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初神社

━━━━━静かだった。

風の音ひとつさえ、どこか遠慮しているように思えた。僕たちが足を踏み入れたのは、神座の杜(かみくらのもり)と呼ばれる場所。隠離世でもっとも神聖だとされる森だと、陽凪さんから聞いた。

そして、僕たちはとてつもない大きさだという大御殿神社なる場所を目指して歩いているのだ。

道と呼べるものは細く、石畳の上に積もった落ち葉が踏むたびに柔らかく鳴る。

両脇には背の高い木々が空を覆うように立ち並び、枝の間から射し込む光は淡く、まるで夜明け前の月光のように白かった。

「もうすぐ見えてきますよ。 」

陽凪さんの声は、森の静けさに溶けるように柔らかかった。

何段登ったのかもわからない階段の先で、その背に続きながら、僕は息を呑む。木々の向こう、霞の中に朱の門が浮かび上がっていた。

「これは………?」

「鳥居と呼ばれるものです。」ひとつをくぐると、次の鳥居がまた現れ、その奥にさらにまた現れる。まるで永遠に続くかのように、朱色の門が連なっていた。

「これが……大御殿神社の入り口ということですか?」

「ええ。隠離世を見守る神々が宿る場所です。」

陽凪さんがそう言って足を止めた。巫女服の袖が風に揺れ、その髪が微かに光を反射する。

鳥居を一つくぐるごとに、空気が変わった。

胸の奥が少しざわつく。僕の中の魔力が、ゆっくりと沈黙していくのがわかる。まるでこの地に拒まれているような、けれどどこか穏やかな力だった。

「ここでは魔法は弱まると思いますが………心配することはありません。」

陽凪さんが振り返り、微笑む。なんとなくだが、その笑顔はこの場所よりも神聖に見えた。

「神々は、あなたを見ているだけ。外界からの来客なんて、今まであったかどうかもわかりませんから。」

鳥居を何十本かくぐったところで、視界が一気に開けた。白い霧が晴れ、そこには言葉を失うほどの光景が広がっていた。

参道の先、段々に積まれた石階段の頂に、神社があった。金色の屋根は陽光を受けて淡く輝き、その前に立つ御神木は、空の果てまで届くほどに巨大だった。枝葉の隙間から零れる光がゆるやかに降り注ぎ、地面に落ちた光が花の形を作り出している。

「……すごい。まるで、生きているみたいですね………」

「これは天樹と言われ、この地に根ざした最古の神木です。この木が枯れるとき、隠離世の命は尽きるとも言われています。」

陽凪さんの声が、木霊のように反響した。その瞬間、木の上に小さな光がいくつも浮かび上がり、群れのように舞い降りてくる。

「神蝶。この神社に訪れる人を出迎えてくれる神の使いです。」

光の蝶が掌の上に舞い降り、すぐに霧のように溶けて消える。指先には、たしかに温もりがあった。

神と人が共に生きる世界。ここは、そんな幻想が本当に息づいている場所だった。

もしも魔法というものを知らず、世界に魔法がなかったらここにきた時の驚きは今よりももっと大きかっただろう。

「行きましょう。」陽凪さんが言い、その背を追いかける。

神社の本殿に近づいていくたびに、世界が僕を受け入れてくれている感覚がした。




拝殿と言われる場所を抜け、さらに奥へと進むと、そこは外の世界とはまるで別の空間だった。「どうぞ。」

そう言って、陽凪さんは履き物を脱いで神社の本殿の中に上がっていく。

続こうとした僕に、彼女はそっと手を伸ばす。

「ここから先は、本来私と凪翔以外の立ち入りができない場所です。

ですので、この手を離さないようにお願いします。」

その言葉に頷き、僕は手を取る。2人で並んで中に入っていくと、陽凪さんの家と同じように木組の空間が広がっている。

しかし、同じと言っても何かが違う。

この場所の方が、生命力に満ちているとでも言えばいいだろうか。

いくつかの部屋を抜け、突き当たりにある一つの部屋の襖を、陽凪さんが開ける。

「これは……全部、鏡……?」思わず声が漏れる。

陽凪さんが頷いた。「神の力を象る御鏡です。神の象徴であり、この国の記憶でもあります。」

近づいて見ると、一枚一枚の鏡には異なる紋様が刻まれていた。ひとつは炎を模し、もうひとつは風を象っている。水の鏡には波紋が浮かび上がっては消え、土の鏡は重く静かに光を反射していた。

