魔法以外の戦い方
朝の空気は、肌を刺すほどに澄んでいた。僕は一本の刃を両手に持ち、どう構えればいいのか分からずに立ち尽くしていた。
前は流れでやったけど、実際考えてみると難しい。剣術もやっていなかったため、刃の向きすら合わせるのが困難だ。
その上、この刀というわけわからん形状の武器。
普通の剣なら両面で切ることができるのにも関わらず、これでは片面しか切れない。
なんでこんな形にしたのかと疑問を持っていると、
「腰が浮いていますよ。」と透き通るような声が、背後から響いた。振り向くと、師範━━━━━白い道着に身を包んだ凪翔さんが、木刀を肩に担いでこちらを見ていた。
「刀は腕で振るだけではありません。足と腰で振ることも大切なんです。」
そう言いながら、凪翔さんは音もなく僕の前に立つ。足の裏で地を掴むように膝を曲げ、静かに木刀を構えた。その一連の動きはまるで呼吸そのものが形を成したようで、一切の無駄がない。
相変わらずの身のこなしだ。
「真似てみてください。」
その言葉に頷き、僕はぎこちなく足を開いて凪翔さんの姿勢を思い出しながら腰を落とす。だが、すぐに体の重心が前に傾き、刀の先がふらつく。
「力みすぎです。魔法を使う時くらいリラックスしてください。」
師範の声と同時に、木刀の背が僕の腹を軽く叩いた。その瞬間、息が止まり、力が抜ける。不思議なことに、重心がすっと地に沈み、足の裏で床の感触を感じた。
「うん、いい感じです。」
凪翔さんは目を細め、静かに頷いた。風が、道場の障子の隙間から入り込んで二人の間を抜けていく。木の床の軋みと、自分の呼吸音だけが世界のすべてのように思えた。
「剣術を学ぶとは、斬ることを覚えることじゃない。己を整えることだ。
私の師匠の教えです。」
その言葉に、僕は小さく息を呑む。まだ一度も剣を振っていないのに、胸の奥が妙に熱くなった。刀を握る手が、汗で湿っているのがわかる。
「━━━もう一度。今度は、風を斬るつもりで構えてみてください
メルぺディアくんの感覚ならできるはずです。」
凪翔さんの声に導かれ、僕は再び刀を構える。朝の光が障子を透かし、床に淡い影を落とす。
その中で、初めて刀というものが生き物のように手の中で息づいた気がした。
木刀が打ち合う乾いた音が、道場の中に響いていた。
凪翔さんが教える時間がやってきて、子供たちが順に手合わせを始めている。僕もその輪に加わることになった。
相手は僕と同じか下も上も高くて3歳差くらいしかないだろう。
ただ、構えには迷いがない。小柄な身体に見合った重心の低さ。凪翔さんの教えをそのまま体に染み込ませているようだった。
「お願いします!」その声の張りに押されるように、俺も木刀を構えた。
打ち込もうとしたその瞬間、視界が揺れた。相手の木刀が軽やかに僕の腕を弾き、木の音とともに手首が痛む。次の瞬間、喉元に木刀の切っ先が止まった。
「一本!」
周囲の子供たちが笑いながら声を上げる。恥ずかしさよりも、驚きが勝った。同じ木刀なのに、なぜこんなにも軽く、速いのか。
僕は一歩下がり、構えを解かずに相手の足元を見た。踏み込みの速さでも、腕の力でもない。━━━腰の回転だ。
小さな身体全体を使い、最短で打ち込む。腕は添えるだけ。だからこそ、無駄がなく速い。
「……もう一度、お願いします。」
二度目の手合わせ。今度は相手の動きをよく見る。打ち込んでくる前に、重心がわずかに沈むのが分かった。その瞬間、僕は一歩だけ体を後ろへ滑らせ、相手の打ち込みを外す。
木刀が空を切った音が響く。少年の瞳が一瞬だけ揺れた。その隙に、反射的に腕が動いた。
木刀を軽く振り下ろす。
打ち込んだのはほんの軽い一撃だったが、初めて当たった。
「……一本!」
子供たちの間から驚き混じりの声が上がる。僕の胸の奥で、何かが弾けるように広がった。体のどこかにあった“ぎこちなさ”が今、少しだけ溶けた気がする。
「すごいですね………」凪翔さんの声が背後から届いた。振り向くと、腕を組んだまま静かに見ていた彼がわずかに口角を上げている。
「たった数時間の鍛錬と2回の手合わせで、六斗の速度に追いつけるとは。」
「そんだけしか剣術やってないのかよ………この人強すぎじゃね?」
六斗と言われた少年が、ため息をつく。木刀を握る手の中に、わずかに伝わる温もりがあった。
自分の体格に近い相手を観察し、そこからヒントを得る………重要なことかもしれないな。
━━━━━魔法がなくても戦えるようにしよう。
そんなことを思いながら、僕はそれからも鍛錬に没頭したのだった。




