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最終章第13話 護衛任務5

<ヴァンパイアの王子だとか、その――本物かどうか……>

<馬鹿馬鹿しい。本物であるはずがない。追い返せ。人間たちの女たちを助けるための童貞どものハッタリである可能性もある>

<しかしもし、本物だったら……? ヴァンパイアたちと魔法使いたちの世界は切っても切れぬ関係にあります。念のためお会いしたほうが……>



 ヴァンパイアたちが人間との戦争に負け異世界に転移されてから、魔女たちがヴァンパイアたちの世界再建に手を貸してきた。ヴァンパイアの世界は魔法使いの世界とは深い関係にある。(表向き『友好関係』と言われているが、魔法使いの世界から現在も監視されている状態といったほうが近い)

加えてアミュレット王族が統べる夢魔たちの世界も、魔法使いの世界からの数多くの輸入に頼っている。表面的とはいえ、ヴァンパイアたちと魔法使いたちの『友好関係』とある繋がりを蔑ろにはできない。トリガーを何らかの形で間違えてヴァンパイアと戦争のきっかけを引いてしまった場合、魔法使いたちまで敵に回す可能性も大いにある。誰がどう想像しても、夢魔たちが勝利できるはずもない。機嫌伺いが必要になるのはそういった理由だ。



<アミュレット王子……今、外出なさろうとテラスから出たバークス様と、その……ヴァンパイア王子と名乗る方が世話話を始めて……>

「……は?」



ますます意味がわからない。何故、ただの他の世界の貴族に過ぎないミリーがヴァンパイア王子と世話話などできるのか。

一体どんな奴なのかという不審さで頭がいっぱいになりながら邸宅の玄関に向かうアミュレットの足が早くなる。


 メイドを退かせ渋く歪んだ端正な顔を覗かせれば、親しげにミリーと話すブロンドの線の細い少年の姿。彼はアミュレットの気配に気づいて、爽やかに微笑んだ。



「初めまして。ヴァンパイアの北方世界を治めるダリア王第四王子、リーフェルト・アップルガースです」



 気品はまあまあ感じるが、なんとも、王子と呼ぶわりにはガキくさい。

 アミュレットは名乗ることなく、「随分と仲良しなことだな」とミリーを一瞥し、リーフェルトとミリーの関係をまずは探る。



「元々ミリー君は僕と同じ学校だったんです。

 数か月前は友人と一緒に沖縄へ旅行に行ったんですよ。勿論ミリー君も誘って……ね」

「――ほう?」

「お会いできて嬉しいです。第九子、第八王子、アミュレット・レイナクウィンス王子」

「リーフェルト王子一人か? 護衛の姿が見当たらないが」

「ああ、失礼しました」



 リーフェルトが片手を挙げると、コウモリが舞い降り彼の後ろで人型の姿を成す。



「普段城兵は付けないのですが……多少のことがあっても大体は自分で解決しろというのが両親兄姉の方針なので」



 アミュレットはリーフェルトの城兵をちらりと見、「用は?」と尋ねる。



「ミリー君が、今日アミュレット王子にお会いになると前に聞いていたので。どんな方だろうと、興味を抑えられず来てしまいました」

「――……こんな時間に?」

「……僕たちは、夜の種族でしょう?」

「……」

「……」

「ハハッ」



 的はずれな聞き返しと能天気な笑顔に、アミュレットは呆気にとられて一度余所を見ては片手で自身の額を覆ってしまう。そのせいで彼はリーフェルトの横で俯き、口元を片手で隠して肩を震わせているミリーの様子に気づかなかった。



「……まあ、いい。立ち話もなんだ。入ってくれ」



なんとか呆気から立ち直り、リーフェルトをあっさり迎え入れる表向き、



<……女たちの警護を固め、メロイルにも言って聞かせろ>

<はっ――>



 意識干渉で執事長に命じ、リーフェルトから踵を返し邸宅の中へ足を運ぶアミュレットの面は冷めきっていた。











 性別を持たぬ女型のサキュバス――アミュレット・レイナクウィンスの六番目の側室であるメロイルは野心家だった。

 夢魔世界の愛人制度による親同士の痴情の縺れから愛を知らぬうちに捨てられ、孤児院に引き取られ送った質素で退屈な幼少期。しかしプライドの高い彼女は、そんな日々の中でも自分はただの貧民、平民で終わるような存在ではないと頑なに心の内で信じていた。

 身に着けてきた処世術と幼い頃から身に着けてきた幾多の仮面を武器に這い上がった演技の世界で、孤児院出身故、裏方役、良くて脇役としか使われぬ縛りの中でも、彼女は多くの貴族の前で堂々演じてきた。

 ついにライバルたちを退け、もぎ取った主役の座。それを演じたあの夜。舞台に訪れたアミュレットの目に留まったことで、そこからメロイルの人生は薔薇色へと変わった。



<メロイル様。アミュレット王子が、決して人間たちから目を離すな――とのご命令です>

<ええ。わかったわ>



 気取った返事で執事に応え、メロイルは同じ側室の立場である隣のユハナを見やる。彼女は自分のマニキュアを気にして眺めているだけで、人間の女たちに関心もないようだ。どうやら人間たちを見張るよう言われているのはメロイルだけのようだった。