そのすべてが、ひとつの儀式のために並べられているようだった。まるで、この世界のすべての力をここに集めているかのように━━━━━━━

そして、その中央奥。

他とは明らかに異なる存在感を放つ二枚の鏡が並んでいた。右に輝いているのは太陽の鏡。その光は黄金の糸となって空間を満たし、目で見るだけで温もりを感じるほどに優しい光を放っている。

左に静かに光るは月の鏡。銀の光がまるで水のように揺らめき、静寂そのものを形にしたような存在感を放っていた。「この二つが……天照と月詠の御鏡です。」

「天照と月詠?」陽凪さんは静かに頷いた。「太陽はすべてを照らし、月はすべてを映す。光と影が共にあって、この国は守られてきたのです。」

その言葉を聞き、思い出す。

常に空に浮かぶ太陽と月。あれが、この鏡と一致する。

「天照。この世を照らす神。月詠は、世界を映す神です。」

陽凪さんが言ったその時、風が吹いた。閉ざされたはずの部屋の中で、どこからともなく風が流れ込む。

鏡の一枚━━風を象ったものが淡く輝き、それに呼応するように、炎の鏡がぼんやりと赤を帯びた。

「……感じますか?」と、陽凪さんが呟く。「神々は、眠ってなどいません。ずっと、私たちを見ている。」

陽凪さんが静かに一歩、太陽の鏡の前へ進み出る。

手を繋いでいる僕も、それにつられて前に出る。

「この地の理は、ここから始まり、ここで終わる。どれだけかもわからない長い長い時の先で、いつかこの隠離世が終わるその日まで。

神々は私たちを見守ってくださる。」

鏡の間に、ふっと一瞬だけ、影が差した。それは人の形にも、炎にも見えた。だが確かなのは、そこに神がいたということ。

僕の魔力が、微かに震える。この神聖な空間にいるだけで━━━━━心が、確かに何かに触れた気がした。




「もう夕暮れですね………」

茜色に染まる世界を見ながら、僕たちは長い階段を降りていく。

「すごいでしょう?神社を見て回るだけで何時間もかかってしまうんですよ。」

少し自慢げに、陽凪さんは言う。

………………………………

「えっと……それで、手はいつまで繋いでいればいいんですか?」

言い出しにくかったが、思い切って言ってみる。

別に繋いでいるのが嫌というわけじゃないのだが、一応ね。

すると、やはりという回答が返ってくる。

「え?あ!ごめんなさい!

ずっと繋ぎっぱなしになってました!」と言いながらも、陽凪さんは手を離さない。

無理に離すこともないため、僕はそのまま手を繋ぎ続ける。

「━━━━━━━━こうしていると、凪翔と手を繋いで神社を走り回っていた時のことを思い出しちゃって。」

そう言って遠くを見る彼女の目は、悲しみを帯びている。


「私たちの両親は、隠離世の統治者………つまり、今の私と凪翔と同じ立場でした。

両親に言われ、私たちは幼い頃から鍛錬をつまされるようになり、隠離世を護っていけるよう教育されました。

それからは一緒に遊んだりする機会も減ってしまって。

もっと遊びたかったなぁっていう思いが強いからか、私は小さい子と遊ぶのが好きなんです。」

笑顔で、陽凪さんは僕を見る。

「前に道場で会った子たちも、陽凪さんと遊べて楽しいんじゃないですか?

みんな笑顔でしたよ。」

「ですよね!あの子たちが大きくなった時にどうなっているのか今から楽しみです。」

柔らかい笑みを見て、僕も微笑みをこぼす。

「ん〜お腹空きましたね。

早く戻りましょうか。」

そう言って彼女は、僕を抱き上げる。

「ちょ!え!?いけるんですか!?」

ルーベルナさんやセルフィスさんと違って、正直言って陽凪さんは身長が低い。

大丈夫だろうかと心配していたが、彼女は軽々と僕を抱いて飛び始める。

「ふふふ。あまりナメないでもらいたいですね。」

キラッと音が鳴りそうな目をしてドヤる陽凪さんを見て、みんなのお姉さんという言葉は合わないなぁと思うのだった。

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