冷たい仮面の下に③
「私は答えを出した…きみの答えを、聞かせてほしい」
リージェイクの問いに、ジャルドが深い溜息をつく。
「私は…一族の繁栄を願うために、今まで自分が行って来たことに後悔はない。だけど、この先も続けるなら悔やむことになると…認めるよ。一族の者たちが私に望む要望があれば全て受けよう。どんな罰でもね」
声をなくしたかのように隣で立ち尽くしていた奏湖の拳が、テーブルを叩く。
「いったいどうしちゃったのよ! 自分が何を言ってるかわかってるの…!?」
ジャルドが、ゆっくりと奏湖を見る。
「きみにもわかるはずだ。君の愛した男は、架空の自分自身を演じていたんだ。冷たい仮面を被ってね。それも、もう終わりだ。ヴァイのリシールは、今から自由だよ。『ジャルドの支配」に怯えることはない」
奏湖の瞳が、驚愕と怒り、そして、愛故の炎に燃える。
「私は信じない。今は少し…リージェイクと浩司に毒されちゃってるだけよ。きっともとのあなたに戻るわ。だって、あなたがそんな…」
「私の存在が一族の者を苦しめている…それを一番止めたかったのは私自身だった。奏湖…きみに謝らなければならない。私がラストワから継いだ思想と支配体制に、より強い影響を受けたのはきみだろう。それが幻と知って…失望ではなく安心してほしい。勝手な願いだけどね。ここにいるのは、もうきみの知る私じゃない」
「ジャルド…」
奏湖は、ジャルドの瞳の奥に何を見て、何を見ようとしなかったのか。
「私の知るあなたも…まだいるわ」
奏湖の視線がリージェイクへと移る。
「一族の繁栄を願わないなんて、ほかの継承者たちが納得しない。一族の多くも…お姉ちゃんだって…」
「私も同じ考えよ」
汐の声に驚いて続き部屋のドアへと目を向けたのは、キノと涼醒、そして、ジャルドと奏湖だった。浩司とリージェイクが、互いを見やる。
「おまえと汐は、始めから…」
「護りを奪うつもりはありませんでした。ジャルドも…私がここへ来た時から、内心こうなることを予測していたはずです。決して顔には出しませんが…」
「俺には、あの男がわからない。言うこと全てが本気に聞こえたからな」
「彼も、あなたをそう思っているでしょう。心を見せぬ男だと」
「俺は本気だった」
「…ジャルドも」
リージェイクがうなずくと、浩司は汐へと視線を移した。テーブルの前で足を止めた汐が、奏湖を見つめている。
「ジャルドが諦めなくても、浩司が賛成するとしても、一族の繁栄が願われることはない。リージェイクと私は…浩司が現れる前から、そう決めてたのよ。奏湖…あなたに黙ってて…ごめんなさい」
「お姉ちゃんまで…みんなどうかしちゃったの? 紫野希由香のところにいる者たちは? 彼らも…?」
「部屋に入ってすぐに、眠らせてあるわ」
無言で汐を見据えていた奏湖の瞳が、徐々に遠くなる。
「もう…何がどうなってるか、私にはわからない。リージェイクもお姉ちゃんも、ジャルドも…好きにしたらいいわ」
誰もが自分に目を留める中、奏湖はキャビネットからタオルを数枚取り出すと、ふらふらと部屋を横切り、キノたちの手前で立ち止まった。テーブルの下へと潜り込み、床に着いた血を拭い始める。
「涼醒。キノを向こうに連れて行け」
浩司の険しい声にわずかに遅れ、血溜まりを避けるために後ろに引いた椅子からキノが腰を上げた。
「希音…!」
涼醒が声を上げる。
「涼醒君、希音さんから離れて。早く!」
キノの腕をつかんだ奏湖が素早く立ち上がった。血のついたナイフを、キノの手首から首筋へと移動する。
「奏湖…」
悲痛な表情で漏らすジャルドのつぶやきは、奏湖に届いてはいない。立ち尽くす涼醒を脇に押しやり、浩司が一歩近づいた。
「話し合いはもう終わったんだ。馬鹿な真似はよせ」
「来ないで! 私は本気よ」
ナイフを持たないもう一方の手でキノの腕を取り、奏湖が後ずさる。否応なく足を後ろに進めるキノの瞳に怯えはない。抗う気配すら見せずに、悲し気な眼差しを奏湖に向けている。
「今更、キノを脅して…おまえは何を望む気だ?」
「決まってるじゃない。護りの力で9人の継承者を揃えるのよ。今は諦めたようなことを言っていても、ジャルドはそれだけを望んで来たんだもの。全てが嘘だったなんて…私は絶対に信じない。私は…」
浩司に答える奏湖の声が、震えながら沈黙に消える。
「奏湖さん…私はジャルドをよく知らないけど、今の彼と昨日までの彼は…同じ人よ。嘘もあったかもしれないけど、ちゃんと本当の彼も知ってるでしょ?」
奏湖が驚いたようにキノを見る。
「そうよ、だから私は…」
「彼のために護りがほしいなら、諦めて。ジャルドは護りを手に入れたかった。それは本当だろうけど、今はもう望んでないよ」
「あなたに何がわかるの!? 護りを見つけてラシャに戻すことだけが、あなたの使命なんでしょう? 私たちのことに口を出さないでよ。一族の繁栄を願うことは、私自身の望みでもあるんだから。さあ、護りに祈って…『今ヴァイに存在する、まだ覚醒していない継承者を…この館に』と」
「…嫌よ」




