方ごろの公園の写真。ブランコや滑り台、砂場―――どこにでもある普通の公園だ。
「市内の公園において、夕方から夜にかけて遊具が勝手に動くなどの通報が複数寄せられています。具体的な目撃情報は、ブランコが誰もいないのに揺れる、滑り台から子供の笑い声が聞こえる、砂場に小さな手形が増えていく、です。」
「子供、か。いやな感じがするな。」
「今のところ人的な被害はありません。周辺が住宅街のため、騒音トラブルとして扱われているようですね。」
「騒音、ねぇ。それくらい我慢すりゃいいだろうに。まぁわかった。それで、注意事項などはあるか?」
「そうですね。情報が一つ。この公園では15年前子供の行方不明事件がありました。当時5歳の女児が、夕方に公園で遊んでいたところを最後に消息不明となっています。」
「また未解決事件か。わかった。その女児がかかわっている可能性があることを前提に調査を行う。」
蓮見はバインダーの書類をチェックしながら、矢代へ必要事項を伝える。
「任務の目的です。遊具の異常動作の確認、発生条件の特定、音声・映像記録の取得、怪異の正体確認。これらを目的としてください。記録に必要な装備は支給します。何か質問は?」
矢代が考え込んでいる中、蓮見は一つの護符を差し出す。
「先輩。これは子供の怪異に対する護符です。子供の怪異は警戒心が薄く、接触してくる可能性が高い。」
蓮見の表情がわずかに厳しくなる。
「ですが、子供の姿をしているからと言って油断しないでください。怪異は怪異です。善意も悪意もなく、ただ『条件』によって動くだけです。」
「わかっている。後味は大体悪いが、子供の怪異は何も今回が初めてじゃない。」
「特に行方不明事件に関する怪異は―――『探している』『さみしい』『一緒に遊びたい』といった感情を持った行動が見られます。それらに応じると侵食が加速してしまいますから、気を付けてください。」
蓮見は端末を操作し、出動許可を入力する。
「出動を許可します。異常を感じた場合は、すぐに撤退するように。」
そして一呼吸おいていつもの一言を。
「行ってらっしゃい、先輩。―――必ず、帰ってきてください。」
住宅街の中にある小さな公園。夕日が遊具の影を長く伸ばしている。風もないのにブランコがゆっくりと揺れている。それに小さな手形がいくつも砂場に。子供の遊んだあとにしてはくっきりとした手形だ。遠くからは、笑い声のようなものが聞こえる。
矢代はタバコをふかす。煙は怪異に反応する。もし近づかれたら、煙の方向が参考になるだろう。ブランコを遠めに眺めながら、笑い声を録音し分析する。
「煙はまっすぐ上っている。怪異が積極的に近づいてくる気配はないな。蓮見、聞こえているか?今子供の笑い声の音声を送った。お前にも確認してほしいんだが、これは。」
無線から蓮見の声が聞こえる。
「はい、確認しました。これは複数人の笑い声です。4人、ですかね。」
「だよな。しかも声は一定の場所から聞こえるわけじゃない。あちこちからだ。まるで公園全体で子供たちが遊んでいるかのような。」
「先輩。そのまま接触しないように記録を続けてください。それから、可能であればブランコの調査を。一番確認がしやすいかと思います。」
「わかった。ブランコだな。」
ブランコは一定のリズムで揺れている。まるで誰かが座って漕いでいるかのような一定さだ。矢代はブランコに近づき、映像と音声、それに時刻、場所、状況を詳細に記録する。
「先輩、タバコの煙が揺らいでいます!煙が後ろに流れて・・・。振り返ってはいけません、視認による侵食の可能性があります。」
蓮見の通信でそのことに気づく。記録をしていて気づいていなかった。矢代はゆっくりとその場から離れる。急な動きはしない。自然な動作でブランコから距離をとる。
「子供の遊びを妨げること、それが怒りに触れる可能性を考えたのですね、先輩。いい判断です。」
そのまま、一度公園の外周から、公園内を見渡す。日は落ち、いつの間にか街灯が公園を照らしている。その照らされる地面、そこには無数の足跡が見える。
「蓮見、報告だ。足跡が見える。それも子供のものだ。」
その足跡は公園全体に残っている。砂場からブランコへ、ブランコから滑り台へ。滑り台から鉄棒に行き、また砂場へ。雨も降っていないのに少し湿ったような足跡が確かに4人分残されていた。
「4人分ですか、笑い声の数とも一致しますね。しかしここで行方不明になったのは一人のはず・・・。」
「もう一つ報告だ。この公園の特定の場所だけ足跡が避けている。北東の角、桜の木があるが、何か情報はあるか?」
北東の桜の下だけは足跡が一切なかった。まるで立ち入ってはいけない場所だ、とでも言わんばかりに。
「先輩。足跡のパターン確認しました。4人の子供が公園内を巡回していますが、桜の木の下だけは避けていますね。地図データ、照合します。少々お待ちください。」
