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救う者と護る者

「━━━━━陽光の巫女。彼女はもう戦えぬ。

それとも、1人で私を何日も足止めするつもりか。名も無き外界の者よ。」

とてつもない圧力を放つその声に息を呑むこともなく杖を握り、僕は顔を上げる。

「陽凪さんを陽光の巫女と呼ぶなら、僕にも呼び方はありますよ。

『黎耀の救世主』……

今の僕の名であり、この世界を救うために力を貸す者の名です。」

「ならば黎耀の救世主よ、受けてみるがいい。」

襲い来る闇を見て、僕は陽凪さんをセルフィスさんに託して前に出る。

瞳を開き、魔法を発動させる。

一瞬にして、前方の闇が晴れる。

「その瞳………なるほど…………今の奇妙な技の源となるものか。」

次の瞬間、月光が輝き、光のエネルギーが放たれる。


虹燐(オールレイン・)世龍(ドラノコア)!」

右手から放たれた魔法が、黒の光を相殺する。

宙を蹴って、月詠に一気に近づく。

腕を振り、無数の光弾を飛ばす。

「その程度、弾き返してくれよう。」

月詠がこちらに手のひらを向けると同時に風圧が発せられ、飛び出した光弾が戻される。

防御魔法を展開し、光弾の爆発の中をさらに飛んでいく。

炎獄(ヘルファイア・)烈火(カタストロフ)

月落(げつらく)黒欄(こくらん)

相殺………いや、押し負ける!

即座に魔法陣をもう一つ描き、連続で炎獄烈火を放つ。

これでやっと相殺か………

凪翔さんの時と同じで、本人に近づけば近づくほど魔力が弱まっていく。

否、相手の神力が強まっていると言った方が良いかもしれない。

天穹星羅(セレスティアル・)幻燈(アスト・)(レクイエム)で一気に勝つなんてことはさせてくれないようだ。

距離をとって、水流矢(アクア・リッジ)火焔(インフェルノ・)(スティル)によっていろんな方向から攻撃を仕掛ける。

しかし、たった少しも動くことなく、月詠の周りを渦巻く闇のみでそれらはかき消される。

とにかく攻撃を絶やさず、魔法を撃ち続ける。

落ちてくる月を躱し、闇を払い、耐え凌ぐ。

月詠の背後に鈍く光るあの月。

陽凪さんとの戦いから見るに、あれが何らかのトリガーであることはほぼ確定だ。

再び、瞳を光らせて一気に月詠に近づいていく。

体が押し潰されるような力を跳ね除け、夜の闇を魔法の闇が飲み込んでいく。

残り10メートルあるかないかまで近づき、限界を感じて後退する。

螺光(ノウス)()零界(ゼロ)を用いて一撃で決着をつけようとも、魔力を爆散させる前に神力に押し潰されるだろう。

一つ一つを粒子として放つ魔法の弱点が、こんなところで現れるとは………

その時、下の方から光が走る。

もう少しか………

闇の粒子が飛び散る外へ出て、魔法を発動させる。

真核魔装(アエロ・ドミヌス)颶迅覇翔(テンペストゥム)

風が、周りを取り巻いていく。

「時間稼ぎに付き合ってはいられぬ。

これで終わりにするとしよう。」

そう言って、月詠は手を宙に翳す。


黯月崩界(こくげつほうかい)終ノ圧世(しゅうのあっせい)


その声と同時に、世界の闇がより一層深くなる。

月詠から放たれる闇の波が、壁のようになって世界を押し潰そうとする。

町の周りに結界のような光が張られ、闇を防ぎ始める。

隠離世にいる人々が、力を合わせているのだ。

しかし、それもいつまで持つかわからない。

これを崩し切って一気に決着をつけなければ、陽凪さんも僕も持たない………

だが、この闇の壁を破ることも僕1人では難しい。

すぐに降下して、セルフィスさんたちの元へ戻る。

「大丈夫ですか?」

抱き抱えられていた陽凪さんに、声をかける。

「助かりました………ですが、お二人はもう外界に戻ってください。ここから先は私が…………」

セルフィスさんに支えられながら、なんとか立ち上がった陽凪さんが言う。

「え、無理ですけど。」

そう答えた僕に、彼女はポカンと口を開ける。

「だ、ダメですよ!戻ってください!

