異文化の湯
「どうでしたか?剣術は面白いでしょう?」
「いやホントに奥が深くて面白いですね!
体格とか打ち込み方とか戦術とか、どれを取るにも人それぞれの個性を活かした戦い方があってめっちゃ楽しいです!」
夕飯の席、今日学んだ剣術の面白さを力説していると、凪翔さんがすっと立ち上がる。
「あら、どうしました?今日は霞の湯に行こうと思っていたのですが………」
「少し翁のところへ行く用事がありますのでみんなで行ってきてください。」
それだけ残して、凪翔さんは家から出ていく。
「照れちゃって。メルぺディアくんが剣術を気に入ってくれたことが余程嬉しかったみたいですね。」
陽凪さんが微笑み、それと同時にロックが眠そうな声を上げる。
「もう寝そうな子がいるけど、その霞の湯とやらはどんなものなの?」
僕も気になっていたことを、セルフィスさんが陽凪さんに問いかける。
「霞の湯というのは銭湯と言われるものです。
簡単に言うと、めちゃ大きいお風呂ということですね。
露天風呂なので外の景色を見ながら入ることもできますよ。」
大きなお風呂………学校にも浴場があったけど、あれとどちらが大きいのだろうか。
「せっかくだけど、ロックも眠そうだし私は留守番しておくわ。
メルぺディアを連れて行ってあげてちょうだい。」
「そうですか……行きたくなった時はいつでも言ってください。お連れしますから。」
そう言われ、セルフィスさんは満足そうに頷く。
「それでは、行きますか?メルぺディアくん。」
問いかけられ、断る理由も見当たらないので僕は霞の湯にいくことにした。
「す、すごい!」
開口一番。僕は驚いていた。
山の中腹、森の小径を抜けた先にその銭湯はあった。木の葉の隙間からこぼれる月明かりが、白い湯気をやわらかく照らし出している。隠離世で最も古いと言われる銭湯らしい。
外観は、やはり木造建築。太い柱と黒ずんだ梁が年月を物語り、屋根には青銅の瓦が整然と並ぶ。出入り口の扉を開けると、湯の香りがふわりと鼻をくすぐった。
脱衣所に入ると、木の床がしっとりと温かかった。どうやら床下にも温泉の熱が通っているらしい。壁には竹で編まれた籠が並び、鏡の前には陶器の洗面鉢が置かれていた。外界のような金属やガラスはほとんど見当たらず、すべてが自然と調和するように造られている。
そして、扉の向こう――湯殿へ足を踏み入れた状況に、僕はいる。
湯気の向こうに、岩を組み合わせた大きな湯船。湯の色は淡い琥珀色をしており、湯面には細かい金の粒がちらちらと舞っている。星が湯面に映り、風が吹くたびにその輝きがゆらゆらと揺れた。まるで湯そのものが夜空を映したようだった。
岩の間からは絶え間なく湯が流れ込み、耳を澄ませばかすかにだが鈴のように響く音がある。
その湯船以外にも、いくつか種類に分かれてお風呂があった。
視界の全てが神聖な場所のようだと思いながら立ち尽くしていると、
「どうですか? 気持ちよさそうでしょう?」背後から陽凪さんの声がした。
彼女は白い湯衣をまとい、湯気の中に立っていた。肌に湯気が触れ、ほのかに光を帯びているようにも見える。同じところに繋がってるんですか!?と思わず叫びそうになる。
というのも、脱衣所は男女で分かれていたからだ。「外で立っていると冷えますよ。
どこか入りましょう。」
そう言われ、僕はすぐそこにあった1番大きな湯に足を浸けた。その瞬間、体の芯までじんわりと熱が広がる。だが、それはただの温かさではない。
「この湯はですね。」陽凪さんが湯の表面を指先で撫でながら、静かに話し始める。「昔、火の神が傷を癒やすために降りた場所。それ以来、この山の中では湯が絶えず湧き出るようになったんです。」
その説明を聞き、僕は納得する。
「だからここは神力が満ちているんですね」僕は頷きながら、湯の流れに手を沈めた。掌に小さな光が生き物のように踊る。
「ふふ。面白いでしょう?
私たちからしたら当たり前のことでも、外の人からしたら初めてのことばかりだと思います。」陽凪さんは、少し嬉しそうに笑った。「神力と魔力は一緒に存在できなくても、それを扱う人の心が澄んでいれば通じ合える。」
湯の音、風の匂い。隠離世の夜に、陽凪さんの願いとも悲願とも取れる言葉はゆっくりと馴染んで消えていった。