数秒の沈黙、その後蓮見が口を開く。
「・・・・確認しました。その桜の木の下には、15年前に行方不明になった女児の捜索記念碑があります。記念碑には、女児の名前と写真が。当時5歳、名前は―――水無月ひかり。」
「記念碑が結界のような役割を果たしているのか?いや、それとも。」
「はい。4人の子供は遊びながらひかりちゃんを探しているのかもしれません。だから、記念碑の近くには行けないとも考えられますね。」
その時、子供の笑い声が止まる。公園全体が静まり返る。ブランコの揺れも、止まる。
「蓮見、滑り台の上に何かいる。こちらを認識しているかどうかはわからないが。」
「先輩、視認しないでください!侵食度が上昇しています。」
そして、蓮見は冷静に続ける。
「状況を整理します。足跡は4人分、それに笑い声も4人分でした。ですが―――、滑り台の影は一人だけです。可能性としてですが、あれはひかりちゃん本人の可能性があります。」
「わかった。記録端末の音声増幅を最大にする。何か言っている可能性もある。」
そして静寂。最初は何も聞こえない。しかし数秒後。小さな声。子供、女の子の声だ。
「おにいちゃん、まだ?」「ずっとまってるのに」「おにいちゃん、いつくるの?」「おにいちゃん」
「先輩、音声データ届きました。兄、の存在ですね。少し調べます。先輩は安全を第一に記録を続けてください。」
「わかった。だが、なるべく早くしてくれ。さっきまでの笑い声の4人の気配が一切しない。逆に不気味だ。」
「はい、わかりました。・・・先輩、重要な情報です。水無月ひかりちゃんですが、兄がいます。当時8歳の水無月壮太。15年前の事件記録からです。ひかりちゃんが行方不明になった日、兄の壮太くんは一緒に公園で遊んでいました。ですが、壮太くんは途中で友達と別の場所へ行き、ひかりちゃんを一人残してしまった。それが・・・ひかりちゃんが最後に目撃された情報です。」
「つまり、なんだ。その兄貴をずっと探してるってわけか。」
「そう、なりますね。15年間ずっとひかりちゃんはここでお兄さんを待ち続けている。」
滑り台の上の影は動かない。ただじっと待っている。その時、公園の入り口から足跡が聞こえる。
「おい、蓮見。民間人だ。」
それは大人の男性だった。街灯に照らされた人影は20代ほどにみえる。黒いジャケットにジーンズ。手には小さな花束を持っている。
「顔認証、実行します。・・・・・先輩、この人は水無月壮太さん本人です!まずい、このままでは危険です。ひかりちゃんの怪異が、反応するかも!」
「あぁ、らしいな。滑り台の影が動き出した。」
滑り台の影がゆっくりと降りてくる。壮太は公園の入り口から桜の木へと歩いている。影が近づいて行っていることには気づいていない。影は滑り台を降りて、砂場を横切り―――兄へと向かっている。
「先輩!このままでは壮太さんが怪異と接触します!ひかりちゃんの怪異は15年兄のことを待っていました。もし接触すれば・・・連れていかれる可能性も!」
「民間人の保護は優先すべきだが、あの怪異は荒ぶっていなかった。ひとまず接触を待つ。ただし、もし少しでも連れていかれそうなら、お前にもらった護符を使う。それに、ほかの子供の怪異も問題だ。」
そういって矢代は護符を手に構える。そして、記録端末の感度を最大にしてほかの子供たちの怪異の情報を得ようとする。
「判断を確認しました。リスクは高いですが、これがひかりちゃんを成仏させる接触になる可能性もあります。理解はできます。」
「蓮見、ほかの子供の足跡を動画から追ってくれないか。今どこにいるのか。あの笑い声が止まった時からだ。」
「はい、やっています。それが、ブランコから砂場へ、そして記念碑へ向かっているようです。」
そういわれて見てみると、確かに記念碑の方へ足跡が伸びている。それはひかりちゃんよりも先の場所で、躊躇うように止まっている。
「・・・・・・ひかり、ごめんな。」
壮太は桜の木の下、記念碑の前に立ち花束を置きながらそういう。夜の公園に彼の声が響く。
「あの日、お前をおいて行って―――ごめん。ずっと探していたけど、もう、15年も経っちゃったんだな。」
ひかりの影が壮太の背後に迫る。しかしその影は手前で止まる。よく見ると、壮太とひかりの間には、4人の子供の影がうっすらと見える。
「あの子供たちの影、まるであの男を守っているようだな。」
矢代はそうつぶやく。記録装置が小さな子供たちの声をとらえる。
「ひかりちゃん、だめだよ」「おにいちゃんは、こっちにこれないよ」「ひかりちゃんも、もどらなきゃ」「ほら、いっしょにあそぼ?」
そして、ひかりの声。泣いている。
「でも―――おにいちゃん―――」「ずっと、まってた―――」「やっと――やっときてくれたのに――!」