これ以上お二人を危険に晒すわけにはいきません!」

訴えかけてくる陽凪さんが、声を荒げる。

「そんなに帰れ帰れというなら、僕はここで自爆します。」

「な、ど、どういうことですか!?」

「僕たちをこれ以上巻き込みたくないというのはありがたいですが、僕たちはこの世界を助けたいと思ってこの場にいるんです。

その希望にはお答えできません。これは僕たちの想いであって、陽凪さんの想いじゃない。

僕たちのことを考えてくれるなら、僕たちがやりたいようにやらせてください。」

意地悪く笑った僕に、それでもなお陽凪さんは顔を曇らせる。

「ですが……私には月詠に打ち勝つほどの力は………」

力なく俯いた彼女に、僕は断言する。

「ありますよ。

今この瞬間の陽凪さんにはなくても、今までずっとこの世界を支えてきた陽凪さんと、陽凪さんが護ってきたこの世界にはその力がある。


………信じてみませんか?陽凪さんを信じて今精一杯戦っている人たちの力を。」

下の方。懸命に結界を張って世界と僕たちを護ってくれている人たちを見ながら、僕は言う。

その光景を見て、陽凪さんは涙を流す。

「勝てるかもしれない作戦があるんです。

少し耳を貸してください。」


轟音と共に、結界にヒビが入る。

世界が軋み、その輪郭すら曖昧になっていく。

「わかりました……メルペディアくんを信じます。」

その言葉に頷き、僕たちは少し距離を置く。


そして、魔法陣を描き始める。

一気に、魔力を流し込んでいく。

次の一発をミスれば勝ち目がない。

今まで積み重ねてきた技術を全て使え。

感じろ。

描かれた魔法陣に、手を伸ばす。

現れた弓を、しっかりと握りしめる。

「いけますか?」

隣に立つセルフィスさんに、問いかける。

「えぇ。準備万端。」

その顔を見て、僕は頷く。

少し離れたところで、陽凪さんも弓を構えている。


たった1人の人が、世界を背負って戦っている。

だとしたら、今戦うことができる僕たちが彼女を支えるしかない。



今まで何度も失敗してきたことが、頭をよぎる。

今回もまた同じことの繰り返しなんじゃないかと、思ってしまう。

大きく息を吸って、吐く。

陽凪さんにあんなこと言っておいて、今さらできないなんて言ってられない。



「『あなたなら大丈夫。』」


その言葉が、胸に響く。

微笑んだセルフィスさんが、僕の手を支える。

そして、もう片方の手に、温もりが触れる。


できるできないじゃ……ないですよね。

大切なのは、やるかやらないか。

だとしたら………やるしかない!


相手をまっすぐに捉え、詠唱を始める。


「「蒼穹を渡りし原初の風よ

万象を抱きし天蓋の弦よ

その震えを我が魂に呼び覚ませ。

混沌の闇を裂き、光を紡いで今こそ顕現せよ。

蒼き理よ、世界を駆けよ!

究極神弦(エテリウム・)天蓋(サンクトゥス・)蒼穹(アルカディア)!』」」


弦を弾くと同時に、蒼煌が世界に刻まれる。

反動で、体が吹き飛ばされる。

世界を押しつぶす闇の壁と、魔法が激突する。

一直線に放たれた光が、少しずつ壁に食い込み始める。

やがて外壁をぶち抜き、一気に月詠に突っ込んでいく。

そして、月詠が目を見開くと同時に、魔力が尽きる。

「惜しかったな。」

取り乱したのを誤魔化すかのように、月詠が冷笑する。

でも、大丈夫だ。

この世界は、闇なんかに負けたりしない。




風が揺れた。

━━━いや、違う。

風ではなく、“声”だった。

(負けないで……!)(どうか……どうか……!)

(陽凪お姉ちゃん………!)

最初はかすかな囁き。だが次の瞬間、世界中の祈りが、息が、想いが、押し寄せる奔流となって胸に流れ込んでくる。

泣きながら祈る子ども。凪翔のことを私に託し、名前を呼び続けるクシナダちゃんの震える声。神社で必死に祈り続ける老人の両手。

どれも、私に向けられた祈りだった。

涙が滲んでくる。

「……聞こえてる……全部、聞こえてますよ……」

折れそうだった心が、一本の芯を取り戻していく。

倒れかけていた身体を、そっと支える風が吹いた。

凪翔の残した風の残滓━━━━彼の力が完全に消えてもなお、「立て」と囁くように。


大丈夫。

絶対助けるから。

世界も、私が護るから。

あなたがあなたの大切なものに命を懸けたように、私も私が護りたいものに全てを懸ける。

たった一瞬。

この一瞬に、私の過去も、未来も、全て預ける。


最後の矢をつがえ、震える弦を押し下げる。

まだ、光は尽きていない。

世界中から集まる“想い”が、光となって矢に絡みつく。

熱い。胸も、腕も、矢も、全てが燃えるように熱い。

静かに息を吸って、目を開く。



「我が身よ、陽に還れ。生まれ落ちた火に戻り、燃え尽きることを恐れるな。

失われゆく者たちの涙を抱き、倒れ伏した者の願いを拾い、世界を包む闇に、最後の灯を掲げよ。

天を照らすもの、地を温ねるもの、花の息吹、鳥の飛翔、すべて、わたしの矢に集え――

世界に光を与えるため、闇の世界を日出づる世界に変えるため、この命を対価にせよ!

我が身を燃やし、黎明をもたらさん!」


弦がはち切れそうになる瞬間、蒼い閃光が道を切り拓いてくれる。

全てを乗せて、私は放つ。

「……行くよ。これが、みんなの……わたしの……最後の光だっ━━━━━!」





「いかん━━━━━!

自分の命を犠牲にする行為は月詠の力を増長させてしまう━━━━━!」

1人の老いた神が、町の中で叫ぶ。

だが、月詠の闇は、それ以上の力を振るわない。

「世界の絶望を………陽凪さんが齎す希望が超えた━━━━!?」

愛する人の帰りを待つ若き神が、言葉を漏らす。


白黎の閃光が、闇を貫いて月を穿つ。


そして、世界が白く染め上がる。



その光は、世界中の祈りがひとつに集まった、“希望”そのものだった。

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