55.金髪
「全部、この服のせいだ……」
顔のほとぼりが冷めるどころか、気分は氷点下まで落ち込んでいる。
正直、今考えてもどうかしていた。色々なポーズをやり過ぎて妙な気分になっていたのもあるが、こんな服を着ていなければ変な気を起こす事も無かったはずだ。
……自業自得だとは判った上で、責任を服になすりつけているだけだ。こうでもしないと本当にやり切れない。
「でもほら、あたしは割と安心しましたよ」
「……汚点だから、忘れてくれ」
クールダウンした思考は最早、卑屈になる一歩手前……いや、その段階を過ぎている可能性さえある俺は、気を抜けば座り込みかねない。
コルチが俺の肩に手を置いて、歩きを補助するかのように押してくる。
「失礼かもしれないっスけど、姉御って女の子らしいとこ見た事なかったっスから」
「あんなの、女の子らしい事ではないだろ……」
どちらかと言われれば女性寄りの振る舞いではあっただろうが、コルチには笑われた以上、にゃんとか鳴くのは異世界でも特殊な部類という認識は間違っていないだろう。……思い出したら気分が落ち込んできた。
「可愛い服着て喜んだりするのは普通っスよ。あたしは恥ずかしい事では無いと思うっス」
「……む、ぅ……」
苦虫を噛み潰したような感覚で、相槌代わりに唸る俺。諭されているのは判るのだが、こと俺の場合は『元男性』だ。
元の世界にはオカマというタイプがいた気がするが、生憎そういう癖は無い。そもそもにゃんとか言ってしまうのは、俺の精神年齢を鑑みればかなりキツいタイプ……そう、分類されて然るべきだろう。
果たしてどの年齢ならセーフなのかは兎も角、男性ならアウトだろう。性差別とかではなく、至極一般的な発想から導き出された結論だ。
……これだけ自覚があって、なんであんな事をやってしまったのか。正に今、後悔している。
「ほら、ギルド着きましたよ」
「……。……ああ」
もう既にギルド付近まで着いていた事をコルチから教えられ、目を閉じて息を吐きつつ気持ちを切り替える。
正直まだ引きずっているが、この服とも今日でおさらばだ。大怪我の功名と言うべきか、名残惜しさが微塵もなくなったため、後は仕事をするだけだ。それなら耐えられる。
「よし……ん?」
無理に自分を納得させて解放されたドアから中の様子を伺うと、見慣れない2人組が見える。そのまま中へ入るとセフィーが
「あ、ツクモちゃん」
そして、その隣にはやはり見覚えの無い……金髪の男女。
見間違いかと思っていたが、女性の方は俺と似たような耳を生やしている。だが、明らかに俺の物とは違うボリュームのある尻尾を生やしてもいた。
(……狐の尻尾、か?いや、それよりも……)
隣にいた金髪の男性が、居心地が悪くなるくらいこちらをじろじろと見ている。傍らで狐らしき亜人が冷ややかな目を送ってはいるが、止めるつもりはないようだ。
「おー……ふむふむ。……」
何かに納得したように頷きながら、俺の事を観察してくる男。特段触れてくる訳でもないから対応に困った挙句、俺は彼らの観察に勤しむ事にした。
それぞれの年齢としては、男性の方はセフィーと同い年くらいに見えるが、亜人の方はコルチと同年代に見える。
そんな中、特に目を引いたのはその服装だ。先程は見えた上で無視していたが、パーツ毎に紅白に分けられたかのような綺麗なコントラストのそれは、巫女服というものだ。
ただ、記憶にあるそれよりも露出が多く、かなりデフォルメされているように見える。狐らしい雰囲気と相まって違和感は無いが、口調もあって余計に……そう、コスプレらしさを際立たせている。
そんな片割れの強烈なインパクトに目を持っていかれそうになるが、負けず劣らず隣の男性の格好も変だ。
胸の辺りに『BEAST』と筆のような字体で書かれた白いTシャツに、青いデニムジーンズ。ラフな格好のせいで一瞬気付かなかったが、ここが異世界である事を考えれば不自然の塊である。
そして当然、こんな2人組を今まで見た事は無い。片方の男は街中にいても分からないかもしれないが、服装がこんなのであれば忘れたりはしない。
(……というか、BEASTって何……)
聞こえないくらいの声で感想を漏らす。直訳で獣、とかそういう意味だ。生前もこの手の謎なTシャツは多かったが、異世界だとかなり謎めいた部類ではないだろうか。
「この子が、ツクモちゃんよ」
「……。ふむ、ふむふむ……君がツクモちゃんか!可愛いね!」
「……えー……っと」
「これ、自己紹介くらいせんか……困っとるじゃろ」
セフィーの紹介に、目をきらきら輝かせてこちらを観察しながら突然大声を出してくる男性。
それを、隣にいた亜人の女の子が年寄りの演技をしているかのような口調で叱る。
「おっと、そうだった……僕はユノキ。呼び捨てでいいよ」
ユノキと自称する男性は、そのまま隣の亜人を手のひらを見せるように示す。多少オーバーな動きは、見た目より精神年齢が低そうに見える。
「そしてこちらのじゃロリ狐っ娘が……」
「狐亜人じゃ。……いや、訂正せんでも判るか。わしは狐亜人のウルム。一応こやつの補佐じゃな」
のじゃロリ狐っ娘、とかいう愛称……いや、俗称で呼んだユノキを睨みながら訂正するかのように念を押し、変わらず老人のような一人称で名前を言う狐亜人の女の子。
楽しげに俺の観察を再開したユノキという男性に、それをちらりと見て呆れ顔のウルムを見て、俺は未だに困惑が解けずにいた。
自己紹介されたはいいものの、そもそも初対面なのでここまでじろじろ見られる理由は無いはずだ。かといって目の前のユノキに尋ねる気にもなれず他に知っていそうな人物の方を見ると、コルチが既に聞き始めていた。
「セフィーの姉御、この二人はどういう人達なんスか?」
「一応、パーズにある龍の雫の偉い人……というか、ギルド長よ」
「え、ほんとっスか……?」
「マジかよ……」
その言葉に思わず二人組の男性の方を見る。セフィーは二人のうちどちらがギルド長だとは言っていないが、消去法で判る。
(ギルド長……え、このTシャツにジーパン履いてる奴が……?)
どうやらコルチも同じ結論に達し、同じような疑問を抱いたのだろう。その人物を不思議そうに見つめている。
ウルムという狐亜人を含め、結果的にその場にいる殆どがその男に注目する。ようやく自分に視線が集中している事に気付いたのか、彼は惚けたように首を傾げていた。