太陽と月
「終わった………?」
目を開くのも困難なまばゆい白光が収まり、あたりを見渡す。
一気に消耗した魔力に少しふらつきながらも、意識を繋ぐ。
自然という名の命は黒く染まり、光を取り戻すことはない。
しかし、世界の闇は確かに消え去っていた。
たった1人、宙に浮かんでいた陽凪さんは、体の力が抜けたようにふらついて落ちてくる。
受け止めに動き出した時、その体は風に巻かれて浮き上がる。
風の力………!?
まだ、月詠が生きている!?
しかし、どこを探しても月詠の姿はない。
ほんの僅かな時間が経ち、陽凪さんに視線を戻すと、彼女をそっと抱き止める人物が1人。
「凪翔さん━━━━━!」
その姿を見て、涙が込み上げてくる。が、潤んだ視界の中でとあるものを見つける。
「あれ……腕……治ったんですか!?」
しっかりと両手で陽凪さんを抱える凪翔さんに、僕は思わず問いかける。
刹那、空に光が迸る。
落ちる稲妻よりも遥かにまばゆい光に目を細め、それでも気を抜かずに空を睨み続ける。
そして、光の中から1人の人間か神かわからない人物が現れる。
白衣の服装。
この世界では当たり前となっている着物に近い服。
マントのように広がった布が翻り、神々しさを感じさせる。
「お主らには………迷惑をかけたな。」
しわがれながらもはっきりと聞こえる声で、その人物は口を開く。
「あなたは、誰なんですか?」
杖を構えたまま聞く僕に、柔らかな表情を変えることなく、
「白叢の大主と言えばわかるか?」と返す。
………確か、隠離世に来てすぐの時に陽凪さんから聞いた名前だ。
隠離世を創った人。
「なぜ……月詠が消えると同時にあなたが………?」
凪翔さんに支えられながらも宙に浮く陽凪さんが尋ね、大主は過去を振り返るかのように遠くを見て話し始める。
「私が隠離世を作り出したのは、外界のように今を生きるのですら過酷な環境ではなく、ゆっくりとした時代の中で他者と手を取り合いながら生きていける世界を望んだからだ。
だが、力を持つ者は持たぬ者を見下し、持たぬ者は持つ者に反感を抱く。
隠離世の中だろうと外だろうと、人間がどうやってもそうなるのだと私は考えた。
そのため、太陽と月………本来真逆であるはずのものを同時に置き、この世界の管理を天照と須佐男の力を持つ者に任せ、隠離世に生きる人々の邪念を取り除き、悪意を晴らすために私は自ら神となった。
ただ、一切の代価を払わずに人の幸福を追い求めることなどできぬ。
そのため、月詠という神を作り出し、この命によってその暴走を押さえつけるという方法をとった。限界が来るまで我が身を月の闇に沈め、時間を稼いだ。
そなたらもわかる通り、隠離世の民は皆優しかった。だからこそ、数千年もの長き時間にわたって月詠が暴走することはなかった。
しかし、私の力で月詠の力を抑え続けるのには、限界が来てしまう。
それを感じ取った私は花祈翁らに頼み、お主らが月詠に打ち勝てるよう手をうった。
凪翔、そなたには申し訳ないことをしたと思っている。
だが、お主の強い意志のおかげで、月詠はついに完全に須佐男の力を手にすることはできなかった。」
その言葉に、陽凪さんが口を開く。
「月詠は、凪翔の力を完全に手に入れたと言っていましたが…?」
「いや、それはありえない。
凪翔が本来の力に目覚めれば、お主とも全くの互角になるはずだ。
自身すらわからぬ力を強引に解放し簒奪しようとした月詠に、凪翔は抗い続けた。
もしも須佐男の力を全て奪られていたならこの世界は滅亡していた可能性の方が高い。
月詠が手にしたのは風の力のみ。
やつからすれば風月の力を成立させる風だけでも奪えればよかったのかも知れぬがな。」
細かく説明をしているうちに、大主の姿はだんだんと消えかけていく。
それに気づいたのか、大主は僕たちに向き直って尋ねる。
「そなたらには、迷惑をかけた。
限られてはいるが、何か欲しいものはないか?」
最初に視線を向けれられた陽凪さんは、小さく首を横に振って笑う。
「私がこの世界で生きている。その事実だけで、私はこれ以上あなたに求めることなんてできません。
私が大好きなこの世界をずっと護ってくださり、ありがとうございます。」
「僕も、姉上と同じです。
それなのに腕を治していただいて………なんとお礼を申し上げればいいのか………」
そう答える陽凪さんと凪翔さんを見て、大主は苦笑する。
「まったくお主らは………
では、救世主よ。そなたはどうか?」
その視線は、僕に向けられる。
「いえ、僕も必要ありません。
隠離世を護ったのはこの世界の人々の力ですから。」
思ったままのことを、答える。
「だが………うーむ………」
少し悩み、大主は思いついたように僕に手を伸ばす。
「そなたなら、この力も役立つものにできるやもしれぬ。」
大主が言った瞬間、何か得体の知れない力が体から溢れてくる。
「月詠の力の残穢のようなものだ……その程度の小ささならばそなたが闇に飲まれることもない。
ただ、手早くその力をものにしなければ危ないゆえ、制御が無理だと思ったなら魔力をぶつけて消すがいい。」
手を開いて力を込めると、満月のような光が浮かび上がる。
「ま、まったく驚いたものだ……
私ですら飲み込まれたその力をいとも簡単に………」
苦笑しながら、大主は視線を陽凪さんと凪翔さんに移す。
「そなたたちにも何か与えてやりたいのだが……」
「でしたら、一つだけお願いしてもよろしいでしょうか。」
「む?なんでも言ってくれ。」
少し嬉しそうに陽凪さんを見て、大主は続きを待つ。
「鋼を頂けませんか?」
「鋼……?私が神力で作り出す鋼でいいのか?」
「はい。それで剣を作ろうかと。」
「ふむ………そんなものでよければ造作もない。
ほれ、持っていくといい。」
そう言って差し出された黄金に光る鋼を、ふらつきながらも陽凪さんが受け取る。
「もう、別れの刻が来たようだな。
死んでしまった森を見たら、花祈翁に怒鳴られそうだ。
だが、あやつならなんとかしてくれるであろう。」
「本当に……あなたはいつもご無理を言われる。」
いつの間にか、大きな蓮の葉に乗って翁さんがすぐそこまで来ている。
「そなたにかけた人間と神を繰り返す輪廻転生の力も、もう必要ないだろう。
よく努めてくれた。」
「ほっほ。このままで構いませぬ。
私とて、この世界を愛しておりますゆえ、姫様たちが創っていく世界を見ておきたいのです。
坊ちゃんは良いかも知れませぬが、姫様には縁組の話もしなければなりませぬしな。」
「い、いやぁ…縁組はまだ大丈夫です……」
陽凪さんを横目で見ながらにっこりと微笑んだ翁さんに満足そうに頷き、大主の姿は消えていく。
「私が信じた人の思いというのは、やはりいつでも絶望に打ち勝つものだな。」
世界にこだまする、そんな言葉を残して。




