38.夜食
角を納品しにギルドへ向かった俺は、ギルドの喧騒に少し気圧される。
結局、ダンジョンから出てきた時点で日は暮れていた。昼間も街中は活気に溢れていたが、夜になるとギルドにまでその活気が及ぶようだ。
冒険者達は見ない訳ではなかったが、ギルドで見た事は無い。冒険者は昼間に増える……セフィーがそんな事を言っていた気がするが、俺の活動時間はその冒険者とはずれているのだろう。
周りを少し見回しながらいそいそとカウンターへ近寄ると、セフィーに話しかけられる。
「今日は遅かったのね」
「ああ。これ、ここに渡せばいいのか?」
依頼書と茶色の角を12本渡すと、セフィーは軽く頷いて奥へと引っ込んでいく。
白いツノは結局折れなかった。ダンジョンから出た後、近くの石を使って折れないか試してみたのだが、これがまた硬いのなんの……。
根元に石を挟んでてこの原理で折れないか試してみたのだが、まさか全体重をかけても折れないとは思わなかった。俺が軽い可能性はあるが。
石で打ち付ければ折れるかと思ったが、変に折れても納品出来ない可能性があったため角は死体にくっついたまま放置した。
……最悪、ギルドでそのまま出そうかとも思ったが、周りには普通に食事をとっている冒険者もいる。食べている横で死体を出すほど無神経では無い。
まあ、職業的に気にしないと思うけども……わざわざトラブルになりそうな事をしなくてもいいだろう。
「……む……」
じっくりと見られている訳ではないが、この時間、この場所で子供は珍しいのだろうか……ちらりと見ると、目は合わなくとも視線が交わった気がした。
「これ報酬よ。……【魔力球】は大丈夫だった?」
「ん。まあ、なんとか。当たる事もなかったし」
俺の言葉にそう、と言いながら嬉しそうに微笑むセフィー。……本当は二発貰っているが、言うことでもないだろう。
ちゃらりと音の鳴る袋が手渡される。確か銀貨1枚の依頼だったので、音が鳴る枚数入っているという事は追加報酬があったようだ。
「ツクモちゃん、食べてく?席はあるけど」
「今日はいいかな。また、明日の朝にでも来るよ」
空腹なのは事実だが申し出を断ると、カウンターの奥から喧騒の中でも通る声が聞こえてきた。
『セフィー、肉の用意できてんぞ!』
「っと、じゃあまた明日ねツクモちゃん!……今行くわよ!」
セフィーはカウンターの奥へ引っ込む。あの声はガドルか……そういえばギルドにいるって言ってたな。
忙しそうなので、邪魔しないよう龍の雫を出てから中の様子を思い返す。
「……あれ、ガドルが料理作ってたのか?」
メランはカウンターの奥から料理を出しては運び、忙しそうに動き回っていた。
給仕をしている彼女を見ればガドルが厨房担当なのは考えるまでもないのだが、似合わない。
失礼だと思いつつちょっと笑っていると、ふと五感をくすぐる匂いで思考を中断させられる。
「……肉……」
花や自然、というよりは空腹をくすぐるような芳香。ギルドでも同じような香りがしたが、これは多分肉の焼ける香りだ。
話す相手もいないのにあの場にいるのは気まずい事もあって遠慮したが、何か食べればよかったと後悔している今、俺に我慢する選択肢は無かった。
「……広場の方か」
迷わないように道を確認しつつ、香りの出処を探って歩いていると、串に刺された肉を焼いている露天を発見する。
近くには客用なのだろう、丸太のような椅子が並べられていた。
赤黒い短髪の店主の服装はその辺を歩いている人の服と似たようなものだが、エプロンのようなものを付けていて、彼が調理を行っていることは一瞥しただけでも判る。
手元のその料理に覚えがある。その名前は――。
「そこの嬢ちゃん、焼きバード欲しいのかい?1本で銅貨1枚だよ」
見つめていたら声をかけられてしまったが、これは間違いなく焼き鳥だ。
店主からはちょっと違う名前で呼ばれているが、見た目はでかい焼き鳥だ。石くらい大きさのそれが串に刺され、くるくると回されながら焼かれている。
異世界にもあるのか、焼き鳥。いや、鳥を調理するくらいは普通だろうけど……。
この既視感のある違和感は、ビジュアルとかが生前の世界のそれと被っているからだろうか。
「……。これって何の肉なんですか?」
「【セムニバード】って言う魔物だったかな?もしかして嬢ちゃん、苦手かい?」
「いや、美味しそうだなって。一本下さい」
【セムニバード】がどんなものか知らないが、魔物である事は確かなようだ。よかった、これで知ってる鳥の名前が出てきたら流石にここが異世界か不安になっていた所だ。
俺はそのまま串を受け取り、かぶりつく。最近食べ物といえばシチューやスープ……後はダンジョンに向かう道中、食べられそうな野草を食べている時もある。
――まあ要するに、肉に飢えているのだ。
シチューやスープにも肉は入っていたが、やはりをダイレクトに感じる食べ方には敵わない。プリっとした歯ごたえにジューシーな肉汁。咀嚼すると噛み切りやすく、非常に美味しい。
塩味が程々にきいた味付けは素材の味をしっかりと感じる。肉の中ではさっぱりとした部類に属するその味。視覚でも確認したが、味覚から得た情報で更に確信する。
(……やっぱ焼き鳥だこれ!)
【セムニバード】とやらがどんな魔物かは知らないが、肉の大きさからして体もそこそこ大きいのかもしれない。
「はぐ、むぐ……はぐはぐ……。……もう一本下さい」
「はは、いい食べっぷりだね。はいよ」
食べごたえのありそうなボリュームだったが、夢中で食べていたためか、気付くと串からは肉が無くなっていた。
当然のようにもう一本頼み、空間魔法から急いで取り出した銅貨を渡す。時折周りにも頼む人はいるが、こんなにがっついているのは俺くらいだろう。
焼き鳥を手渡され、今度はゆっくり味わおうと心に決め、はむりと齧る。
美味しい。自分でも顔が綻んでいるのが判る。
異世界に来てすぐは果物やらで腹を満たそうとしていたが、これを知ってしまうと戻れなくなりそうだ。
空腹というのもあるのかもしれないが、今まで食べた何よりも美味しい気さえする。
(これ、好き……)
定期的に更新される美味しい物ランキングだが、シチューやら何やら、取り敢えず俺は食べる事が好きなのかもしれない。
「ごくん……。……もう一本下さい」
「ほら、丁度いい感じに焼けたのあるよ」
結局すぐに平らげてしまった俺は、もう1本頼む。今回は予め銅貨を持っていたので、店主もこちらのペースに合わせて調理を進めていたようだ。これは嬉しい、早速――。
「――あつっ……!」
焼きたてのそれにかぶりつこうとしたら思ったより熱く、尻尾が服の中でびくんと跳ねる。
急いで食べようとしたからか、それとも先程まで夢中で気付かなかったのか。
二本目までは気にならなかったので、自分は見た目よろしく猫舌という訳ではないようだが、一旦落ち着いて串を手に持って待つ。
周囲と店主に微笑ましい物を見る目で見られていたが、目の前の串焼きに心を奪われている俺はそんな事を気にしている暇はなかった。