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炎の神

「あなたも大変な人生を送っていらっしゃる………とはいえ、自然を傷つけるのは可哀想なのでできるだけやめてあげて欲しいものですな。」

息を吐いてそう言う翁さんに、僕はすみません以外の言葉が出ない。

「隠離世の自然を壊した暁には、私が許しませんぞ?」

「あ、ははは……大丈夫ですよ………」

「本当ですかな?」

「ほ、本当ですって!」

「うーむ。」

「ま、まぁまぁ━━━━━」

翁さんを宥めようとした時、陽凪さんがふと顔をあげる。

その瞬間、不穏な空気が部屋の中を流れる。

「ふむ………禍々しい雰囲気ですな。」

「えぇ。行って参ります。」

そう言って、陽凪さんの姿はそこから消える。

「彼女1人で大丈夫なの?私でもわかるくらい異質な力だと思うんだけど。」

セルフィスさんも、異常を見切っているみたいだ。

わかっていないのは僕だけか………

「この力、久方ぶりすぎて忘れておりました。

“あれ“を姫様とぼっちゃんに止めさせるのは自分が許せませぬ。

老骨に鞭打ってでも行かなければ。

申し訳ありませんが、先に姫様を追いかけてくださいませぬか。準備を整えて私も向かいます。」

その言葉に頷き、僕は家を飛び出す。


「陽凪さん!」

空を飛行する彼女を見つけ、横に並ぶ。

「隠離世でそれだけの速度を出せるとは………魔力というのは侮れませんね。」

「花祈翁さんが準備が終わり次第向かうと言ってました!」

「………?どういうことですか?」

「詳細は分かりません!」

そう断言した僕に苦笑を見せ、陽凪さんは前を向く。

「この力の持ち主は、あれみたいです。」

どこまで続いているのかわからないほど広い森の先、黒煙が上がっている場所。中心にいる荒れ狂う炎を見つける。

その瞬間、黒鉛の上がっている場所で爆発が起き、何かが高速でこちらに吹き飛んでくる。

「凪翔!?」

即座にその体を陽凪さんが受け止め、それが凪翔さんであることがわかる。

「姉上………申し訳ありません。

突如として不穏な力を感じ、炎の神と対峙したのですが不覚を取りました。」

ボロボロになった服を見れば、相手が強敵であることはわかる。

「自分を責める必要はありません。あなたは退いて体を休めてください。」

「そ、それはできません!姉上に負担をかけさせるわけには………」

「凪翔、厳しいことを言うようですが、手負いのあなたがいてもそれこそ負担が増えるだけです。

ここは私に任せてください。

どれほどの相手かわかりません。メルぺディアくんも戻ってください。」

それだけ言って飛び出した陽凪さんを追って、僕も再び飛び始める。

「僕は元気なので行きますよ。

もしもの場合は撤退するのでご心配なく。」

負けそうになってもそう易々と帰る気はないが、一応言っておかないと帰れと言われそうだ。

「絶対ですよ!」

「もちろん!」

清々しいほど気持ちいい返事をして、僕たちはその炎の元へと飛んでいくのだった。



「その装束………お前が現在の陽光の巫女か。」

「現在?まるで昔の陽光の巫女を知っているかのようですね。」

決まった形があるわけじゃない。ただの大きな炎だが、確かにそれは言葉を放っている。

「千年も経ってしまえば、誰も覚えておるまい。」

「その間、あなたはどうしていたのですか?」

問いかける陽凪さんの目は、先ほどまでの弱っていた瞳から一転、鋭く光っていた。

「とある人間に封印されていてな。だが、俺の過去なんてものはどうでもいい。

隠離世を護りしその力、見せてもらおうか!」

「対話は不要ということですか………溢れ出す力から察するに、あなたは神だと思いますが、隠離世の平穏を乱そうとするのなら止めないわけにはいきません。」

どこからともなく、陽凪さんの手には弓が握られる。

「いいだろう。全力で挑んでくるがいい!

正邪の境すら焼き尽くし、全てを灰燼に帰して焔に問え。焔審(えんしん)ノ環(のかん)!」

紅蓮の炎が、僕たちの周囲を渦巻いていく。

「もしもの時以外は、自分の身を守ることだけを考えてください。」

陽凪さんの言葉に頷き、僕は彼女の持つ力を観察する。

収縮してくる炎を、陽凪さんはバリアのようなもので防ぐ。

「ふははは!この程度ではその守りすら崩せんかッ!

