17.少女
「あの、コルチさん」
闘技場を出て龍の雫へと向かう最中、コルチに声をかけてみる。
「……」
だが、返事が返ってこない。
何かを考えているのだろうか。もう一度声をかけようとすると、軽く振り返りコルチが睨んでくる。
「コルチさん――?」
「それ、やめて欲しいっス」
「……えっと、何をでしょうか?」
「話し方っス。さん付けとかやめて、タメ口で話して欲しいっス」
何の事かと思ったが、どうやらこちらの話し方が気になっていたようだ。
だが、中身はどうあれ自分は年下。気軽に話すことに抵抗があるため、少し戸惑う。そのため適当にはぐらかそうとするが――。
「出会ってすぐだからっスか?それともあたしが年上だからっスか?」
「い、いや別に……」
目の前のコルチは更に畳み掛けてくる。図星をつかれどきりとしたが、はいそうですとは言うのもはばかられる。
上手い言い訳を探してまごまごしている俺に、彼女はまくし立てるように喋る。
「気にしてないなら、普通に話して欲しいっス。ダメっスかね?」
「えっ……と」
ダメではない、が……何か引っかかるものがある。このコルチという少女についてだろうか。
しばらくして諦めたのか、彼女は俺から顔を背けて歩き始めたため、慌てて着いて行く。
……考えよう。少女ではあるが、この子も冒険者。つまり、ガドルの試験を突破したという事だ。
俺が言うのも何だが、試験を合格するような子供が普通の暮らしをしてきたとは考え辛い。ましてや、ガドルが預かっている。つまり、この子も何か訳ありなのではないだろうか。
コルチの後ろ姿は視界にずっと入っている。顔はしっかり見えないが――。
(――俺は、何をこんなに怖がってるんだろう)
少し気まずそうなコルチという少女を見て、頭が冷えてくる。
目の前の少女はただ仲良くしたいと言っているだけ……そうではないのか。
仲良くしよう、という言葉を警戒するだけの理由はない。それに、ガドルの試験を突破したのはお互い様だ。
「……悪かった、コルチ。これから仲良くしよう」
つまるところ俺は、手を差し伸べている彼女が訳ありだから信用出来ない、なんてほざいていた訳だ。
……俺はもっと、余裕を持つ必要があるようだ。気を遣われている事にも気付けないなら、それこそ子供と変わらない。
「……元から仲良くするつもりっスよ。嫌われてなくて良かったっス」
「お詫びって言ったら何だが、何か出来る事があったら言ってくれ」
「それ、結構重い約束っスよ……何でもいいんスか?」
「出来る範囲で、だけどな」
コルチは安心したように笑う。多分、かなり無理して話しかけてくれたのだろう。裏を返せば、それだけ俺が拒絶していた、という事でもある。
(……。これから、か)
――――――――――
「あら、コルチさんと……ツクモさん」
「メランの姐御、こんちはっス」
「こんにちは、登録証受け取りに……」
「昨日は渡していませんでしたね。今用意しますので、そこでお待ち下さい」
俺達は裏へと引っ込んでいくメランさんを見て待ちながら、カウンターに体重を任せる。
「にしても、ツクモの姐御って随分男っぽい口調なんスねえ」
「今更言うのか……変か?」
「まあ、変っスね」
「……結構ばっさり言うんだな」
確かに見た目とのギャップは自覚しているが、コルチに変な口調と言われるのはもやっとするものがある。そんな感情でじとっとした視線を向けている俺を知ってか知らずか、コルチは続ける。
「ただ、冒険者に限らず顔を売るのって大事っスから。印象に残りやすいのって大事っス」
「コルチみたいに?」
「あたしのは天然ものっス」
「……」
嘘つけ――と言いかけて有り得ない話でもないかと思い、沈黙する。確認する術はないが、先天的にそんな口調の奴はいない気もするが。異世界でもその辺りは一緒であるかは判らない。
「まーほら、冒険者カード貰ったら冒険者デビューっスから。ツクモの姐御も装備とか買ったらどうっスか?」
「……うーん」
装備の重要性は聞かずとも理解できるが、今まで身軽だったのもあって抵抗がある。
動き辛くて怪我をしたら本末転倒だ。とはいえ、まともな服くらいは欲しい所だが。
「そのローブも【魔力付与】済みではあるっスけど、多分【浄化】でしょうし」
「……エンチャント?」
「ああ、記憶喪失でしたっけ、姐御」
エンチャントという言葉は知っている。が、急に異世界らしい言葉が出てきて思わず聞き返す。
「まあ、簡単に言うなら……魔法の効果を物に付ける事っスよ。【浄化】の場合は汚れがつきにくくなるっス」
「へえ、それはいいな……」
異世界に来てから川などで身体を流したりはしたが、身に付けている布をどうしようか迷っていた。そう何着も服を持っている訳ではないし、洗って乾かしている間の服がある訳でもない。
だが、【浄化】とやらは凄い便利な効果だ。汚れが付きづらいならそこそこ着続けても問題ないだろう。
ローブに本当に汚れがついてない事を確認していると、コルチは訝しげな目を向けてきた。
「まさか姉御、ずっとそのローブ1枚で過ごすつもりっスか……?」
「ん、そうだけど」
「………」
コルチが絶句しているが、勘違いされていそうなので補足する。
「流石に汚れたら洗うけど……」
一応貰い物なので破るのは避けたいが、いつかはボロボロになる筈だ。とは言えども、いくら汚れ辛くても汚れる事はあるだろう。そうなれば、洗うくらいはする。
コルチはまだ何か言いたげだったが、メランが受付に戻ってきたので雑談をやめる。
「ツクモさんの冒険者登録証はこちらになります」
それを見ると、滴る雫をイメージした絵の手前に龍の描かれた紋章。そして、ツクモという名前や出身、年齢等が記録されていた。
「11だったんスね、姐御」
「ああ、そうみたいだな」
「みたいだな、って……それも忘れてたんスか」
年齢の項には『年齢:11』と記載されており、この身体が本当に子供だと言うことも確定した。
「……ふぅ……」
自分についての知識や、この世界の常識がわからない事は記憶喪失という事にしているが……俺のこれは記憶喪失より厄介な症状だろう。
この世界の人間が記憶喪失になっていただけなら、何かのきっかけで治れば役に立つ知識もあるだろう。だが、俺の場合は思い出した所で役に立たないのは判りきっている。
役に立つかどうかはともかく、元の世界に関する知識だけはあるため、俺が転生した可能性は高い。
まあ、文字が理解出来るだけマシだが……これも謎と言えば謎だ。ステータスの閲覧はスキルとして存在する割に、文字に関する便利スキルに該当しそうなものはステータスにない。
それなのに、この世界に書かれている文字は元の世界のものに見える。日本語が使われている中世欧州っぽい世界、とは……。
「ね、ツクモの姐御。早速依頼受けてみません?」
そうして冒険者カードを見ながら考え込んでいると、コルチが声をかけてくる。
まあ、このまま考えていても埒が明かないなら、行動した方がマシだろう。