未来である過去
「イッテェ………あんな本気で引っ叩くことないだろ!」
店から出た後、空はもう真っ暗だった。
頬を叩かれた痛みが消えないセルジュさんは、赤くなった部分をさっきからずっと摩っている。
「はぁ?私の胸を触っておいてその程度で許してあげてるんだから文句言うなって話でしょ!」
「お前の胸なんて触りたくもねぇし触ってもなんとも思わねぇよ!」
「鼻血出してたでしょうが!」
「叩かれたから出ただけだ!」
「叩かれる前から出ていた気が………」
反射的に言ってしまい、僕は口を塞ぐ。
「お、おめっ!何言ってんだよ!冗談きついぜ!」
あはははは………と嘘丸出しの笑いをしながら、セルジュさんはクレムさんをチラリ。そして、蛇に睨まれたカエルのように小さくなった。
微笑ましい。うん。すごく微笑ましい。
地雷を踏ませた張本人である僕はそんなことを思いつつ目を背ける。
「校長が払ってくれているらしい。あれだけ食べてまだもらいすぎということは、だいぶ払ってくれたみたいだな。」
パトリスさんが最後に店から出てきて苦笑する。
「明日お礼を言いに……って明日はあれか。セイガクタイが来る日ね。」
「あぁ、街に行けば校長もいるだろうな。」
「セイガクタイ?」
新たな言葉に戸惑っている僕に、
「聖楽隊っていうのは、神へ捧げる音楽……教会の人たちが歌うもの。」とサレナさんが教えてくれる。
そういえば、この世界で教会とか神とかって話を聞いてなかった気がする。
新たな関心が生まれるとほぼ同時に、サレナさんが話を繋げる。
「少し、付き合ってもらっても……いいかな?」
「え?あ、はい。大丈夫ですよ。どうしました?」
急な申し出に、僕はOKを出す。
歩き始めたみんなが、僕たちを振り返って足を止める。
「お前たちは戻らないのか?」
そう聞かれ、僕たちは少し話をしたいということを伝える。
「それはいいが………もう時間は9時を超えそうだ。メルぺディアに関しては戻れと言われるんじゃないか?」
どうやら、子供は犯罪に巻き込まれやすいという理由から、10歳以下の子供は9時以降親と共にする外出以外を認められていないらしい。
「じゃあ、こうしましょう!」
少し時間をもらい、僕は魔法術式を組み上げていく。
やること自体は時間系魔法だから慣れている。
そして魔法陣を描き、僕はそれに入る。
さぁ、上手くいってくれ!
「ど、どうですかね?」
周りに浮かんだ霧を払ながら、僕はみんなを見る。
全員、目を見開いて驚いている。反応的に成功した………のかな?
新たに作り出した魔法によって、僕は自分の時間を未来に進めた。
つまり、身長が伸びたというわけだ。
制服をビリビリにするわけにはいかないため、制服には前にルーベルナさんが服につけてくれていた自分の大きさに合わせて服のサイズを変えられる魔法術式を仕込んでおいた。
ただ、誰も何も言わないこの空気感に恥ずかしさが込み上げてくる。
「ほ、ほら!いきましょう!」
サレナさんの手を取って、僕は小走りに駆け出した。
「も、もうこの辺で……」
サレナさんの声で止まり、僕たちは近くにあったベンチに座る。
ベンチからは川や山が見え、街を囲む大自然を感じ取れる。
のだが………………………………
どちらも一言も発さない空間が出来上がり、僕はどうするべきか迷っている。
いや、こういう時は自分から行くべきだ。
そんな勝手な思いから僕は口を開く。
「何か、悩み事ですか?」
そう聞いてみるも、答えがすぐには返ってこない。
しばらくの時間が経ち放たれたのは、
「メルぺディアくんは、未来を知っていますか?」という唐突な問い。
未来を知っているかと言われれば知っているが、それは断片的でしかない。
「一部は知っている………という感じですね。
というよりも、なんでわかったんですか?」
「正直、過去から来たのか未来から来たのかは分かりません。でも、私も未来が見えるんです。」
僕が聞いたことと少しずれているが、考えてみればわかることかと納得する。
ルーベルナさんの口ぶりだったり、ドルティーさんに勝てるほどなのに名前が広まっていないなど、思いつくだけでもそれらしい理由は出てくる。
それらを組み合わせれば今この時間軸に突如として現れた人間であると思われることだろう。
それよりも、もっと大切なことは1番最後の言葉だ。
「未来が見える……というのは、魔法によってということですか?」
その問いに、サレナさんは首を横に振る。
「メルぺディアくんが知っているかは分かりませんが、“呪い“というものがこの世界にはあるんです。」
「それは、魔力を使える人間が持つというやつですよね?」
「やっぱり知ってるんですね………そして、私が持つ呪いが、“未来が見える“というものなんです。」
未来が見える呪いで、僕がこの世界にくるということを知っていたのだろうか?というより、未来が見えるならドルティーさんの一件の時も危険だと訴えることもできただろう。
好きに未来が見えるなら、実際に自分が危険な目に遭っている未来も見えるはずだし。
つまり、そこから導き出される答えは………
「見える未来には、制限があるんですよね?」
「はい……私が見える未来は、自分が不幸になることばかりです。」
そこまで言って、サレナさんは一瞬止まり、一度息をして言葉を紡ぐ。
「そして、今見えているのは━━━━━━うっ!」
突如、サレナさんが自分の胸を抑えてベンチから崩れ落ちる。
「だ、大丈夫ですか!?」
回復魔法?それで治るのか?いや、とにかくやってみるしか………!
