うるさいクラスメイト
「メルぺディア………くん?」
教室の椅子に座ってぼーっとどこか遠くを見ていた僕は、サレナさんの言葉で意識を戻す。
「どうかしましたか?」
「虚無すぎるのよ。こっちまで心配になるでしょ。」
横からクレムさんが同調し、ごめんなさいと謝る。
「あと、敬語もいらないわ。サレナもそれでいいでしょ?」
「も、もちろん。」
そんなやり取りを横目に、僕は小さく息を吐く。
今僕がいるのは学校だ。笑顔を作って、2人の方を見る。
「よろしくおねが………よ、よろしく!」
僕の言葉に2人は嬉しそうに笑い、ほら、あんたも挨拶したら?とセルジュさんに言う。
「はぁ?なんで俺が……」
「ほら!恥ずかしがらないの。」
彼の顔を覗きこみながら、クレムさんはセルジュさんに顔を近づけていく。
「ち、近いって!わかった!わかった!」
顔を赤くしながら、セルジュさんは自分の名前を名乗る。
もっと自己紹介しろと言われていたが、それ以上は何も言わず目を逸らしてしまった。
今まで名前がわからなかった紺色の髪の人は、エートさんと言うらしい。
そしてもう1人、パトリスさんという大柄な人の自己紹介も受けた。最も年長で、17歳らしい。
セルジュさんが僕への敵意を剥き出しなのはいまだに怖いが、それ以外の人たちは優しく僕を迎え入れてくれた。
先生もみんなも、あの時黒い壁の向こう側で何が起きていたのかを一回は聞いていたけど、何度も聞いてくることはなかった。
正直、自分の気持ちを整理できていなかったため、その気遣いは僕にとってありがいたものだ。
「ねぇ。今日の帰り、メルぺディアの歓迎会をやらない?」
クレムさんが声をあげ、周りの生徒たちも首を縦に振った。
その時。
「いいことじゃないか!しかし、君たちはお金がないだろ?」
そんなことを言いながら、フロウさんが現れた。
「うっ……それは………」
少し俯いて、クレムさんが言葉に詰まった時、
「それじゃあ、これを。」「それでは、これを。」と声が重なる。
「「え?」」
本人たちもどういう状況か理解していないのだろうが、そこにはフロウさん以外の来客がいた。
「る、ルーベルナさん!?」
反射的に声を上げた僕を、誰も見ることはない。
全員、ルーベルナさんのことを真っ直ぐに見ているのだ。
「き、綺麗………」
固まっているクレムさんが声を漏らし、サレナさんもその姿に見惚れている。
「あ、はは……ありがとうございます。」
急に言われて困惑したのか、ルーベルナさんは遠慮がちに感謝を述べている。
「どうです?このあと一杯お茶でも。」
「あー!校長先生それナンパでしょ!」
「う、うるさいな!君らも大人になったらわかる!こんな綺麗な女性そうそういないぞ!」
「大人にならなくてもわかります〜!」
なんていう言い合いをしている横で苦笑を浮かべているルーベルナさんに、僕は声をかける。
「どうしたんですか?緊急事態、とか?」
「いえ、そういうわけじゃありません。これを渡しておかなければと思いまして。」
そう言って、ルーベルナさんは小袋を渡してくる。
それを受け取る時の音で、中に入っているものがお金であるとわかる。
「この世界の金貨はどれくらいの価値があるのですか?」
ルーベルナさんに聞かれ、
「今ですと金はだいぶ高価なものになります。それこそ、戦争が始まる前ならもっと安かったかもしれませんが、戦争にあたって各国が金を掘り尽くしてしまいましたからね。」とやや早口かつ自慢げにフロウさんは答える。
「「なるほど……」」
僕とルーベルナさんの声が重なり、僕たちは顔を見合わせて笑う。
ここ最近話していなかったからか少しぐっときた感情を抑え、周りの視線が集まっていることに気づく。
「そういえば、2人はどういう関係なの…なんですか?」
ルーベルナさんもいるからか、敬語になりながらクレムさんが僕たちに聞いてくる。
「私は、メルぺディアくんの親代わりというか、そんな感じです。」
「家族です。」
そう答えた僕に、ルーベルナさんは嬉しそうに笑う。
その時、鐘の音が鳴って授業の開始を告げる。
「お邪魔みたいですね。」
「もう行っちゃうんですか?」
「私がここにいてもできることはありませんから。」
別に、ルーベルナさんが魔法を教えるのを見たりすることもできると思うのだが……
「それに、久しぶりにメルぺディアくんと話せてちょっと火照ってきちゃいましたから。」
「ほ、ホテっ!?ホタテッ!?」
ほ、ホタテ?
