未来を護るのは………
「一体、あなたたちはどんな世界を歩いているんですか………?」
放心状態で座り込んでいるサレナさんが、言葉を漏らす。
だが、今はそんなことにいちいち答えている場合じゃない。
どうすれば………
あの神の魔力量は圧倒的で、僕たちでは敵わない。ただ、もしもあの神が魔法術式の構築ができないなら?
それならばなんとかして勝つことも………
いや、そんな夢物語を考えていちゃダメだ。
都合のいいことばかり願っても、現実は甘くない。
息を整え、自分の頬を叩いた時、
「何やら非常事態みたいだな」と声が聞こえる。
すぐ近く。こちらに向けて歩いてくるパトリスさんと、その後ろを走って向かって来ているモイトン先生の姿がある。
「2人とも………どうしてここに?」
「今の力、時空神のものだろう?」
返事をもらう前に、少し食い気味にパトリスさんが言う。
「あの神を知ってるんですか?」
そう問いかけた僕に頷き、振り返って
「言ってもいいか?」とモイトン先生に何かの確認をとる。
「だ、大丈夫です。」
息を切らせて追いついたモイトン先生から目を離し、パトリスさんは再び僕たちに視線を戻す。
「単刀直入に言おう。
私の名はパトリスク。神のうちの1人だ。」
…………………………え?
「まぁ、だいぶ力を抑えていたからな。気づかないのも無理はないだろう。」
パトリスさん?パトリスクさん?はそう言っているが、見破れなかったことにちょっとだけ悔しい気持ちが残っている。
そして、今の話の流れ的には………
「メルぺディアと2人の神は理解していると思うが、私はモイトンと契約を交わしている。
ただ、先ほどの時空神に打ち勝てるほどの力は到底持っていない。過度な期待はしないでもらいたい。」
やはり、モイトン先生と契約しているのか………それにしても、なんで今まで神ということを隠してたんだろうか?
「メルぺディアよ。」
「あ、はい!」
「お前はどうすれば未来を変えられると思う。」
その問いに答えようと思考し始めた僕の頭には、少し違った
ついこの間新たな問題には手を出さない方がいいなんて思っていながら、結局僕はこの状況をどうすれば打破できるかを考えている。
だが、やらなければいけないことはやるべきだろう。
「すべての未来を変えるのは、正直言って今の時点では難しいと思います。」
「ほう、なかなか冷静な考えだ。もちろん、私もそう思っている。」
「しかし、何もできないわけでもないと思います。
実現可能なレベルだと、この魔法学科にいる人たちの力を底上げして、戦いが起きても生き残ったり誰かを護ったりできるようにする。とか………」
急なことで確実にできるなんて言えないが、実際今思いつくものだとそれが1番だ。
「それに、力を貸してくれるのか?」
「どういうことですか?」
「お前はこの時代の人間じゃない。本来、この時代を形作っていくのはこの時代に生きていく者がやるべきことだ。
全く違う世界のために、自分が責任を負うことも必要ないだろう。
何もせず一年を過ごすことだってできるんじゃないのか?」
そんなことを言ってはいるが、パトリスさんは本心でそれを願っているわけじゃないだろう。
「僕ができることなら、なんでもやりますよ。少しでも未来を明るくできるなら。
今も過去も未来も、そこに人が生きているのは同じで、過去があるから未来があって、未来があるから過去があるんでしょう?
だったら時代なんて関係なく、僕は人を助けたい。」
断言した僕に、パトリスさんはフッと笑みを浮かべる。
深く深呼吸して、目を開く。
未来を救うための闘いが始まろうとしていた。
「お前には苦しい思いをさせると思うが………」
「大丈夫です………やはり、私にこんな立場は向かないということですよ。」
俯いて弱々しい目をしているその男の肩に、私は手を置く。
「お前の今までの人生を、私はずっと見てきた。
魔法学科は子供に殺しを教えるだけだと言われながらも魔法学科に教師として入り、お前は今までよく頑張ってその責務を全うしてきた。
だが………」
「わかっています。
メルぺディアくんと私とでは、天地がひっくり返っても届かないほどの差があります。
さっきの神の力を感じた瞬間、私は息が上がって呼吸すら意識しないとできなくなってしまった。それなのに、あの少年はしっかりと立ち、どこまでも冷静でした。
あなたが言っていた、“史上最恐の魔法使いの死“が彼によるものだと言われても、今なら驚くことなく受け入れることができます。
私の実力では、今からたった一年の間で彼らが戦争の中を生き抜けるほどの成長を与えることなんてできない。」
「本当にお前は生徒思いだな。自分は師によって人生の終わりとなるほどの危険を味わったというのに。」
「だからこそかもしれませんね。
私が死にかけたのが師のせいなら、私が今生きていけているのも師のおかげなんですから。」
まったく、この男はどこまで自分のことを後回しにすれば気が済むのか。
モイトン。
その名は、こいつが10になった時に魔法を教わった相手に名付けられた名前だ。
それから二年、師匠であるその男はモイトンを連れて戦場に出向き、自分が死にそうになるとこいつを置いて逃げ出した。
もうずいぶんも前のことになる。
なんとか戦場から逃げ出し、この街に逃げ込んだ。
ちょうどそれから一年後、フロウが魔法学科というものを作り出そうとし、当時街を敵から守ったことで名を上げたモイトンを学校の教師として誘った。
各国の疲弊によって戦争が終わりを迎え始めていたこともあって、世界中で子供に魔法を教えることは必要のないことだと言われ、人殺しを増やすだけだと言われ始めた。
しかし、それは次の戦争を有利に進めるために各国が広めた偽りの言葉であり、新たな強敵を作り出さないための情報戦略だった。
守護神と言われていた1人の若き魔法使いは、人殺しを作る人殺しだと言われ始めた。
そんな時、私はこの男と契約を交わした。
こいつの助けになってやりたいと、心から思った。
たった数人でも、認めて寄り添ってやる存在が必要だと思った。
だから、私はなんと言われようとこいつの隣に立つことにした。
悪戦苦闘しながらも自分で魔法の研究をし、どうやったら生徒に教えられるかを昼夜問わず考え、今のあいつらをここまで成長させた。
今は立派に15くらいの歳になっているが、モイトンが教え始めたのは彼らが5歳や6歳くらいの時から。
それぞれの事情で集まってきた生徒たちを、熱心にこいつは育ててきた。
『お願いできませんか?』
ある日急に、私にも教室に来てほしいと言い出した。
自分の実力では限界がある。しかし、神という存在はいないと言われる現在、神を名乗ると色々と面倒ごとが起こる。
だから、生徒として教室に来てほしい。みんなを率いていく最年長の存在になってほしいと頼み込んできた。
人のために努力を重ねた男の、自分の力不足を認めた上で人のためにもっと先をという思い。
それに、私は応える以外の選択肢を持ち合わせなかった。
今なお努力を続けているこの男に、私はそれでも言わなければならない。
「お前では、あいつらを生き残らせることはできない。」
小さく何度か頷きながら、モイトンは拳を握りしめる。
生徒の前で涙を流すことはできないと言って涙を見せなかったその男の目から、一粒の水が落ちる。
だが、それは涙であって涙じゃない。
大好きな奴らのために流す、未来への希望。
「お前にしかできないことも存在する。
2人で、できる限りのことをしよう。
あいつらの未来を明るく照らすために。」
震える体を抱き寄せるくらいのことしか、私にはできなかった。