魔法陣を描き始めた僕の手を、彼女はそっと止める。
「だい…じょうぶです。未来のことを話そうとすると、どうしてもこうなって………同じ未来を知る人の前ならなんとかと思ったんですけど、やっぱり無理そうです…………」
なんとかではあるが、荒い息を抑えながらサレナさんは教えてくれる。これも、呪いによる作用ということだろう。
サレナさんをゆっくりとベンチに座らせながら、僕は話を整理しながら彼女が言おうとしていたことを考える。
僕が見て来た未来は、直近でも五百年後。そして、サレナさんが見える未来は自分が不幸になるものだという。
しかし、サレナさんが見ているものを僕は見ていない可能性が高い。
僕が見ているものを見るためにはサレナさんが五百年の時を生きるということになるからだ。
それは関しては完全な空想論だ。
となると、やはり僕が見ていないことという方が自然に落とし込める。
サレナさんは何を見ている?いつの時代なのかすらわからないのであれば、見当もつかない。
背中をさすりながら、僕は考える。
数秒、とてつもない速度で回転していく頭の中で、僕は思い出す。
さっき引っかかったものが、再び姿を現す。
今、この世界で不幸になる要素といえば、まず最初に挙げられるのが戦争だろう。
今日聞いた話から、一時停戦しているだけだということは分かりきっている。
順当に考えるなら、戦争はサレナさんが生きているうちに始まるのだろう。
そして、リュシアさんがいた時代は、戦争なんてなかった。そこからさらに五百年進んでも、大規模な街や村もなかった。
要するに、戦争はすでに終わっていて、ログレン王の時代付近までは起こらない。
……………いや、違う。
根本的に違う。
そうして、僕は、導き出した。
その結論に至った時、僕は自分の身体が震えているのを理解するが、それでも導き出した答えを深く読み解いていく。
五百年後。リュシアさんと初めて出会った時代に戦争がなかった理由。そして、街もなかった理由。
それは、人がいなかったから。
なぜ、人がいなかったのか。
今の時代でしっかりとした街が作られているのに、街も人もなくなったのはなぜか。
答えはおそらく、“世界中の人の大半が死んだから”だ。
それから千年以上が経ち、世界はやっと人を取り戻し、技術を取り戻し、街を取り戻した。
そしてもう一つ。人間の寿命は魔法によって無理やり延命したりしなければ50歳くらいらしい。もちろん、突出して長生きする人も稀にいるが、平均的にみると五十年いくかいかないか。
つまり、サレナさんがそれくらいまでの歳しか生きられないとすると、その戦争が起こるのは………今から約四十年以内。
しかし、僕にはそれをなんとかできる手がある。
時間移動で未来へ行って何が起きていたかを知れば、今この瞬間から動き出して過去から未来を変えられる!
そう考えついた瞬間、天が落ちる。
今まで感じたこともない、圧倒的な力。
それを全身で感じ取る。
これは、やばい。
リュシアさんですら比較にならないほどの力。
天に亀裂が入り、世界が照らされる。
「下がってください。」
一歩前に出ると同時に、ルーベルナさんとセルフィスさんが隣に現れる。
光り輝く天から、人影が姿を現す。
遠さと光でよく見えないが、女性のようなシルエット。
「この力………」
険しい顔で空を見上げているルーベルナさんと、驚きが隠せなさそうなセルフィスさんの横顔を見ながら、僕もその相手を視界に定める。
「人の子よ、汝に告げる。
汝が未来へ歩む時、汝の命は途絶えるだろう。」
遥か遠く、世界に降り立った場所から動くこともなく勝手なことを言い始めたその相手に僕は言い返そうと口を開きかけ、ルーベルナさんにそれを止められる。
「あなたは、一体誰でしょうか?
その異常なまでの魔力量。そんな神は私たちがいた時代にいなかったはずですが。」
僕の代わりに問いかけたルーベルナさんに、天に立つ相手は静かに答える。
「当たり前だろう。
上位神50体のうち、38の神は其方たちが元いた時代より変わっている。」
「やはり、上位神なのですね………」
「いかにも。我は時空神クリムレス。
時空を管理し、監視するのも我の役目なり。
そして、其方らが未来にいくことで歴史の変革が起こる。」
「すでに、何度か変革は訪れているはずですが?」
「確かに、すでに変化した歴史は存在する。
しかし、其方らが確定させた未来を再度変化させることは許されていない。
猶予は一年。
一年が経過すると同時に時空逆流によって過去へと帰るがいい。」
「━━━━━もし、僕たちが未来に行くと言ったら?」
抑えきれなくなって、僕は口を開く。
「我が其方らを処刑することになるだろう。
もっとも、その時点で其方らの旅は終わりを迎える。」
それだけ言って、その相手は光と共に消えていった。