その時、壮太がひかりの記念碑を見ながら、はっきりと言葉を紡ぐ。
「ひかり。もしどこかで聞いてるなら。もう、俺を待たなくていいんだ。ひかりは、ちゃんとお前の友達と遊んでてくれ。」
それは、彼の後悔と懺悔を含んだ言葉。お前はここで待ってろ、と言って置いて行ってしまったこと。そのことに対する謝罪を含んだ言葉だった。
ひかりの影が、震える。
「ひかりちゃん、いこ。」「いっしょに、あそぼ」「おにいちゃんは、だいじょうぶだよ」「もう、ゆるしてくれたから」
そういって4人の子供がひかりの手を取る。
「―――うん」「おにいちゃん、ありがと」「もう、まってないから」「ばいばい」
ひかりの声は泣きながら、でも笑っているような声だった。
5人の影が桜の木のもとへ消えていく。公園には静寂が戻る。ブランコは動かないし、足跡もいつの間にかなくなっていた。壮太は記念碑の前で、静かに祈って妹へ何かを語りかけているようだった。
「先輩、怪異の消失を確認しました。―――お疲れさまでした、先輩。」
「おかえりなさい、先輩。外傷なし、侵食度もほぼなしですね。報告を」
対策局に戻って、蓮見に報告を行う。報告の後、矢代はつぶやく。
「今回はうまくいったが・・・まだ俺も甘いな。民間人を守ること、それを第一にすべきだったのかもな。だが、それでもベストな選択は違う時もある。今回うまくいったのはたまたまだ。運がよかった。」
蓮見は報告を記録し終え、ペンを置く。数秒の沈黙。
「先輩、その認識は半分正しく、半分間違っています。」
蓮見はバインダーを開いて、矢代の判断を振り返る。
「先輩は、『運がよかった』と言いました。ですが、それは運ではありません。様々な正しい判断の積み重ねです。1つ、ブランコで遊びを妨げず、子供怪異を刺激しなかったこと。2つ、足跡のパターンから子供の怪異と1人のひかりちゃんを区別したこと。3つ、壮太さんとひかりちゃんの接触を見守ったこと。これは護符の準備などもしもの時の対応を準備したことも含めて。これらの積み重ねが、今回の件を最良の結果へと導きました。先輩の判断力、観察力、状況把握能力の結果です。」
そして、端末を操作しながら続ける。端末には公園の映像記録が移される。
「先輩の記録のおかげで、私は一つの仮説にたどり着きました。4人の子供とひかりちゃんの関係性です。あの4人は―――ひかりちゃんの友達だった子たちでしょう。その子たちは、何らかの理由で今はもうこの世にいない子たち。彼らは15年の間、ひかりちゃんと一緒にあの公園で遊び続け、そして今夜――ひかりちゃんが兄を『連れて行こう』としたとき、止めてくれた。」
蓮見は深く息をつく。
「先輩。あなたの言う通りです。民間人の保護は必ずしも最善の手ではないときもある。もし壮太さんをあの時退避させていたらどうなっていたと思いますか。ひかりちゃんの反応は?今はおさまってもその後また何年も彼女はあの場で待ち続けたかもしれません。そして、いつかまた兄との接触の機会があれば、今度は友達にも止められなくなっていたかもしれません。だから、先輩。あなたの判断は、怪異を鎮める唯一の方法でした。」
「蓮見、わかった、わかったから。そこまで必死になるな。ありがとうな。」
「いえ、礼を言われるようなことでは・・・ありませんが。」
そういう蓮見の頬は、わずかに赤く染まっていた。
「先輩は、今回正しい判断を積み重ね、記録を怠らず、民間人を守り、怪異の本質を見抜きました。それは―――調査員として正しい行動です。」
そのあと、少しだけ表情を引き締めて続ける。
「ですが、1つだけ。注意をしておきます。今回の先輩の接触を見守る判断。それはリスクの高い判断でした。もし失敗していたら、壮太さんは命を失っていたでしょう。次回同じ状況で、必ずしも同じように成功するとは限りません。それは肝に銘じておいてください。」
「あぁ、・・・・・・わかってる。」
「私が恐れているのは、調査員が『前回成功したから、今回も大丈夫』と判断し無謀な行動をとることです。怪異は・・・毎回違います。同じ判断が次も正しいとは限りません。」
蓮見は矢代が自分の忠告をきちんと受け入れてくれることを確認するように目を見る。
「成功を誇るだけではなく、リスクを理解し次に活かす。それが生き残る調査員の条件です。先輩がそんな調査員であってくれて、少し安心しました。」
そういう蓮見の目には、少しの信頼の色が見えた。
「では以上です。報告書は私がまとめておきますので、先輩は休んでください。先輩、あなたは今日、15年間待ち続けた少女を救ってくれました。ありがとうございます。」
そう言う蓮見の顔は、年相応の柔らかさが少し戻っているように見えた。しかし、すぐにいつもの管理官の表情へ戻る。
「次回任務は明日以降となります。それまで―――ゆっくり休んでください。お疲れさまでした。」