 まあ、それもそうだろうと優越感に浸る。ユハナは中級貴族出身者。顔やプロポーションだけでアミュレットに選ばれた、中身のない退屈な女だ。



『生意気なだ。面白い。気に入った』



顎を持ち上げられ見初められたあの日、確信した。自分はやはり、『こちら側』に相応しいのだと。羨望と妬みの注目を万人から全身に浴び、肩で風を切り悠々と歩く選ばれた存在。そして、かつていた『向こう側』になど自分は戻りたくない。

とはいえ、性欲が強く寿命の長い夢魔であるが故に、古株であるほどに側室は主人から関心を持たれなくなるものであるという現実は避けられまい。無論アミュレットは、メロイルがいつかきたるその未来を恐れていることをわかっている。


つまり――今の贅沢な暮らしを維持したい。貧しい生活に戻りたくないという彼女の危機感こそが、アミュレットの彼女への絶対の信頼そのものといっていい。



『捨てられたくなければ、命令に絶対服従しろ。失敗するな』という脅しも兼ねた――。



「ああ、もう! お腹すいたんだけど!」



先程主人に歯向かった人間の女子が腹立たしげに椅子から立ち上がる。

 孤児院育ちの自分が言うのもなんだが、なんともまあ、品のない女だろうと呆れるメロイル。人間とはこうも慎みのないものなのだろうか、と、隠し切れぬ失笑をぽってりとした紫のルージュの乗った唇に浮かべ、「少しはじっとなさっていらしたら?」と明らかな上からの物言いで彼女は少女を諫めた。



「はああ!? こっちは早く帰りたいんですけど!」

「八つ当たりなどなさったところで、ただただ、みっともないだけですわ」

「帰るのが駄目ならコンビニくらいいいでしょ! どうせ何にも用意してなさそうですし!」



少女が声を荒げ、大股で扉に近付けば、計ったように開く部屋のドア。この部屋は意識干渉で使用人たちに監視されている。出ていこうとすればいち早く察して彼らが顔を出すのは予想の範囲内だ。



「……」

「――……ちょっと!」

「なりません。アミュレット王子の命令です」

「なんでよ!」

「アミュレット王子が部屋から出すなと、お命じになられたからです」



身体の前で腕を組み、苛立った様子で淡々とした様子のメイドと言い争う様が滑稽で、ついメロイルはユハナと顔を見合わせクスクスと嘲う。そんなときだった。



「おぐしが乱れていますよ、麗しいレィディ」



優しく囁く低い声が、メロイルの座っているソファのすぐ側から聞こえたのは。



「……? あぁ……?」



振り返れば、方耳の前に垂れた後れ毛を耳の後ろにすくい上げられる繊細な指の感覚。


その手から腕を辿り、彼女の双眸とかち合ったそれは、深紅の妖しい光を帯びて夜の闇に浮かび上がる。



自分に触れている男が一体どこから、どのようにこの部屋に入ってきたのかという疑問に脳がたどり着く前に、メロイルの意識は途切れた。






メロイルと同様、ユハナも自らの意識を閉ざす。アミュレットの二人の妾らの意識は、各々星野尾里央とその父、カレヴァたちヴァンパイアに支配され委ねられた。


それまで真優と言い争いを繰り広げていたメイドが、ドアが閉まる音と共に崩れ落ち部屋の床に横たわる。いつの間にかドアの付近には美央が立ち、夢魔の意識干渉が届かぬようにする夢魔の札と、バリアを張るための退魔の札をドアに貼り付ける。



「……名演技ね、真優ちゃん」

「うるさいくらいに喧嘩腰でって、あの子がね」



カレヴァのヴァンパイアの能力で操られていた夢魔のメイドを床に伏せさせたまま、皆が動きはじめる。

アミュレットがリーフェルトに接待している間にとメロイルを操作し部屋の窓を開かせ、人間の女子たちを邸宅から出そうというとき、里央と美央はこちらを黙って見ているエイベルの視線に気づき、目を見開いた。



「……別に。邪魔なんざしねーよ」



警戒に身を固くした双子に吐き捨て、エイベルは窓の外に顔を向けた。


里央たちは互いを目配せし合い少し思案したが、時間の猶予があまりないこともあり、引き続き決行することを決める。

二人は前に出て、各々一方の手首を飾る黄色い魔石に魔力を篭めた。ヴァンパイア戦のときにヴェルナーからもらったアルプの魔石で姿を消した。


 一方辰弥からの精神干渉を受けたシュガーも窓を開き、未だ眠る友人の救出を暫し待つ。




 そして、邸宅――歩花とガートルードはその間に戦闘前の緊張感を保ち、詰まる息を整えつつ自分たちの任務に集中していた。









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