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なんということです!と母上に叱られた。
どうもメアリーとの中がまだ発展しないのは私が意気地無しだからだと思われていたそうだが、あまり一緒にいないのだと使用人に聞いて直ぐにルーンを母上はお叱りになった。
愛がなければ何故連れてきたのですと足元に正座したルーンを母上は咎めた。
長々続き足が痺れてきた頃、母上の摂政が何やら書類の束をルーンに手渡した。
「こちらは?」
「アクアタウンの視察の見聞書よ。悪いところは無いのだけれど自分の目で確かめなければなりません。……ついでに実家に顔を出す予定だったの」
「着くまでにいくつか宿を取られ、ご体調を最優先にして行ってください。父は行かないのでしょう?」
「そう、旦那様が許して下さらないから行くのはやめました。ルーン、あなたがその代わりに行きなさい」
「……それは、行きたいですが。お祖母様やお祖父様にもご挨拶したいですし、ですが、それは良いのですか?」
母上に宛てがわれた執務は大抵父や母上で無ければならないような事が多い。
皇帝が顔を出すだけで治安は良くなり経済が回るし皇后が来られればあまり皇宮から出ない国母を一目見ようと人が賑わう。
両者とも相乗効果が利益になる。視察はその土地にとって死活を別けるとは言い過ぎだが、あればあるほど儲けを出せるので喜んで受け入れるのだ。
だが「汚点を正しに来る」のでは世論が良くない。いつ来ても大丈夫なように万全を維持しつつ陳情書を皇帝に送る。
そもそも汚点などないのだ。だって皇帝は考えた上で予算を割り振っているし良くも悪くもないはずだ。
それにこの国では「末裔」であられる皇帝を疑うものなどいないのでただの顔を出しに行くだけの事。それを視察と言っているに過ぎない。
ルーンは世継ぎとして紹介されているし母上の実家には何回か訪ねている。学校に行っていたので通っていた学生、親ともに顔を覚えられているしメアリーが来る時も見たものも多い。だから行って顔が分からず不義をされるとは思ってはいない。しかし、私はルーンだがルーンではないのですっごく不安なのです母上。
「あなたも大きくなりました。私は大丈夫だと信じているのですよルーン」
「あ……はい、あの、ですが」
「役目は分かっているはず。分からなければ一番後ろの紙に述べることを書き留めたわ。それを覚えていきなさい」
「決定事項なのですね」
「あなたがやらず誰ができるのです」
「承りました。母上、しかと役目をこなして参ります」
「それと───」
母上は満面の笑みを浮かべられた。
「あの、わたくしも行ってよろしいのでしょうか」
「もちろん。あなたは私の妻ですから」
「……まだ国の方々は受け止めきれないのでは?」
「私が黙らせます。あなたは皇后になる素質を持つ女性だからこう言ってはよろしくないのでしょうが、メアリー嬢と添い遂げられないならあなたを連れて逃げます」
「…………お戯れを」
「本気です」
「それはもっと良くないですわ」
馬車……ではなくなんかこう魔法で動く箱に乗ってアクアタウンに向かう。
多分この魔車だったか魔籠だったか固有名詞が付けられていた気がするがそれすら吹き飛ぶぐらい【アカダン】の内容が酷すぎた。
あとで父にでも聞くことにして向かい合うようにして座るメアリーを見つめる。
今日も一段と美しい。私の推し最高オブ最高。
「視察、と仰られるのですから大層な執務なのでしょう?妻と言えど、その……女を連れて、というのは怠慢に思われないでしょうか」
「怠慢……?どうして?」
「どうしてって……、ふふ、あ、いえ申し訳ありません」
笑った……。え??笑った??