なんだかよくわからないことをルーベルナさんが言い出したかと思えば、それに乗っかるようにクレムさんもよくわからないことを言い始める。
「冗談ですよ。この子のこと、よろしくお願いします。」
その場にいた人たちに笑顔を見せて、ルーベルナさんは転移魔法でどこかへ。
「さぁ、歓迎会の話はまた後にして授業をしますよ。ほら、校長先生も。いつまで鼻の下伸ばしてらっしゃるんですか。」
「も、モイトン先生も釣れないなぁ………わかったわかった!
歓迎会のお金は私が出すから楽しんでこーい!」
部屋から閉め出されつつも響き渡る声を聞いて、僕はクスッと笑ってしまった。
「それじゃあ、かんぱーい!」
ジュースの入ったグラスを手に取って、僕たちはそれを軽くぶつけ合う。久しぶりのジュースは甘く、りんごの味がした。
「それにしても………こんな場所があるんですね。」
カフェ、と言うらしいが、こぢんまりしていそうで中は結構なスペースがあり、校長が予約しておいてくれたという奥の団体用の部屋で僕たちは集まっていた。
「まぁ、戦争ばっかでみんな疲れてるのさ。
一時とはいえ止まっているんだから、この間に娯楽を得ておくってのも大切だろう?」
僕の左にいるパトリスさんが教えてくれて、さっきの校長の話とも重ねながら僕は考える。その戦争はいつから始まり、いつになったら終わるのか。
今は正式に終わっているわけではなく、ただの停戦期間らしい。
この間にそれぞれが力を蓄え、次の戦いを巻き起こすと言うのだからただただ犠牲者を増やすだけだ。
だからと言って無名の僕がどこかの国を説得しようにも、できないだろう。
戦争かぁ………あれ?ちょっと待てよ?何かが引っ掛かる。
戦争をするということは、人が死に、街も消えるだろう。
そんな状況にいつしかなったことがあるような………
「大丈夫……?」
右からかけられた声に、またやってしまったと僕は意識を現実に戻す。
考え事を始めるとすぐに周りが見えなくなる、悪い癖だ。
「だ、大丈夫で……だよ。」
心配そうにこちらを覗いていたサレナさんに答えた瞬間、
「ちょっと!また全部食べてんじゃん!何皿目だと思ってんの!?」と鋭い声が飛ぶ。
そちらを見ると、例の如くセルジュさんとクレムさんが言い合いをしている。
なぜ、その2人を隣にしたのか。
位置的には、6席のうち片方の真ん中に僕、その向かいにクレムさん、その両隣にセルジュさんとエートさんと言った感じだ。
「もういいじゃん次のやつ頼めば。」
「それを3回以上繰り返してこうなんだから一回痛い目見せとかないと!」
呆れ顔で口を挟んだエートさんを一瞬で黙らせ、クレムさんは論争を続ける。
「こういうの、止めないんですか?」
パトリスさんに聞いて見るも、その人は水を飲みながら、止めるだけ無駄さ。との返答。うーん、確かに止めるだけ無駄なのかもしれない。
「お待たせしました〜」
次に運ばれてきたお皿をセルジュさんが先にゲットし、いかにも熱そうなステーキをフォークで刺して一口で行こうとしたところを、クレムさんが止めに入る。
「あっち!あちちちっち!」
フォークから飛行した肉が口元にあたり悲鳴をあげたセルジュさんが暴れた時、椅子がバキっと痛々しい音を立てて壊れた。
「うわぁ!?」
何か掴もうと必死に伸ばしたであろうその手が掴んだのは、幸か不幸かクレムさんの胸元だった。
次の瞬間、椅子が壊れた時よりも痛々しい、バシンッ!という音が響く。
吹き飛んでいったセルジュさんの鼻からは鼻血が飛び出し、そのまま地面に倒れこむ。
それを見たクレムさんは一言、
「よし、変態も死んだことだし頼みましょう。」と顔を赤くしながらも言い、僕は鼻血を出してピクピクしている本当に死にかけにしか見えないセルジュさんを見て、戦慄を覚えるのだった。




