13.処遇
「ん……」
ふと、話し声が聞こえた気がして意識が覚醒する。重力が左にかかっている事で寝転がっていた事に気付いた俺は、こすりながら改めて目を開けた。
「どこだ、ここ……?」
自分の寝ていた場所には布が敷かれ、視界の端には灰色の布が見えている。灰色の布は俺が羽織っているため、シュトフから貰ったローブだと判る。
辺りは厨房のような造りで、少し離れた所に誰かが居るようだった。
「あ、気が付きました?」
上体を起こして呟くと、少し離れた所にいた、質素なエプロンドレスの女性が振り向く。見覚えがある、確か受付で対応してくれた女性だ。
「……受付の……えーと」
「申し遅れました。私はメランと申します」
メランと名乗る黒髪の女性はこちらに近付き、淡々と説明を続ける。
「ツクモさんはさっきまで気絶していらしたんですよ。試験中に大怪我したの、覚えてますか?」
説明されてようやく、自分の置かれた状況を理解し始める。そうだ、俺は冒険者登録証のために右腕を犠牲にして――。
「……あれ、くっついてる……」
試しに動かすと、違和感を感じない事が不思議な程しっかり動く。ローブの袖を捲り確認すると、大怪我どころではなかった右腕は傷1つなかった。
とはいえ、試験で大剣に右腕を押し付けた感覚は今も脳裏に残っている。夢だということはないだろう。
「そうだ……試験、どうなりましたか」
「あ、えー」
あまり芳しくない結果だったのだろうか、歯切れが悪いメランを見ると少し不安になる。
「不合格、ですかね」
「い、いや……多分、大丈夫ですが」
手のひらを向けて否定の意志を伝えてくるメランという女性。どこか困ったように部屋の出入口を見て、何かを探しているようだ。
すると戸口の方から見覚えのある大男と、銀髪の女性が言い争いながら入ってくる。メランと同じ格好からして、あの人も受付嬢なのだろう。
「あの子は私が引き取るつもりだったのに、酷いじゃない!」
「しゃあねえだろ、特殊持ちだったんだよ」
「2人ともいい加減に決めて下さい!ツクモさん、もう起きましたよ!」
「決まってるんだよ、ゴネてんのはこいつだけだ」
「だってぇ……え、起きたの!?」
すると、白髪の女性が『ずずい!』とでも聞こえそうな程の勢いで俺に顔を寄せてきたかと思えば、宝石のような赤い目で俺の顔を覗き込む。
「初めましてツクモちゃん!将来的にあなたの先輩!これから母となる女よ!これからは気軽にセフィーおかあさんって――」
「いい加減に諦めろ」
畳み掛けてくる女性の首後ろを掴んで引っ張るガドル。
取り敢えず白髪の受付嬢がセフィーという名前という事は伝わった。というか俺、名乗ったっけ……。
「すまねえな、ステータス少し見ちまった」
「あ……いや、大丈夫です……」
口には出さなかった疑問だが、その答えはガドルから返ってくる。なるほど、ステータスを見て名前を知ったみたいだ。
「んで、お前の気になってる冒険者登録証だがな。取り敢えずは登録した」
登録――その言葉を聞いて、俺は安堵の溜め息をこぼす。どうやら娼館行きは免れたようだ。
不合格かのような反応だったため、森に行く計画を立てようか迷っていたが……杞憂で終わってくれて良かった。
「まあ、それでだな。俺がお前の面倒を見る」
「へ?」
「取り敢えずうちに泊まれ。相部屋になるが寝るとこはある」
「いや、あの」
「なんだ、他にアテでもあるのか?」
「色々端折りすぎですよ、ガドルさん」
隣で俺の身体を診ていたメランが話を遮る。ガドルが俺の面倒を見るとか言っていたように聞こえたが、なんだろう。
「まずですね、ツクモさん。実は貴方の出身地が不明なんです」
「……なぜ、それが……?」
確かに言ってはいないから、それは当たり前だろう。俺が疑問符を頭に浮かべていると、彼女は改めて続ける。
「……ええと、記憶から割り出す道具があるんです。それを使っても何も出なかったんですよね」
「へ?」
「なので、自分の出身に心当たりとかあれば教えて欲しいんですけど……」
……さらりととんでもない話をされた気がする。記憶から割り出すとか言っていたが、ほぼ確実に身元を特定されそうなものだが。
「いや、実はその……気が付いたら森にいて、記憶があまり……」
それでも出ないとなれば、世界が違うから不明なのだろう。……となれば、誤魔化すにこしたことも無い。
というか、嘘も言っていない。実際自分の生前の記憶はあやふやだし、気付いたら森にいたのも事実。
むしろ下手に元の世界がどうとか言う方が混乱を招く可能性があるなら、こうするのが最適解だろう。きっとそうだ。
自分に言い訳をしていると、メランは納得したように呟く。
「やはり、記憶喪失でしたか……」
「んで、孤児だな。森に捨てられてたんだろ」
記憶喪失の孤児。今、客観的にに見るとそういう扱いになるのか。
「まあ、身元に関しては割とどうでもいい。隠してる奴もいるからな。問題はツクモ、お前の特殊スキルの方だ」
「特殊スキル……」
「俺の右腕持ってったスキルだ、知らないとは言わせねえぞ」
【道連れ】の事か。ステータス見たって言ってたし、それでバレたのか。確かステータスって
「端的に言えば、お前のそれが危険だから俺が監視する必要がある。……まあ、重く考えなくていい」
確かに、使いようによってはかなり危険なスキルだ。俺がその危険な使い方をする度胸はないが、監視するのは妥当だろう。
「……はい、一応。でも、ガドルさんの迷惑にならないですかね?」
「さっきも言った通り、部屋はある。むしろ登録証持ってるガキを野放しにするよりはマシだ」
「……確かに……」
ギルドとしての面子もあるんだろうし、特に住むところがある訳でもない。断る方が迷惑なら尚更、その提案を蹴る理由はないだろう。
「まあ、どうしても嫌ならセフィーの方に」
「そうね!私の家においでツク」
「ガドルさんお世話になります」
「むむむ……!」
「それはそうでしょうね」
ガドルの方を恨めしげに睨んで、膨れっ面で唸るセフィー。
この人はヤバい。
初対面で自らを母と名乗る人間に預けられるのは勘弁だ。
この街で子供扱いされる事ですら恥ずかしいのに、この人と一緒に暮らしたらいよいよおかしくなる。
「ええと、取り敢えずガドルさんはツクモちゃんを案内してあげて下さい。そろそろ冒険者の方々も帰る頃ですし」
「あー、そうだな」
ガドルはそう言いながら座ったままの俺の目の前にかがむと、支えていた腕ごと背中に右腕を回す。
「にゃ……?」
突然の事に反応出来ない俺をよそに、そのまま両太ももと床の間に腕を突っ込むと立ち上がる。同時に視界が高くなった理由が分からないまま、俺の口から間の抜けた声が出ていた。
首に負担がかかり辛いように背中を大きく持ち上げてはいるが、それは俗に言うお姫様抱っこ。
それを少しして理解した俺は、畏まる余裕もなく言葉を並べて抵抗する。
「あ、え、その!俺、普通に歩ける!大丈夫だから!」
「治りたてで無理すんな。……暴れるんじゃねえ」
だが、元々体格差のある相手に力比べで勝てるはずもない。そもそも、暴れた所で大した力も出ない。
どうにか降りようとしたものの交渉も通じず、俺は抱っこされたままギルドを後にした。