ずっと無表情で何もかも諦めたような儚くあったメアリーが?何それすごい。
原案では全て文字だったから「笑顔」「微笑み」の表記はあったが見たことがなかった。
何しろ【アカダン】も【アカダン2】もメアリーはずっと顰めっ面か悲観した面持ちだったので。
「謝られることなど……。メアリー嬢、私の元では幸せで頂きたいのです。笑顔というのは私に元気を授けてくれるものですから。勿論、笑顔でないからダメではなくて、私はあなただから笑っていて欲しい」
「……ルーン皇太子殿下は変わっておられますわ。いい意味です」
「ありがとうございます。……愛しております、メアリー嬢」
「──光栄ですわ」
進行方向の先を行く従者達が乗る魔車が止まり、これもゆっくりと停止して扉が開いた。タッタッタとリズム良く足場が地面まで現れる。どういう原理。いや考えてはいけない。魔法なんだから原理とかない。というか地面に降りるのではダメなのか。ダメなんだろうな……。
ルーンは立ち上がって先を行く。足場を一段下がってメアリーに手を差し伸べる。
紳士たる者、エスコートが出来なくては話にならない。
メアリー嬢も特に反応もなく当然であるようにルーンの手を取った。
周りを見ると市街であるのか既に人溜りができていて納得がいく。
浮遊して飛ぶのは置いといて、階段を降るのは遠くまで連なる国民に認知されると共に来たのだと知らしめるためなんだろうと。
手を引いて自分により近付けて一緒に出てきたのが誰かを分からせる。ザワザワとし始めた広場に視線を一瞬だけ向けてすぐさまメアリーだけを見つめる。
踏み外さないように、誰にも取られぬように、愛していることが分かるように、だがその真意を見抜かれないように。
地面に着く頃には責任者である町長、並びに偉い人達が膝をついて頭を下げていて、どうすればいいのか悩みながら口を開く。
母上の箇条書きの部分には挨拶は乗ってなかったので。
「発言と謁見を許します。私はルーン・ヘキサゴン。皇太子を頂いています」
「この度はお忙しい中陳情書を拝見して頂き、聡明叡智と名を轟かせていらっしゃいます、ルーン皇太子殿下を拝謁出来ましたこと、恐悦至極に存じます」
「こちらこそ、あなた方がいらっしゃらなければ統治も上手くいきません。……今回皇帝、皇后が来れなかったことをまずは謝罪させていただきます」
「そのような……!」
「そして、なぜ私が来たのかはわかっていらっしゃる通り、あなた方が統制するこの地が整備され行き届いているので両陛下は私を遣わされたのです。素晴らしいあなた方、管理責任者とこの町に住む皆様には奉謝を送らせてもらいます」
もういい?ねぇもういいっていって。あ、いや、もっと重要なことを忘れていた。
ルーンの一歩後ろに控えていたメアリーを振り返ってこちらに呼ぶ。
まさか呼ばれるとは思っていなかったのだろう、瞳を瞬かせたメアリーはルーンにとっての一歩を三歩使ってしとしとと近付いてきた。可愛い。
「各所の皆様、ご紹介致します。私の妻、メアリー・シュタットベル嬢です。我が麗しの人を娶る時に噂は流れたでしょうから割愛させていただきますが、先日賢狼様に謁見を許されました」
「!」
「しかとこの耳で聞き及びました。私がメアリー嬢に惹かれたのは間違いなく運命でございましょう。なぜなら彼女は大地の魔法使いの生まれ変わりでいらっしゃるのです」
「それは……それはまことのことでございますか!?」
「えぇ、違えなく」
「──無礼を、お許しください……!皇太子夫人、恐悦至極でございます!よくぞいらっしゃいました。皆、あなたの配下にございます……!」
胡乱げにメアリーを見ていた者たちをこれでルーンの勝手で粛清せずに済みそうだ。安寧を取り戻した心には若干の余裕が生まれたのか肩の力を抜く。
「さて、今日は前乗りでしたから執務は明日に致します。母上の実家に寄らせていただいても?」
「勿論でございます!」
「ありがとうございます。各所の方々とは意見を擦り合わせ、国民の皆様にはお話を伺いたいと思いますが、今日はゆっくりさせて頂きます」
マルコとハンナに指先を緩く振ると小さく頭を下げて私たちの前に出るのでメアリーを連れ添って魔車に戻る。
宿はこの町の中央にあるのだが、実家は辺鄙な山!川!田んぼ!!という所なので歩いていくには遠い。
ちなみに、国境を超える際は宮廷の魔術棟に転移紋があってそれを使って行くことが出来る。三カ国にしっかりと設置してあるので行き来は可能だが、間違えて渡ってしまわないように宮廷魔法師が唱えるシステムになっている。
中間国には魔法は王族、それもひと握りしか使えないため何人もが転移紋を囲んで黒魔術さながらの儀式をするらしい。一番魔力があるのは国王(という設定)だが、使うのを見たことがないため本当に備わっているのかは謎である。