ならばこれならどうだ!『煉獄の鳴沙!』」

大地が赫く輝き、熱さを帯びる。

それを感じたかと同時に、森の木々が一瞬にして燃え尽きていく。

僕たちを飲み込む巨大な陣が描かれる。

これは流石にまずいか。

飛び上がって魔法陣を作ろうとした瞬間、陽凪さんが小さく言葉を放つ。

「花鳥界・暁 ━━━━━━」

刹那、今まで炎で溢れていた空間は花と鳥の2色の世界に変わる。

「これは……境界………」

凪翔さんの荒々しい境界とは違い、美しい光景が広がっている。

どこまでも続いていく雄大な自然の中に、僕たちだけの存在がはっきりと存在している。

「花は静寂をもたらし、鳥は世界の果てまでその声を響かせる。

冷き季節を超えて、温もりの花と共に姿を現さん。

美しく咲け。桜孤(おうこ)。」

淡い桃色の矢を添え、弓を構えた陽凪さんの足元に尾が5つある狐が現れる。

そして、その矢が放たれる。

「紅蓮の炎よ、姿を変えよ。焔神(えんしん)天鎖(てんさ)!」

炎の鎖が放たれた矢を捕え、次を構える陽凪さんに迫り来る。

しかし、桜孤が尾を振ると鎖の軌道上に花が開き、鎖を包み込んで散っていく。

「花鳥のうち1つで勝てるとでも思っているのか?」

「あなたの神力の大きさから見て、そう簡単に勝てなど考えていません`。」

そう言うと同時に、足元にいた桜孤が消え、数えきれない数の鳥が飛ぶ。

「煌びやかな翼で、どこまでも飛翔せよ。雷羽鶴(らいうかく)

黄金の翼を持つ首の長い鳥が、澄んだ空を旋回する。

「鳥か………俺の炎で焼き鳥にしてやる。」

そう言った炎に、弓を構えっぱなしで陽凪さんは口を開く。

「焼き鳥………最近食べてないですね………今日の夕飯は久しぶりに焼き鳥を━━━━━」


「「……………は?」」

目が点になっているであろう僕の口から、言葉が溢れる。

前にいる炎からも同じ言葉が出ているのだから聞き間違えということはないだろう。

思考が止まり始めた次の瞬間、

「グハッ!」と悲痛そうな声が聞こえる。

意識を覚醒させて見ると、炎に陽凪さんの放った矢が突き刺さっている。

いや、もう何が何だかわからん!

「くそ……油断した………」

炎が、弱々しくゆらめく。

「それで、あなたは何をぉ!?」

陽凪さんが言いかけた言葉が急に途切れ、僕は大きくため息をつく。

「い、痛いですっ!嘘です!嘘ですから!

ごめんなさいごめんなさい!」

大量の鳥につつかれながら縮こまってしまう彼女を置き去りに、僕は歩く。

そして、炎に手を向ける。

「なんだ。何も手を出してこないと思ったら、処刑人の役割でも任されたか?お前は外の人間だろう?」

吐き捨てるように言う炎。僕はそれに既視感を覚える。

「温かい炎ですね。人に温もりを与えられるような、そんな炎です。」

「…………………」

口を閉ざした炎に、笑いかける。

その時、

「お久しぶりですな。」と後ろから声が聞こえる。

「なっ!テメェまだ生きてんのか!?もう千年経ってんだぞ!?」

炎の声を背に受けながら振り返ると、そこには杖を持つ翁さんの姿がある。

「千年は生きれませぬて。あなたが蘇ってくるのを待つべく、神になったのですじゃ。」

柔らかい笑みで、翁さんは答える。

「また俺を封印しようと言うなら、その必要はないぞ。

もう、この命は消えゆくのみだからな。」

「うぅむ………やはりここまで歳食ってしまうと力になれないものですな……」と言って翁さんはため息をつく。

「このまま消えていいんですか?」

使命というものが何かを考えるまでもなく、気づいた時には口が勝手に開いていた。

「いいか少年よ。この世界にいる神には使命というものがある。

それが果たされた時、その神はここで生きる資格を失うのだ。」

「止める手立ては?」

「あるわけ無かろう。」

だんだんと弱まっていく炎を、僕は見つめる。

「隠離世で失われた神の命はどうなるんですか?」

翁さんに問いかけると、その人は髭を撫でながら少し考え込む。

「この世界に縛り付けられるということ以外はわかりませんな………

“終わることなき永遠の時間の中で、その時が訪れるのを待つ“と。」

「その時?」

「おそらく、隠離世の終わりでしょう。」

その言い方から、おそらくと言いながら確信を持っているとわかる。

いつ隠離世の終わりが来るのかわからないなら、やらなければいけない。

「まだやり残したことがあると思うなら、この手を取ってください。

できるかはわかりませんが、やる価値はあります。」

差し伸べた手を前にして少し悩み、炎から手が伸びてくる。

「やっぱり、温かい。」

僕と炎を周りを、漆黒の闇が包み込んでいく。

「覚悟はできていますか?」

問いかけた僕に、

「お前は………何がしたいんだ?」と炎が返す。

「ただの勘違いかもしれないですけど、なんとなく感じるんですよ。

もっと違うものを見たいんじゃないかって。」

「なんとなくでそんなことを感じ取れるとは………末恐ろしい子供だな。」

「純粋な心を持っていると言って欲しいですね。」

「お前、馴れ馴れしいな。」

「ふふっ。いいじゃないですか。さぁ、時間がないので急ぎますよ。」

手を離し、僕は魔法陣を描く。


「蒼穹を覆う万の光よ、幻の燈火となりて我が掌に集え。

その煌めきは鎮魂の祈り、その閃きは絶望の調べ。

闇に沈め夜に帰して、その輝きをこの世に知らしめん。

現れろ、万物を照らす深淵の篝火。」

煌めく星が、闇を照らしだす。


「あなたの温もりを、信じています。」


炎は、強く燃え上がっていく。


「………………ろ。」


「?何か言いましたか?」

「信じろ。

意味は後でわかる。」

そう言って口を閉ざした炎に頷くと同時に、光が弾ける。


天穹星羅(セレスティアル・)幻燈(アスト・)(レクイエム)

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